第135話 :「《勇者編》危機後の反省会で語る、魔物と人間の境界線、そして藤原たちの影」
私たちは全員無事に(負化大地)から逃れた後、私は水魔法を解いて、真白さんたちを安全な草地へと降ろしました。
そして剣を抜き、不死者たちがこちらへ来ないかどうか警戒を続けます。(負化大地)の結界を抜ければ、もう彼らを止めるものは何もないはずでしたから。
案の定、不死者たちは一斉にこちらへと向かってきました。心臓がぎゅっと縮みます。けれど、境界を越える直前……なぜか彼らの足は止まりました。
殺してはいけないという制約がある以上、私はただ剣を握り締めて見守るしかありません。数分ほど緊張した時間が続いた後、不死者たちは諦めたように、再び(負化大地)の奥へと戻っていったのです。あれほど怒り狂っていたはずの巨人型不死者まですが。
その光景を見届けた瞬間、安心からか膝が崩れ、その場に座り込んでしまいました。振り返ると、数名の聖騎士様方もそのまま気絶して倒れていました。
私は慌ててインベントリから馬車を取り出し、その上に積んであった聖騎士様方の天幕を使って、動ける仲間たちと協力しながら全員分のテントを設営しました。
(負化大地)を離れたことで、私たちの体力や気力も少しずつ戻ってきました。数キロ離れた場所に野営地を整え、ようやく落ち着くことができたのです。
――正直に言うと、今日はあまりにも多くの出来事がありすぎて、夕食を作る元気までは残っていませんでした。ですので、インベントリに保管していた料理を取り出し、皆で分け合っていただくことにしました。
その間も気絶していた人々は目を覚まさず……やはり疲労の極みか、もしくは(負化大地)に魔力を吸われすぎて、回復が遅れているのかもしれません。
私は年配の聖騎士様と一緒に、今回の出来事について確認を行いました。いわば反省会のようなものです。聖国はこれまで数多くの(負化現象)に対処してきた経験があるとのことで、今回の出来事がどれほど異常であったかを教えていただけました。
――(急速負化)。
それは短期間のうちに広範囲で(負化現象)が発生するという、極めて稀少な事例なのだそうです。通常、大地が(負属性)を帯びるには長い年月をかけ、少しずつ蓄積されていくものなのに。
ですが今回の(負化大地)は、わずか二週間前にはその兆候すらなかったのに、十数キロにも及ぶ範囲が急速に呑み込まれてしまったのです。つまり、この二週間、ほとんど毎日のように数キロ単位で(負化)が進行していた計算になります。
やがて大地そのものが膨大な(負属性)の力を一度に吸収し、安定するまでの間、その土地にあるすべての生命が魔力を奪われていく……そうして不死者が生まれていくのだと。
「そうだったのですね……だから、不死者を倒してはいけなかったのですね。でも……さきほど、波に巻き込んだときに、何体かを殺してしまったかもしれません。どうしたら……」
胸の奥に残る不安を口にすると、年配の聖騎士様は穏やかな声で首を振りました。
「大丈夫ですよ。勇者殿が用いられたのは、水そのものを操る魔法でしょう? 私も見ていましたが、直接的な攻撃力はなく、せいぜい波の衝撃で吹き飛ばされた程度でした。あれで命を落とすことは、まずありません」
そう言って、私の魔法を分析しながら、安心させるように微笑んでくださったのです。
「どうしてでしょうか?……やはり、あの不死者たちがとても弱い存在だからですか? それとも、彼らが低ランクの魔物だからでしょうか?」
私の問いかけに、年配の聖騎士様は静かに首を振りました。
「ランクはそこまで関係ありません。決め手となるのは魔物自身の強さです。あの程度の衝撃で倒れるような不死者は、そもそも大した(負の力)を生み出せないのです。言ってしまえば、取るに足らない存在です。ただし、あまりに多くを殺してしまうのは好ましい行為ではありませんがね」
その言葉に、私は胸を撫で下ろしました。けれど同時に、別の疑問が強く膨らんでいったのです。
「……影響がないのは安心しました。でも、ランクが強さを表すわけではないのなら、どうしてわざわざ魔物にランクをつけるのでしょうか?」
私の問いに、聖騎士様は少し考えるようにしてから答えを返してくれました。
「実のところ、魔物という存在は我ら人族とはまったく異なる分類の生き物なのです。我らは“人”の属性を持って生まれ、種族、外見、能力など……そのほとんどが生まれた時点で決まってしまう。つまり、天賦の才は定められているのです」
「えっ……生まれた時点で、すべてがもう決まってしまうのですか? そんなの……あまりに残酷ではありませんか?」
私は思わず声を震わせてしまいました。女神様が本当にそんな世界をお創りになるのだろうか――そう考えてしまったのです。
けれど聖騎士様は、穏やかに言葉を続けました。
「我らにできることは、努力を重ね、より多くのスキルを学び、(転職)という機会を得ること。それによって、少しでも理想の自分に近づくことだけです。しかし、魔物は違います。彼らにとってランクは、単なる“強さ”の尺度ではないのです」
「……どのように違うのでしょうか?」
「魔物は“可能性”を宿す存在なのです。たとえ最弱のFランクとして生まれた魔物であっても、戦いを繰り返し、進化することで自ら望む姿へと変わることができる。例えば……ただのトカゲ型の魔物であっても、努力を重ねれば、真なる竜――“真竜”へと進化することも可能なのです」
「……っ!」
その言葉を聞いた瞬間、私は無意識に藤原瑛太さんのことを思い出してしまいました。
あの夢の中で見た光景。藤原さん、美月さん、凜さん、梓さん……彼ら四人が魔物の姿となり、迷宮を冒険していた姿。
バラバラになってしまった四人が、試練を越えて再び巡り合い、そして“人型の魔物”へと進化して迷宮を進んでいく……。
あれはただの夢でも、真白さんとの妄想でもなかったのでは――そう思えて仕方がありませんでした。
本当に、彼らはこの世界に来ているのではないでしょうか。
けれど……女神様は、どうして彼らを魔物として転生させられたのでしょうか。
もし藤原さんがここに居てくださったなら、きっともっと物事はうまく進んだはずなのに……。
そんな考えが頭を巡るうちに、年配の聖騎士様は疲労に耐えかねて眠りにつかれてしまいました。会話はそこで終わり。残された私は、女神様の真意を胸に思い巡らせながら、夜営のための見張りに立つことにしました。
――そうです。ここはまだ、いつ(負化現象)が再び起きるかわからない場所なのですから。
皆さま、こんにちは。
今回の変化を楽しんでいただけましたら幸いです。ついに、これまで平行して進んでいた二つのメインストーリー が、少しずつ交わり始めました。
澪はすでに瑛太さんたちも異世界に来ていることを知りましたが、では瑛太さんたちがクラスメイトもまた異世界に来ていると気づくのは一体いつになるのでしょうか――どうぞご期待くださいませ。
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