第134話 :「《勇者編》全員の共闘、そして危機的状況からの完全脱出!」
魔力が底を尽きてしまった私は、焦りを抑えきれませんでした。あと少し……ほんの少し進めば、この領域を抜けられるのに……どうすればいいのですか、この窮地を……!
いま私にできるのは、残りわずかな魔力で高さ一・二メートルほどの水の領域を維持することだけでした。水に半身を沈められれば不死者たちの動きも鈍りますが、巨人型の不死者にとってはただ膝下まで濡れる程度にしかならず、あの巨体は水を蹴り飛ばしながら、ほとんど苦もなくこちらへ歩み寄ってきます。
私たちは必死に後退しましたが、それが限界でした。すでに数人の聖騎士さまは息も絶え絶えで、足を引きずりながらやっと隊列に続いています。私は意識の朦朧とした仲間を二人支え、さらに気を失った方を背負っていました。地球の頃の私よりはるかに強い力を持っているはずなのに、この状況ではどうにも速く動くことができません。
――エミリアさんに気づかせてもらったのに。倒すことに固執せず、退路を作る戦い方を選んだのに。それでも……まだ足りないのですか!?
絶望に押し潰されそうになったそのとき、突然首もとに柔らかい圧迫を感じました。エミリアさんが力強く、私を抱きしめてくださったのです。背中越しに伝わる鼓動に思わず息を呑みました。彼女は頭を私の肩に預け、かすかな声で囁きます。
「……心配……ないです……澪……ひとり……じゃ……ない……(魔力転与)」
その瞬間、熱くて、それでいて優しい力が私の身体に流れ込んできました。枯渇しかけていた魔力が少しずつ満ちていくのを感じ、重く沈んでいた身体が軽くなるようでした。
「……っ、これなら……!」
再び水の領域を制御できるようになった私は、新たな波を作り出しました。四メートルを超える大波が巨人型の不死者を襲いかかり、その巨体を大きく揺さぶって十数メートルも押し戻しました。
エミリアさんの魔力は途切れることなく流れ込み、私の身体を熱く奮い立たせます。――それ以上に、私の心が震えました。彼女は意識が朦朧としているはずなのに、状況を理解して私に力を託してくれている。
……そうでした。
私は、またしても「自分ひとりで何とかしなくては」と思い込んでいたのですね。仲間はすぐそばにいるのに。
「ありがとう、エミリアさん……! 私、必ず皆さんを安全に連れて行きます!皆さん、もっと速度を上げてくださいませ!私が不死者を寄せつけません!」感謝を伝えると同時に、仲間たちを急かし、後退の速度を上げます。
けれど――巨人型の不死者は、まるで知恵があるかのように動き出しました。波で流されにくいゾンビ型の不死者を次々と掴み取り、自らの重りにして踏みとどまったのです。その巨躯が群れを抱えたまま、またも私たちへ迫ってきます。
「……っ、まだ来るのですか……!」
私は四メートルの波を何度も繰り出しました。しかし、重りを得た巨人型はもう流されません。距離は縮まり、残された退路はわずか五百メートル。
「どうして……! あと少しなのに……!」喉が張り裂けそうな叫びが、胸の奥からこぼれ落ちました。
エミリアさんの状態は、やはり良くなってはいませんでした。魔力を私に譲渡するだけで、彼女はすでに限界まで力を振り絞ってくださっていたのです。だから、もうこれ以上エミリアさんに頼ることはできません。……どうにかして、水魔法で打開する方法はないのでしょうか。必死に考えていたその時――。
「大丈夫……澪さん。エミリアさんが……言っていたでしょう。あなたは……ひとりじゃない。……不死者を、倒さなければ……いいのよね。なら……《アイスフロア》」
半ば閉じた瞳のまま、意識も朦朧としているはずの梨花さんが、それでも私に応えてくれました。
彼女の魔法が発動すると、巨人型不死者の足元の大地が一瞬にして氷に覆われ、ぬめるように滑りやすく変わっていきました。三メートルの巨体が立ち上がろうとしても、地面はあまりにも滑りやすく、バランスを取れずに手足を振り回しているのです。
「今です……っ!」
私はすかさず両手を掲げ、再び大波を巻き起こしました。怒涛の如き水流に飲まれ、巨人型不死者は再び倒れ込みます。
「よくやったわ……! 休んでなんて……いられない……。《アブソリュートフリーズ》!」
梨花さんは逃さず次の魔法を放ちました。水に包まれてもがく巨人を、今度は冷気が覆い尽くしていきます。氷が水ごと凍り付き、巨体はみるみるうちに凍結していきました。
……止まった。完全に、氷に閉じ込められています。梨花さんが解除しない限り、この巨人は動けません。――やっと、一番の脅威を封じ込めることができました。
「梨花さん、エミリアさん……本当にありがとう! 二人のおかげで、ここまで来られたよ! もうあと三百メートル……最後の全力疾走だ!!」
胸に込み上げる感謝と焦燥を、私は叫ぶように仲間へと届けました。
「皆、今は全力で走って! 走ってちょうだい! 今すぐよ! まるで今日が人生最後の日であるかのように、全力で走り抜けて!」
その瞬間でした。皆の身体がほのかに蛍のような光を放ち、それが彼らの中へと吸い込まれていったのです。信じられないことに、皆の脚は軽くなり、速度は目に見えて上がっていました。
奇跡のような現象。でも、今は考えている暇なんてありません。私はひたすら波を操り、不死者たちの足を止めながら、仲間たちと一緒に必死で駆け抜けます。
残り五十メートル……守護の《神聖シールド》も消えました。しかし、もう境界は目の前です! 私たちは迷わず最後の一歩を踏み出しました。
四十メートル、三十メートル、二十メートル……そして――。
ついに、私たちは(負化大地)の領域を抜け出したのです。誰一人欠けることなく。不死者を討たずとも。
「やったぁ! 本当に成功しました!!」
「生き延びたぞ!!」
「見たか! 限界を超えれば、不可能なんてないんだ!」
「これは、みんなの勝利だ!!」
仲間たちが歓喜の声をあげるのを聞いて、私の胸にも熱いものが込み上げてきました。――ええ、これは確かに私たち全員の勝利なのです。