第108話 :「出口を探して迷い込んだ、髪型トークという新しい迷宮」
これは多分、今の俺でも鑑定できない受動スキルのひとつだろうな。(負の祝福)って呼ばれてるやつ。……で、この考えを確かめるために、逆に彼女たちに(正の祝福)があるかどうか聞いてみた。
「そう言われてみれば……私たちが異世界に来た時、似たような能力が覚醒した気がします。でも、(ステータス欄)にはもう表示されていませんね」美月が少し考えてからそう教えてくれた。
「やっぱりか。つまりこの祝福ってのは、俺たちの種族分けに関係してるんだろうな。生きてる存在には(正属性)、死んでる存在には(負属性)。……ただ、なんでそんな分け方してるのかは謎だけど」
みんなで頭をひねって理由を探したが、結論は出なかった。だから一旦考えるのはやめて先に進むことにした。
俺がもう一度この魔法陣を観察すると、仕掛けらしいものは一切なく、ただ魔力をどこかへ送り出しているだけだった。しかもそれは迷宮内部じゃない。なら、あの迷宮は安全圏ってことだろう。
「まぁ、このことはいったん頭に入れておくだけでいいだろ。とりあえず、魔石を持って迷宮に戻るか。……ったく、また長ぇ通路を歩き直すのかよ。だりぃな」思わず愚痴が口をついて出る。
「せっかく迷宮の意図が分かったのに、また戻らないといけないなんて」美月も俺と同じく、やる気が出なさそうだ。
「気にしないで、美月。もう出口を探すだけってわかったんだから、警戒も緩めてもいいんだよ。歩くのが嫌なら、僕が抱いてあげるよ。……ねえ、美月。今日の夕飯は何が食べたい? 今日くらいは僕が作るから、瑛太君に任せっきりじゃなくてもいいよね。」凛はそう言って、美月を胸に抱え、のんびりと歩き出した。
「そうですね……梓も(投影)で身体を作れるようになったし、私も料理に参加できますよ。ただ、感覚が少し鈍るので、味付けは凛さんにお願いするしかないですけど」美月が柔らかく答える。
「いいじゃん。美月と料理するなんて久しぶりだしね。最近は人型の魔物ばっかりで、料理するにも工夫がいるけど……僕なりに考えてるから。」凛も楽しそうに答えた。
二人は並んで前を歩きながら、まるで日常の雑談みたいに夕飯の話をしていた。まぁ、気持ちはわかる。最初の頃は罠や奇襲を警戒して、迷宮を歩くときはみんな無言だったからな。
今こうして、危険がないとわかった状況で気楽に話せるのは、いいことなのかもしれねぇ。そして梓も警戒を緩め、俺に話しかけてきた。
「ねぇ瑛太。まだ魔導書残ってる? どうせ数時間は歩くんだし、読書しながらの方が効率いいかなって」
「あるにはあるけどよ……今のその動物の姿じゃ読めないだろ?」
俺は高等火属性魔法についての魔導書を取り出したが、梓はそのままじゃ本を持つことすらできない。
「……それもそうね」
梓は頷き、(投影)で人間の姿を映し出した。だが、以前と違って今度は頭に狐耳が生え、腰のあたりからは二本の尻尾が揺れていた。しかも髪は金色に変わっている。
「これなら大丈夫でしょ? あっ、この火魔法の理論……自作魔法まで解説があるのね。ありがとう、ちゃんと読ませてもらうわ」
「いや、いいって。でもさ……一つ聞いていいか? 梓って金髪好きなのか? なんでこんな姿に(投影)したんだよ。いや、すげぇ可愛いけどさ。コスプレイベントとか出たら絶対目立つぞ」
「はぁ!? どういう意味よ……って、な、なにこれ!? 耳!? 尾っぽまで!? ちょ、ちょっと瑛太! 見るなって! その目つきいやらしいんだけどっ!」
慌てて自分の頭を触った梓は、異変に気づいて顔を真っ赤にした。だけど、尻尾をぶんぶん振るその姿が俺にはやたらと魅力的に見えて、思わず笑みがこぼれた……もしかして俺、ほんとに獣耳とか尻尾に弱いんじゃねぇか?
梓が必死に耳と尻尾を隠そうとしている様子を、俺がちょっと楽しそうに眺めていたその時だった。美月が無言で近づいてきて、冷ややか――いや、少し怖いくらいの目で梓を見つめていた。だが、その声音は驚くほど落ち着いていて、まるで感情を欠いたみたいに平坦だった。
「梓。あなた、この世界では真身で生活すると言っていましたよね。なのに今は人間の身体を投影するだけでなく、獣耳まで生やして……瑛太さんがどれだけ獣耳を好きなのかを試しているのですか?」
「ち、違うってば! そんなつもり全然ないし! スキル使ったら自然にこうなっちゃったんだから!」
「自然に……金髪を選んだんですか? なるほど、ギャルになりたいのですね。でも瑛太さん、ギャルはあまり好みじゃありませんよ。むしろ黒くて長いストレートが好きなんです。そんな無駄な努力をしなくても大丈夫ですよ」
「だから違うってば! べ、別に瑛太の好みを意識してないし!……でも、ふーん。瑛太は黒髪ストレートが好きなんだ。覚えておくわ。っていうか美月、あんたなんでそんなに瑛太の好み詳しいのよ!」
「それは当然です。だって瑛太さん、昔からよく私の髪を盗み見していましたから。いろんな髪型を試してみて分かったんです。単純なストレート、特に腰まで伸びた髪が一番彼の視線を引いてましたよ。何度も何度も見られました」
「えっ、本当に!? でもあたし、そんなに見られた覚えないんだけど……。あ、もしかして長さが足りなかったせい?」
ピリついた空気だったのに、話が俺の好みに及んだ瞬間、二人の雰囲気はなんだか和らいでいった。
「へぇー、そういうことか。だからたまに瑛太君の視線が背中の方に流れてたのね。髪を見てたわけか。でも僕、いつもポニーテールなんだけど……それでもあり?」
凛まで興味津々で話に入ってきて、俺は思わず顔が熱くなる。まさか普段のこっそり観察がバレてるなんて思わなかった!
「腰まで伸びたストレートなら、きっと瑛太さんの好みに合うと思いますよ。ねぇ、瑛太さん。髪について特別な好みがあるんですよね? 私の推測、当たってますか?」
美月が目を輝かせながら俺に問いかけてきた……なぁ、美月。君は異世界に来てからちょっと変わったんじゃないか?
昔の君なら、こんなふうに俺の好みをみんなの前で分析するなんて絶対しなかったはずだ。堂々と口にするから、こっちはもう心臓がむず痒くて仕方ねぇんだよ!
「へ、髪型……? べ、別に大した意味はねぇって。ただ、みんなの変化を見て絵を描くときの参考にしてただけだし! 他意はねぇよ!」
「えぇ〜、照れなくてもいいじゃないですか。教えてくれたらいいのに。今すぐは無理ですけど、私が人型に進化したら瑛太さんの好みに合わせて髪型を整えてあげますから」
美月がにこりと笑って、さらっと爆弾を投げてくる……そんなやり取りをしながら、俺たちはさっきの迷宮をのんびりと歩き、出口を探し続けていた。