第116話 :「第二戦、開始!ていうか、なんでこの世界って、みんな二段階変身すんの?」
今回の奇襲が決まって、あのホブゴブリンの余裕は跡形もなく吹き飛んだ。顔は醜く歪み、深く眉を寄せ、歯をむき出して――声をあげた。
「ぐあああああああ!!!!」
その咆哮が、俺の胸を震わせた。鳥肌が全身に立つ。そいつから放たれる圧が、場の空気を一変させる。
目の前の部屋が、瞬間に地獄めいた光景へと変貌した。洞窟のような空間に変わり、あちこちから炎と溶岩が噴き出している。
叫び一発でフィールドを切り替えるのかよ……!?
どうやらアイツは、戦場を自分に都合のいいよう変えたらしい。白かった長袍は赤く染まり、複数の能力を宿している気配がする。熱い、強烈な火の魔力が身体を包み、明らかに火属性に特化した形態になっていた。
くそっ、このフィールドは俺と美月にとって不利すぎる。俺たちの弱点は火属性だ。美月がスピリチュアル・キャットに進化しても、弱点は消えてない。
「仕方ない、梓――俺と美月に火属性耐性のバフを頼む。」
「いいよ、瑛太〜。任せて!(ファイアガード)」
梓は軽いノリで手をかざすと、俺らに炎耐性の魔法を付与してくれた。(ガード)は属性弱点を一時的に消す防御系のバフだ。効果があるうちにやるしかねぇ。
「ありがとう、梓。これでひとまず安心だ。じゃあみんな、気をつけて。決着をつけるぞ」
――その準備が整った瞬間、ボスの行動が俺たちを凍りつかせた。呼び寄せた手下五体を、ためらいもなく――自らの手で皆殺しにしたのだ。
「な、なんてことを……あのゴブリンたちは仲間じゃないの?それを……!」
美月は悲しげで困惑した声を上げる。死体には魔法文字が浮かび、死体の下に四つの魔法陣が発光し始める。やがて遺体はねじれ合い、融合していった。
獅子の胴、巨大な蛇の尾、蝙蝠の翼――キメラだ!
「これ、祭祀にしたってことか……敵がもう二手に分かれている。よし、分割して叩く。美月と凛でボスを抑え、俺と梓でキメラを倒して合流しよう。皆、いいな?」俺が皆に行動の仕方を教えてやる。
「了解だよ!」凛が頷き、梓もニコッと笑う。
ボスは全身を赤く染め上げ、火球や火の槍を美月たちに向け、溶岩を操って飛ばしてくる。前回とは違って、もう魔法の生成が止まらない。瞬時に数十の火魔法を生み出し、撃ち尽くすと一秒後に同じ量をまた創り出す。完全な飽和攻撃だ。隙がねぇ。
美月はまだ猫姿のままで、凛が抱えて動かしている。主戦は魔法だ。美月が氷魔法で反撃し、凛がひたすら回避しつつ接近している。多分、美月の魔法でボスの注視がそちらに向いているから、こっちにはあまり目が行かない。
俺と梓は、空中を泳ぐキメラと対峙している。ライオンの口から火を吐かれ、常に一方的に攻撃されている状況だ。
「梓、何かいい手はないか?今はこいつのブレスを防いでるから、冷静に分析できない。あとさ、解析――あのキメラの情報、出せる?」
今の俺は盾を構え、キメラのブレスを必死に防いでいる最中だ。だからスキル欄をじっくり見る余裕なんかあるわけねぇ。あいつ、長いブレスだけじゃなく、時々火球を混ぜて吐いてきやがるんだ。気を抜いたら一瞬で炭だ。梓は頬を俺の髪に摺り寄せ、軽い口調で返す。
「おっけー、ちょっと見てみるね〜」すると画面(鑑定表示)が目に浮かぶように、梓が淡々と読み上げる。
《キメラ:Bランク魔物。獣型魔物で、複数の動物的特徴を併せ持つ。一定の知性を保有。二次鑑定結果――個体は(火属性強化)、(身体超強化)、(呪詛の噴霧)、(猛毒の噴霧)等のスキルを所持。》
俺は最近ひとつ気づいたことがある。俺のスキル《森羅万象》には、どうやら敵の強さを分析する能力もあるらしい。
さっきみたいにキメラの情報が「単純な描写」で済んでる時は、つまり敵は俺たちより少し強いくらいで、頑張れば倒せるってこと。
だが、前みたいにボスを分析した時は、細かいスキル一覧まで表示されてた。あれはつまり「命を賭けて仲間全員で協力すれば、ギリギリ勝てる相手」って意味なんだろうな。
俺は梓を背に庇いながら、ひたすら防御に徹するしかなかった。
「瑛太、キメラの弱点わかったよ。多分、風属性だった。あいつ飛んでるから、風で狙えば体勢崩して落ちるはず!」
「助かる、確か梓は風魔法が使えるんだよな?」
「うん、よく覚えてるじゃん、なんか嬉しいなぁ……じゃあ、しっかり見ててよね!(ウィンドスピア)!」
梓の風の槍が一直線にキメラの翼へ突き刺さった。俺に夢中で攻撃していた奴は避けられず、直撃を食らう。翼が乱れ、空中でバランスを崩すとそのまま地面へと墜落した。
「梓!エンチャント頼む!!」
「任せて! 行け、瑛太!!(ウィンド・エンチャント)!」
俺の刀身に風が纏わりつく。刀を振り抜けば、その風はそのまま敵の体内へと流れ込み、キメラは苦痛に身を捩った。
怒り狂ったそいつは、口に炎を滾らせ、至近距離から俺たちを焼き尽くそうとする。
「させるかよ!(トルネードシュート)!」
梓が中級の風魔法を叩き込む。竜巻がキメラの口腔に直撃し、吐き出しかけたブレスを無理やり逆流させた。内部からの衝撃に奴は大ダメージを受ける。
俺はその隙を逃さず、ひたすら四肢を斬りつける。そして――ついに前脚を斬り落とした。キメラは悲鳴を上げ、左側へと崩れ落ちる。
だが、まだ終わっちゃいなかった。尾の蛇が不気味にうねり、緑色の霧を撒き散らす。(猛毒の噴霧)だ!
次の瞬間、(俺)の体はその毒霧に包まれ、全身が緑色に変色する。激痛にのたうち、地面を転げ回る(俺)。その様子に、キメラは醜悪な笑みを浮かべ、尾で無抵抗の俺を叩きつけた。
毒で弱った(俺)は抵抗できず、ただ打ち据えられるだけ――。誰が見ても、敵の勝利が目前の光景だった。
だが。
「……でもな。お前の目に映ってるのが本当に現実か?その慢心こそが、俺と梓の勝利への道だぜ。さあ――ここからは俺たちのターンだ!」