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第126話 :「初めての歴史は、神様の話でした」

「はーい、みなさん~」


 ルリエ先生が教壇の前に立ち、ひらひらと手を振る。その仕草に応じるように、背後の光幕がぱっと広がり、そこに丸っこくて愛嬌たっぷりの二匹のマスコットが現れた。ひとつは温かな光を放つ「おひさまちゃん」、もうひとつは淡い陰の揺らぎを纏う「おつきさまちゃん」だ。


「今日の最初の授業は――《霊素の基本認識》!みんな、準備はいいかな?」柔らかい声でルリエ先生が問いかける。


「んにゃあ……はいです~」美月はまだ柔らかなクッションにぐったりと伏せたまま、しっぽをゆるゆると振って返事をする。


「一応、準備はできてる……かな」凛は眉をひそめながら机に肘をついて、どうにも居心地悪そうにしていた。


「ま、逃げられないなら聞くしかないか」梓はため息をついて諦め顔。


「始める前にね、先生はみんなに質問したいの~。先生はさっきの試練で、みんなが主に魔力を使って戦ってるのを見たよ?じゃあ……魔力って、いったい何だと思う?」ルリエ先生が俺たちを見回しながら、にっこり笑う。「さあさあ、手を挙げて答えてみよ~」


 真っ先に反応したのは梓だった。ふさふさの狐のしっぽをぴんと立ててから、探るような声で答える。


「魔力は……生き物が魔法を使うためのエネルギー。体から放たれる力で、魔法使いならそれを使って属性魔法を操る、みたいな」


「おお~いいね、梓ちゃん!かなり正しいよ。でもね~、完全に正解ではないかな。だから小さなごほうびをあげるね」


 ルリエ先生が指をひらりと動かすと、ちっちゃな赤い花のシールがふわりと浮かび、梓の前にぺたりと貼り付いた。


「え? 正解じゃないの?」俺たちはほとんど同時に声を上げる。


「ちょ、マジで? 魔力って魔法のためのエネルギーでしょ!?」梓も思わず慌てた様子で聞き返した。


「説明する前に……瑛太君。君は聖魔法を使ってたよね?あれ、魔力とはちょっと違うエネルギーを使ってなかったかな?みんなに紹介してみて」


 ルリエ先生の視線が俺に向く。やっぱり、俺の戦いもちゃんと見てたんだな。


「……精神力だと思う。心から湧いてくる力。正直よく分からねぇけど、祈ればすぐに回復する感じのエネルギーだな」


「ふふ、惜しいなぁ。魔力や精神力っていうのはね、もう何百年も前に使われてた古い概念なんだよ~。本当に大事な根源のエネルギーは、たった二つ――それが《正霊素》と《負霊素》なの」


 ルリエ先生は首を振り、背後の光幕を指差す。すると二匹のマスコットが元気よく動き出した。


 おひさまちゃん(正霊素):頭に小さな芽を生やし、きらきらした手を振りながら野原を駆け抜ける。その跡には花が咲き、小動物が増えていく。


 おつきさまちゃん(負霊素):深い藍色の尾を揺らしながら舞い踊り、落ち葉を土へと還していく。大地は眠りにつき、夜空は星を巡らせ、時間は静かに沈んでいく。


「見えるかな? 正霊素は成長、拡張、繁殖、創造をつかさどって、世界を鮮やかに彩る。逆に負霊素は、回収、整理、終焉、安らぎをもたらし、死を虚無へと帰す役割があるの。ふたつは呼吸みたいに調和してるんだよ。吸う息が酸素を取り込み、吐く息がいらないものを出す。鼓動と静寂、昼と夜。どっちかが悪なんてことはないの。世界に昼と夜があるのと同じで、ただ位相が違うだけなんだよ」


 そう語るルリエ先生の笑みは、本当に温かかった。AIだとは思えないくらい人間味があって――むしろどこか、寂しさと平和を願う心がにじみ出ていた。


「……ってことは、《魔力》や《精神力》ってのは?」


 俺は思わず口を挟む。やっぱり戦いに直結する部分は気になる。


「ここからは、物語の時間だよ~!」


 ルリエ先生は嬉しそうに、物語を始めるような笑顔を浮かべた。


 ___________


 ――遥か昔、この世界はただ漆黒の闇に覆われておりました。


 ルナリア女神が「光あれ」と告げられたその時、初めて世界は姿を持ち、存在として認識されることとなったのです。


 けれども、その世界は空虚で、何もありませんでした。あるのは尽きることのない岩石だけ。女神はそこに生命の源を注ぎ込まれました。それこそが【霊素】でございます。


 かくして世界に初めて生命が芽生え、女神はその星に【アッシュ・ラモント】という名を与えられました。これこそが、この星の真なる名でございます。


 新たに命を得たアッシュ君は、女神の導きのもと知識を学び、やがて【霊素】を用いて世界を形作ることを覚えていきました。


 そして世界はようやく新たな姿を手に入れ、多くの生命を宿す大地――植物や様々な生物が息づく天地へと変わっていったのです。


 しかし、アッシュ君の歩みはあまりにも緩やかでございました。そこで女神は、生命に【システム】を与えることをお教えになりました。


 それは理解を超えても、経験を積むことで【技能】を習得し、強制的に進化を遂げさせる仕組みでございます。


 このようにして、すべての生命は【世界システム】の補助を受け、理屈や原理を理解することなく、あらかじめ設計された【技能】を直接用いることができるようになったのでございます。


 その結果、生命は急速に進化を遂げました。


 本来であれば長い時の流れの中でしか変化し得なかったはずの存在が、わずか数百万年で姿を変えていったのです。


 かつてはただの猫であったものが、やがて魔法を操る猫へと進化し、灼熱の溶岩に棲む【炎の猫】、大海に生きる【海の猫】、そして死後には【霊素】の適性によって【死霊猫】へと転生する存在へと変貌していきました。


 こうして世界は多様な生命に満ち溢れ、その姿を見届けられた女神は深い満足を覚えられました。


 ゆえに女神はアッシュ君の成長を見守りつつ、あえて手を差し伸べることなく、静かに世の営みを観測されることにしたのです。

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