第119話 :「新たな仲間を得て、俺たちは再び試練の奥へと進む」
俺たちがゴブリンの進化(?)に頭を抱えていると、ようやくそいつも意識を取り戻し、ゆっくりと目を覚ました。
ただ、俺たちをぽかんと見つめるだけで、特に反応らしい反応はない。仕方ねぇ、ここは俺が最初に声をかけるしかないだろ。
「えっと、こんにちは。俺の名前は藤原瑛太だ。これからお前は梓の従属になったんだから、今後ともよろしくな」
そう挨拶したんだが、どうも言葉が伝わってねぇらしい。
「ヨロシク〜」妙に嬉しそうに返事をするが……はぁ、やっぱり言語が通じてないのかよ。
「梓、どうするよ。まさか言葉が通じないなんて思わなかったぞ。絶対コミュニケーションは取れると思ってたのに」
「あー……大丈夫っぽいよ、瑛太。あたしと彼女の間にね、なんか線みたいなのが繋がってるんだわ。だからお互いの考えは伝わるみたい。でもさ、知能は見た目ほどじゃなくて……せいぜい五歳くらいの子供程度? しかも言葉は全然理解できない幼児っぽいね」
梓は肩をすくめながらそう教えてくれた……なんだよ、それ。結局なんで美少女になったのかも分からねぇし、服を奪うのも難しいってことかよ。正直、あの魔導服は俺が欲しかったんだがな。あれさえあれば梓が魔法使いとして一段階上に行けるのは間違いねぇ。
《元素大法師のローブ:Bランクアイテム。この服は元素魔法の威力を100%引き上げるうえ、多重発動を可能にする。さらに一属性に特化させることで、その属性の威力を200%に強化し、なおかつ消費魔力を半減させる。》
しかもあの魔杖はもっととんでもない代物だった。俺たちがやたら魔力や精神力を削られたり、いきなり火山みたいな環境になった原因も、全部あの杖のせいらしい。
《星火の魔杖:Bランクアイテム。希少な火竜の魔石から加工された魔杖。装備者の火属性魔法威力を50%上げ、さらに半径20メートルの範囲で他者の魔力を吸収し蓄積する。その蓄積魔力は魔法の発動や杖の能力に利用可能。現在蓄積されている能力:(我が領域):指定範囲の環境を自由に変える。屋外であれば半径一キロまで環境を変質可能。》
……すげぇ。正直、喉から手が出るほど欲しい。けどなぁ、残念ながらうちの魔法使い二人は獣型だ。もし美月か梓が人型だったら、即座に装備させてたのに。
俺がそんなことを考えている間も、梓はゴブリン嬢との意思疎通に悪戦苦闘していた。口で喋るわけじゃねぇが、身振り手振りは豊富だ。
困ったときは首を傾げたり、肩をすくめたり、分からないときは呆けた顔をしたり、あるいは人差し指を口の下に当てたり……おいおい、異世界でもジェスチャーは地球と同じなのかよ。
梓がゴブリン嬢とのやり取りを終えると、俺たちに結果を共有してきた。
「えっとね、彼女ね、あたしの幻獣になって力を貸すってさ。その代わりにおいしいご飯と定期的に魔石をあげること、それが条件なんだって。そうすればもっと進化できるらしいよ」
「ほう……梓、ちゃんと条件まで交渉するんだね。もう従属させたんだから必要ないんじゃない?それに、彼女を連れて歩くの?今の私たちの隊伍とちょっと合わない気もしますけど……」美月が首を傾げながら問いかける。
「美月、瑛太の召喚獣と違って、彼女は生きてる存在なんだよ。生き物が働くなら、それなりの報酬があるべきでしょ? あたし、自分の部下に恨まれて背後から刺されるなんてゴメンだからね」
「なるほどね。確かに人間に近い見た目だしな。……もし搾り取るなら、せめてもっと不細工な魔物のほうが罪悪感は少ないかも」
凛がさらりと付け加える。……おい凛、お前まで搾取する気かよ。今、うっすらと心の闇を覗いた気がするぞ。話題を変えるため、俺はゴブリンの召喚スキルについて詳しく聞くことにした。
「どうやらね、魔石と魔物の死体が必要で、それを材料に召喚獣を作れるんだって。作っちゃえば、死ぬまでずっと存在し続けるらしいよ」梓が淡々と説明する。
「……あーあ。これで無限魔石の夢は完全に潰えたな」思わず肩を落とす俺。
「だよね、残念。でも、ずっと一緒に行動する必要はないみたい。必要な時だけ呼び出せばいいんだって」梓が俺を慰めるように言ってくれた。
「ってことは……普段はどこにいるんだ?」
「普段はね、異空間に待機してるらしいよ。しかも家みたいな空間で生活できるんだって」
そう言いながら梓は尾をひらりと揺らす。ゴブリンの体がふわっと光り出し、その姿が消えていったかと思うと――梓がスキルを発動し、すぐに再び呼び出した。
「おお……便利すぎるな、これ。じゃあ次は一番大事な問題だ。梓、この子に名前つけないとだろ? いつまでも『彼女』とか『ゴブリン』って呼ぶわけにいかねぇし」
俺の言葉に梓は少し考え込み……やがて顔をぱっと明るくさせた。
「そうだ!種族がゴブリンだから、リンって音を参考にして……リニヤナにしよっか」
「リニヤナ、か。いい名前じゃねぇか。じゃあ、これからよろしくな」
そう言いながら俺は手を差し出したが、リニヤナは首をかしげるだけで意味が分かっていないようだ。
梓が心の中で説明すると、ようやく彼女も手を伸ばし、ぎこちなく握手を返してきた。
「よ……よろしく……おねがい……します」
たどたどしい言葉と、にっこりと浮かべた笑顔。その姿は驚くほど可愛らしくて、俺たちも思わず頬を緩めてしまった。
こうして俺たちは新たな仲間を得て――聖剣が導く試練の通路を進んでいく。だが、待ち受けているのは単なる戦いなんかじゃない。胸に渦巻く不安を押し殺しながら、俺は一歩一歩慎重に足を進めた。