第120話 :「迷宮の果ては、学園でした」
しばらく進むと、周囲の敵意がふっと消えた。歩き続けるうちに、景色も少しずつ変わっていった。
石造りの壁が銀白の高級な装飾壁に変わり、天井から差す光はこれまでよりも柔らかく、まるで俺たちを歓迎してくれているかのようだった。
「なんだか、温かい雰囲気の場所に来たみたい……なんだろう、どこか見覚えがある気がするの。」
美月が辺りを見回してぽつりと言った。周りは七色のやわらかい光に包まれ、風船や布飾りがぶら下がっている――ちょっとしたパーティー会場みたいだ。
「まるでパーティーか何かに入った気分だな。日本にいるみたいだって錯覚しちまうぜ」
凛は伸びをしながら言う。警戒は解いていないが、表情は確実に穏やかになっていた。
「やっと、この場所から抜け出せそうだね」
梓が小声で前方を指し示す。通路の先には、木枠のガラス扉が現れていた。近づくと、扉のガラスに青い光の輪が浮かんでいて、まるで何かの信号を待っているかのようだ。
俺はその高級な金属製の取っ手を握った。触れた瞬間、指紋をスキャンするような感覚があって、数秒の間に青い輪は緑に変わった。ロックが解除され、扉が開く――と同時に、ふわりと柔らかい音が鳴った。
「ピンポン〜 ピンポン〜♪」
そして空中に一体のホログラムがゆっくりと立ち上った。二十代くらいに見える女性の姿だ。金色の髪が水の流れのようになめらかに揺れ、瞳は海のように深い碧。魔道士風の教師ローブに帽子を被り、低めのポニーテールで穏やかな笑みを浮かべている。
「うわ、3D映像だ……しかも、色が綺麗すぎる!」
驚きと興奮が混ざって、思わず声が大きくなる。異世界でこんな“未来的”な表示に出会うとは思ってなかった。しかも美人だし、テンションが上がるってもんだ。ホログラムの女性は柔らかく話し始めた。
「子供たち、ようこそ。本学院――エスミハイル総合学院の初等Sクラス(霊素)教室へ。皆さんは既に(霊素共鳴)のテストを受け、合格なさいました。結果、皆さんはSクラスの適性が認められました。先生はとても誇りに思いますよ」
彼女が拍手すると、なぜか実際に拍手の音が鳴った。ちょっと不思議な感覚だ。
「……え? 『子供たち』って何それ……あの、あなたは誰?」美月が首をかしげつつ驚いて問い返す。
「紹介が遅くなってごめんなさい。私はこのエスミハイル総合学院のガイディングタイプ・インテリジェンスアシスタントAI(Guiding Type Intelligence Assistant AI)、GTIA-01 ルリエと申します。これからしばらく、皆さんのお世話をいたしますね♪」
ルリエ先生(?)はにっこりと微笑む。俺たちはその暖かい声にちょっとだけ気を許しつつ、次に何が起こるのかを見守った。
インテリジェント・アシスタント。AI。
おおお……その単語を聞いただけで心臓が跳ねた。しかもこの映像だ。まさかこの世界って地球よりずっと発達したテクノロジー持ってんのか? 夢、全開じゃねえか!
いや待て……もし俺にも「インテリジェントタイプメイドロボット」なんてものが手に入る可能性があるなら……? メイド+ロボット=男の夢だろ!!完璧すぎるだろこの公式!!
俺が勝手に妄想の海に沈み、可愛いメイドロボたちとのバラ色の未来を想像している間にも、みんなは普通に会話を進めていた。
「さっき言ってた……? 初等ってのは?教室……って、何なんだ?」凛が少しだけ眉を寄せ、投影を見つめる。
「私は四歳から七歳までの(霊素)適応期の子どもたちの人格安定と基礎訓練をお手伝いする役目を持っているのです~。瑛太君、美月ちゃん、凛ちゃん、梓ちゃん。この期間はみんな仲良く過ごしてくださいね~」
ルリエ先生が楽しげに補足を続ける。その内容に、さすがの凛も言葉を失っていた。
「……ちょっと待って。さっきまでのあの迷宮や通路って……幼児向けの課程だったってこと?」梓が恐る恐る確認する。
「うんっ♪ 特別課程なのです。だって(正霊素)や(負霊素)を扱える子は限られた才能の持ち主ですからね~。みなさんは迷宮を突破して本物の扉を開けたでしょう? あれは(霊素)の潜在能力を試すテストだったんです。とても上手に協力できていましたし、初歩的な応用も見せてくれましたね。とっても優秀です!」ルリエ先生は満面の笑みで答えてくる。
……俺はそこでようやく妄想から覚めた。耳を疑った。いや、目を瞬いても現実は変わらない。全員が同じように言葉を失っていた。
「ちょっ、ちょっと待ってくれ! さっきの門番のゴーレムや、あの超強烈な戦闘……あれが幼児用にデザインされてんのか!?」
美月が思わず飛び跳ねるように声を上げ、ルリエ先生の注意を引こうとした。
「はい、美月ちゃん。その通りですよ。当然、難度は使用者の(霊素)総量に応じて自動調整されます。皆さんは中~高階の(霊素)エネルギーを持つ生命体のようですから、試練もそれに合わせた強さになったのです~。でも大丈夫。システムは必ず、みなさんが限界ぎりぎりで成長できるように管理していますからね~」
ルリエ先生はやさしい声で答える。……いや、内容は全然やさしくねえ。
「……その“限界ぎりぎり”が怖えんだって。父さんのスパルタ訓練よりエグいんだけど。僕たち、マジで死にかけた場面何回もあったんだから!」
凛が思い切り突っ込む。そうだ、確かに軽口叩いてるけど、死線だったのは間違いねえ。
「で……結局、あたしたちがこの学院に来たのって、何を学ぶためなの?」梓が再び問いかける。その目は好奇心と少しの警戒で光っていた。
「そうでしたね。先生、久しぶりに新しい生徒さんと会えたものだから、ちょっと興奮しすぎて紹介が抜けてしまいました。ごめんなさい。この学院は、学生たちに(霊素)を正しく導く方法を教え、すべての生命が平和に共存できるようにするために設立された場所なんです!」
ルリエ先生は心から楽しげに言い切った。
……うん、全然理解できねえ。
というかそもそも霊素って何だよ!?何で迷宮の奥に学院なんか作ってんだ!?
この迷宮の本当の目的って、一体なんなんだよ!!
……もう完全についていけねえぞ、女神さまぁ!!
皆さま、こんにちは。
第三章における瑛太たちの前半部分がここで一区切りとなりました。次回から瑛太の物語は(学院編)へと進んでまいります。
ただ、その前に少しだけ視点を澪へと戻し、ランクシステムや聖国に関する事柄を描き、瑛太たちの疑問に答える形を取らせていただく予定です。
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