第117話 :「絆という名の剣が、最強の敵を打ち砕く」
俺がキメラの前脚を斬り落とした時、そいつは派手に倒れ込んだ――だが実際、あの瞬間に俺たちはすでに退避していた。
今もボコボコにされている「俺」は、梓の《投影》スキルで生み出した幻影にすぎない。本物の俺たちはキメラの背後に回り込み、静かに奴を観察しながら最後の一撃の準備を整えていた。
「梓の投影ってやっぱ強ぇな。魔物相手でも毎回ちゃんと通じるし、ほんと見事に騙してくれる」
「ふふん、当然でしょ瑛太。それにね、弱点もわかったよ。キメラの背中、翼が生えてるあの付け根……そこが急所だよ」
梓のスキルは、敵や物の弱点を見抜けるSランク能力。なら、そこ一点に全てを叩き込めばいい。梓は俺の背にしがみついたまま、俺は刀を構えてキメラの背後を狙い続ける。
さらに梓が風魔法を俺に付与した。
「(ウィンドステップ)! これで風が瑛太を押してくれるから、一気に距離を詰められるよ。あたしも最後の瞬間に大技を重ねるから、攻撃のタイミングは任せた!」
数秒の静寂――そして、好機は訪れた。幻影の俺がズタボロになり、満足げな顔を浮かべたキメラはとどめを刺そうと動き出す。後脚で立ち上がり、右の前脚をゆっくりと振り上げる――まるで「勝者の余裕」を見せつけるかのように。
……やっぱり知恵がある分、慢心も生まれるんだな。
「――今だ!」
俺は地を蹴る。背後から風が爆発的に俺を押し出し、十メートルの距離なんて一瞬で消し飛んだ。刀を振り抜く。刃が風を切り裂き、疾風をまといながらキメラの背へと突き刺さる。突入の瞬間、風属性の魔力が内部へ流れ込み、奴の体内で暴れ回った。
「ぐ、ああああああああ!!!」
血が噴水のように吹き出す。それでも一撃では足りない。俺はキメラの体を蹴って後方へ跳び、梓を抱きかかえた。
「ありがと瑛太! じゃあ、これでとどめだよ!(スパイラルトルネードシュート)!」
複数の竜巻が生み出され、キメラの背中の傷口へと突き刺さる。この魔法が上級とされる理由――それぞれの竜巻が逆方向に回転しており、風の殺傷力を何倍にも高めて内部を切り裂くからだ。
数秒後。風はキメラの体内を徹底的に破壊し、奴は断末魔の咆哮を上げてついに地へ崩れ落ちた。
「やったな、梓!」
「うん! 瑛太、あたしたち勝ったよ!」
梓は俺の胸の中で頬をすり寄せてくる。俺はその頭を撫で、毛並みを背中までなぞった。……やっぱ梓の狐の身体は、触り心地最高だ。柔らかい毛並みが手に馴染む。
ひとしきり勝利を喜んだあと、俺たちは意識を切り替えて美月と凛のもとへ急いだ。だが――目に映った光景は、俺たちの戦場とはまるで別物だった。
さっきまで美月と凛は火力に押されて苦戦していたはずなのに……今の戦いは、おいおい、俺たちの戦いはRPGなのに、あっちは完全にファンタジー じゃねぇか。
……なぜかって?
ゴブリンを相手に、凛は左手で美月を支えながら、敵の間を縦横無尽に駆け抜けていた。
猫の姿をした美月は凛の胸の前で援護し、ゴブリンが二人を振り切れないように追い詰めていく。
……あれ、あいつ、飛行魔法使ったか?
ゴブリンがふわりと宙に浮かび、後退しながら距離を取ろうとする。さらに火魔法を連発して凛を牽制してきた。けど、凛の反応は異常に速かった。
火球なんて一瞬で身をひねって避けるし、間に合わないときは美月が即座に小さな氷の壁を作って守る。
ゴブリンがさらに高度を上げると、凛は地面を蹴って跳躍した。ゴブリンが加速して空へ逃れ、再び火球を撃ち込む――
その瞬間、美月が生み出した氷の方塊が凛の足元に出現する。凛は迷いなくそこを蹴り、勢いよく跳び上がった。火球なんて真っ二つに斬り裂いて。
そこからは、まるで空中戦だ。ゴブリンはあちこちに飛び回り、凛は美月が次々に作る氷の足場を踏み台にして追いかけ続ける。わずかな判断ミスでゴブリンが凛の正面へ飛び込んだ瞬間、凛はすかさずすれ違いざまに斬撃を叩き込んでいた。
いつの間にか防戦一方だった流れは完全に逆転し、二人の攻めに変わっていた。ゴブリンと凛、それぞれの傷を比べれば……明らかにゴブリンの方が深い。俺も梓も、ただ呆然と見てるしかなかった。
「梓、なあ……凛って、あんなに強かったのか? 空中で戦ってるなんて、俺たちのさっきの戦いと全然違うだろ。しかも美月と凛、何も言葉を交わしてないし……俺のスキルで心を繋いでる感じでもねえよな?」
思わず梓に問いかけた。彼女は凛と組んで戦った経験があるからだ。
「ううん。あたしと凛は、あそこまで息ぴったりじゃなかったよ。美月はほとんど時間差ゼロで足場を作ってるんだもん。凛が空を自由に跳び回れるように。あれはきっと……長い時間を一緒に過ごして、自然に培われた絆なんだと思う」
そう答える梓の瞳は、何かを言いかけて言葉にならない想いを隠していた。そこにあるのは、羨望と……少しの寂しさ。
俺には分かる。だって俺だって、そんな友達は一度もいなかったから。言葉なんて要らない、心で繋がる親友。アニメの中では当たり前にあるのに、現実の俺には手を伸ばしても届かない夢みたいな存在だ。
その間も、凛は空でゴブリンと死闘を繰り広げていた。ゴブリンの周囲に炎が散らばり、機関銃のように撃ち出される。だが凛は最短の軌道で突っ込んでいく。道を塞ぐ火の魔法はすべて斬り払い、斬れなかった炎は美月の氷壁が防ぐ。
――見ていれば分かる。この二人の絆は、必ずゴブリンを倒せるはずだ。けど……もし長期戦になれば、美月と凛が持たないのもまた、俺には見えてしまっていた。
「よし、俺たちも見てるだけじゃ終われねぇな。梓、風魔法の準備しとけ。美月には合図を送る。今は二人が優勢に見えるけど……美月の魔力はもう四分の一しか残ってねぇ。あと数分もしたら押し切られる」
「オッケー、分かった。じゃあ、あたしは高級風魔法を準備するね」
このフィールドじゃ、スキルの消費は二倍になってる。そんな中で高級魔法を気にせず使えるのは梓だけだ……そして俺も、前回の進化で得たSランクスキルの新しい派生能力(以心伝心)を使う時だ。
美月のスキル――(元素魔法・水)を一時的に借り受け、俺は(具現描写)を使って高級の水魔法を構築していく。俺の魔法は魔法陣で発動するから、梓の詠唱系とは違って融合魔法は使えねぇ。
だがそれでも十分だ。俺は今まで魔力をほとんど消費してない。一発の高級魔法で仕留められるはず。
一分後――。
俺と梓、二人の準備は整った。俺は心の中で美月に「敵をこっちに誘導しろ」と伝える。
凛たちがゴブリンの進路を操り、俺たちの方へと追い立ててくる。完全に美月と凛の戦いに集中していたゴブリンは、俺たちの存在に気づいた瞬間、わずかに動揺を見せた。
梓が前へ飛び出し、手をかざす。
「忘れてないよね、あたしたちの存在! これがアンタへのお返しだっ!――(ストームレットシュート)!」
轟音と共に暴風が弾丸のように撃ち出され、ゴブリンに迫る。
ゴブリンは慌てて火の壁を展開し、迎撃を試みた。属性相性で火は風に強い。梓の暴風は壁を突き破ったが、威力は半減してしまう。
「……いや、これで十分だ。残りは俺に任せろ!――(スパイラルウェイブストライク)!」
俺の全身を取り巻く水が渦を巻き、刀に収束していく。そのまま一気に踏み込み、ゴブリンへ突き刺した。
「っ……!」
ゴブリンは火魔法を撃ち込み、俺を止めようとする。だが――この魔法は突撃を止めない。守りながら貫くための水魔法なんだからな!
刀がゴブリンの身体を貫いた瞬間、周囲を回転していた水流がすべて刃先に集まり、渦を巻くレンガのような質量となって一気に体内へ流れ込む。
「――終わりだっ!!」水の奔流に貫かれ、ゴブリンは呻き声をあげる間もなく崩れ落ちた。
……倒した。
凛も、美月も、梓も、そして俺も。
全員で掴み取った、本物の勝利だった。
皆さま、こんにちは。
ついに土曜日と日曜日で戦闘の章を無事に書き上げることができました!この二日間、夜九時の定時更新ができなかったことにつきましては、二話分を同時に更新する必要があり、作業量が非常に多くなってしまったためでございます。心よりお詫び申し上げます。
しかしながら、今後は昼間を更新した際には、必ず夜にも更新を行い、実質的な二回更新を徹底することをお約束いたします。
ぜひ皆さまからの高評価やブックマーク登録を賜れれば幸いです。それこそが、私が途切れることなく更新を続けられる何よりの力となります。