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第130話 :「《勇者編》災厄の兆しは、突如として世界を覆う闇へと変わる」

 昼食を済ませた私たちは、再び聖国へ向けて馬車を進めました。けれども、さっきまでの和やかな気持ちはもうどこにもなく、私の胸の奥には警戒の色が広がっていました。


 ――動物たちの姿が、まるで消え去ってしまったかのように見えない。その事実が、どうしても私を落ち着かせてはくれなかったのです。


 けれど、みなさまをむやみに不安にさせるわけにはまいりません。だから私は胸の内にとどめ、窓の外をじっと見つめることで、不吉な予感を振り払おうとしておりました。


 すると、その様子が気になったのか、梨花さんが心配そうに声をかけてくださいました。


「澪さん。何かありましたか? 休憩を終えてからずっと落ち着かないご様子で……窓の外を見たり、目を閉じて黙り込んだり。もう何時間も続いていますよ?」


 私は少し迷いましたが、やはり正直にお伝えすべきだと決めました。


「外の……環境が、何かおかしいように思えるのです」


「外?でも、見えるのは草原ばかりじゃない?」真白さんが窓をのぞき込んで、不思議そうに呟きます。


「確かに草原だけど……よく見て。さっきまで花と緑に覆われていた大地が、土色に枯れ果ててる。まるで季節が一気に変わって、冬になったみたい。」観察眼の鋭いエミリアさんが、すぐにその異常を指摘しました。


「エミリアさんの言う通りですね。しかも、よく見れば虫や蜂、蟻の姿までまったく見えない……。これは、ただの変化ではなく“兆候”ではありませんか?」梨花さんも本を閉じ、外を見やってそう付け加えます。


 私は小さくうなずき、失望を隠しきれない声で言いました。


「ですから、先ほどから試していたのです。魔力を外に放ち、その反応を読み取ってみました。ですが……何も感じ取れませんでした」


 けれど、胸の奥では確信していました。――この地に、異変が起きている。そして、それはすぐに現実のものとなりました。馬車が急に止まり、一人の聖騎士が血相を変えて駆け寄ってきたのです。


「勇者さま、すぐにお降りください! 異常事態です!」その声に私たちは慌てて馬車を降りました。――そして、目の前に広がった光景に、思わず息を呑みました。


 真昼のはずなのに、進む道は真っ黒な闇に覆われていました。雲が陽を隠した暗さではありません。月明かりひとつない深夜の闇のような、漆黒の大地。そこは、まるで命が死に絶えた荒野でした。


 砂漠のように乾き切った大地には生き物の姿はなく、不気味な大樹が根を張り、そこから黒い瘴気が溢れ出しているのです。さらに、その荒れ地を――無数の不死者たちが徘徊していました。


「こ、これは……(負化大地)か!?実物を見るのは初めてだぞ!どうすれば……!」

「くそっ、やはり(負化大地)だったか! だから周囲から動物が消えていたんだ……全滅していたんだな!」

「二週間前に巡回したときには何の異常もなかったはず……まさか、これは(急速負化現象)なのか!?」


 聖騎士の方々の慌ただしい声が、緊張と恐怖を一層高めていきました。


 どうやら聖騎士の方々は、今の異常事態について既に何か心当たりがあるようでした。私は状況を把握するため、思わず声をかけてしまいます。


「皆さま、一体何が起きているのですか?? (負化大地)とは何なのでしょうか?」


 すると、比較的落ち着いた年配の聖騎士が私たちの方へ歩み寄り、疑問に答えてくださいました。


「勇者様、これは大地が病に侵された兆候です。大地そのものの属性が(負属性)へと変質してしまった……我々にとって非常に危険な領域となるのです。」


「大地……が、病気に……ですか? 病気という言葉は生き物に対して使うものではないのでしょうか?」私はその答えに強い疑問を覚え、つい問い返してしまいました。


「(負属性)? それっていったいどういう意味なの? どうして私たちに害があるの?」エミリアさんもまた真剣な面持ちで問いかけます。確かに、生命にはそれぞれ元素の属性の弱点がありますが、(負属性)という言葉は初めて耳にしました。


「時間がありませんので、簡単にご説明いたします。この世界のすべての星は女神様が育まれた巨大な生命体なのです。星にも誕生、成長、そして死という過程があり、その始まりは女神様によって始められた循環なのです。生命である以上、当然病にもかかります!」


 聖騎士の方の言葉に、私たちは揃って目を見開きました。……星が、女神様の御業で創られた生命体だなんて!けれども説明は続きます。


「(負属性)とは、基本的には不死者に属する属性を指します。我々生きている者は、すべて(正属性)。聖国では基本的に積極的な干渉はせず、そのため(負化現象)は滅多に起きません。しかし、ここは連邦の辺境……。まさか(急速負化現象)が起きてしまうとは……」


「待ってください。それは不死者が原因ということなのですか? 不死者が大地を病ませるから、私たちに害があると……?」梨花さんが首をかしげると、聖騎士の方は感情を露わにして否定しました。


「違います! 逆なのです!!この地域には不死者が少なすぎる!(負属性)が不足しているからこそ、大地は力ずくで周囲の生命を(負属性)に変えようとしているのです! 先ほどご覧になった骸骨やあの異形こそが証拠! 大地がすべてを(負属性)へと変えているのです!!」


 ……なるほど。だから(負化現象)と呼ばれるのですね。滞在しすぎれば命を落とす、つまり不死者へと変えられてしまう……。理解できてしまいました。


「ど、どうしましょう!? 不死者になるということは、つまり死ぬのと同じですよね!? あんなに広大な領域、私たち通り抜けられるはずがありません!」真白さんが取り乱した声で問い詰めます。


「我々では解決できません。ですので一旦引き返しましょう。この(負化大地)を大きく迂回する必要があります。」聖騎士の方はそう提案しました。


「よ、良かった……無理に突っ込む必要はないのですね。それでは、急いでここを離れましょう。あの場所を見ているだけで、恐ろしくなってしまいます……」私は胸を撫で下ろし、皆に促しました。


「おっしゃる通りです、勇者様。それでは、準備を――」聖騎士の方が言葉を切り、前方を凝視しました。


 その視線の先には……黒い領域が、見る間に広がっていく光景がありました。しかも恐ろしい速さで。


「み、皆さま! お気をつけください!!」


 思わず声を張り上げます。けれども、その闇は私たちの反応を待ってはくれませんでした。ほんの数秒で、一キロも離れていたはずの黒が、私たちの目の前にまで押し寄せてきて――


「あ、終わったねー」


 私たちは、そのまま闇に呑み込まれてしまったのです。

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