第129話 :「《勇者編》私たちの変化と、嵐の前の静けさのような旅路」
翌日の朝、私は真白さんと一緒に、すぐさま梨花さんとエミリアさんに最近の夢について確認してみました。
ですが、お二人が見る夢はただの学校生活の延長のようなもので、特別な内容はなかったようです。
「澪さん、質問の仕方が本当に不思議ですわね。どうして急に夢の話なんてなさるのですか?悪い夢でもご覧になったのですか? もしお辛いことがあるなら、遠慮なさらずに私にご相談くださいね」
梨花さんが心配そうに尋ねてくださり、あまり隠すのも失礼だと思った私は、正直に真白さんと二人で藤原さんの夢を見続けていることをお話ししました。
「なるほど……通常、複数人が似たような夢を見ること自体は不可能ではありません。ですが、毎晩のように同じ夢を共有し続けるとなれば、偶然では済まされませんわね」
エミリアさんはとても真剣に分析してくださいました。
「そうそう!しかも内容が滅茶苦茶なんだよ。藤原がスケルトンになって迷宮で冒険してるとかさ!それでね、あたしたちは夢の細かい場面まで覚えてて、続きもちゃんと見ちゃうんだよ。どう考えても普通じゃないでしょ!」
真白さんが呆れたように肩をすくめます。
「ふむ……澪さん、真白さん。では、その夢を見始めたのはいつ頃からですの?」梨花さんがさらに細かく尋ねてきて、私は少し考え込んだあと答えました。
「確か……ここ一週間くらいからだと思います。それ以前は、夢を見ても覚えていませんでしたし、内容も普通だったと思います。ですが最近はほとんど毎晩覚えていまして……昨夜も続きを見たんです。藤原さんが進化を遂げて、けれど急に倒れてしまって、美月さんたちがとても心配なさっている夢でした」
私の言葉に、真白さんも少し不安そうに付け加えます。
「……ね?もし私ひとりだけだったら気のせいだって流せたんだけど、澪と二人そろって同じ夢を見続けるとなると、正直ちょっと怖いんだよね」
「確かに、現状は常識から外れていますわね。考えられる可能性としては、あなた方お二人だけが何かしらの影響を受けている……としか言えませんわ。現段階では、それ以上の結論は出せませんもの」エミリアさんがきっぱりとまとめてくださいました。
――結局、私たちにできることは結論を出すことではなく、胸に留めて気をつけて過ごすことだけでした。
その後、話し合いは一旦終わり、私たちは朝食の支度を始めました。
聖騎士の皆さまは、普段から訓練のため朝は軽めの食事を召し上がるご習慣があるそうで、今朝も昨夜の残りのイタリア風スープに、連邦で買った硬めのパンを合わせることにしました。日本のふわふわした白い食パンとは違い、こちらのパンは噛み応えのある西洋風のものが多いのです。
さらに、あらかじめ準備していた焼き卵やサラダ、香ばしいソーセージを添え、好みに合わせて組み合わせられるようにしました。
どうして残り物や事前に作ったものを出せるのかというと……実はインベントリにしまった食材は時間が経過しないらしく、腐ることがないのです。そのため私たちは、料理をするときに少し多めに作り、余った分は保存して、旅の途中で必要なときに取り出して食べるようにしているのでした。
聖騎士の皆さまは細かいことを気にされる方々ではなく、美味しくて新鮮なお食事さえあればご満足なさるご様子でした。ですから、皆で朝食を堪能したあと、私たちは再び聖国へ向けて旅路を進めることになりました。
馬車の隊列は時速にして四十キロほど。王国や連邦での旅と比べても、ずいぶんと快適な速度でした。なにより、こちらの街道は石畳で整備されていて、揺れが少なくとても走りやすいのです。おかげで、馬車の中で座っていても、以前のようにお尻が痛くなることはありませんでした。
今日も空気は穏やかで、道中は平和そのものでした。ですので、馬車の中ではそれぞれが自分の時間を過ごしておりました。
私は梨花さん、エミリアさんと一緒に本を読み、この世界の知識を補うことに夢中になっていました。真白さんはというと……食後すぐに眠ってしまわれたのです。普段ならこんなに怠けたことはなさらないのに。理由を伺うと――
「だってさ、お昼寝すれば、藤原たちの夢が見られるかもしれないじゃん」
……とのこと。まだ午前中なのに「お昼寝」と言うのは少し変でしたけれど、私もその考えには納得できました。ですから、そのまま眠らせて差し上げることにしたのです。そうして、馬車はゆるやかに進み続け、数時間が経ったころ――
私たちはちょうど昼食を取れる、広々とした草原に到着しました。そこは驚くほど静かで、魔物や獣の姿は一切なく、本当に平和そのものに見えました。
「ええ、とても休憩に適した場所ですね。ここでお昼を作って、ひと休みいたしましょう」私はそう聖騎士の方に申し上げました。
「確かに、急ぐ旅でもありませんしね。適度な休息こそが、楽しい旅の秘訣でしょう。休むといたしましょう」そうお返事くださった聖騎士たちと共に馬車を降り、私たちは昼食の準備を始めました。
――けれど、その時。耳に入ってきた聖騎士たちの会話に、私は胸の奥が少しざわつくのを覚えたのです。
「なあ……おかしくないか?」
「何がだ?」
「この二日間の道中だよ。一度も戦闘が起きていないんだぞ!」
「いいことじゃないか。平和こそ一番だろう?」
「そうそう、面倒ごとはないほうがありがたいって」
「いや、でもな……普通ならこの草原、野ウサギくらいは見かけるはずだろ? なのに今日はまったく動物の影がない。鳥すらいないんだ」
「……言われてみれば、確かに不自然だな」
「だろ? 森に近い場所で、一羽の鳥すらいないなんて、ありえないだろう」
――確かに。彼らの言葉は、私が胸の内で覚えていた違和感そのものでした。連邦の森や野原では、いつも生命の息吹を感じられたのに。けれど、この二日間……動物の姿はほとんど見られません。
地球でもそうですが、動物たちは人間よりもずっと鋭い感覚を持っているものです。だからこそ、何か異変を察して、この地を去ってしまったのかもしれません。
――でも、彼らが何を恐れて逃げ出したのか。私には分かりませんでした。
だからこそ、胸の中に不安を抱えたまま、私は注意を怠らないよう心に誓い、昼食の支度に手を動かし始めたのでした。
「……どうか、嫌な予感が当たりませんように」