第104話 :「第三層は複雑な迷宮、その行き着く先は古代遺跡?」
俺――藤原瑛太は、仲間たち三人と共に、迷宮の第三層を進んでいた。
足元を照らす通路は白銀色に輝き、壁は人工的に造られたような無機質さを放っている。岩肌むき出しの天然の洞窟のようだった一層とはまるで違う。冷たく規則的に並ぶ壁のせいで、俺たちも自然と一歩一歩を慎重に運ぶようになっていた。
先頭を歩くのは星野美月。柔らかな尾を小さく揺らし、耳をぴくりと動かしながら周囲を探っている。彼女の(第六感)のスキルは、常に正しい道や宝箱の在り処へ導いてくれる。だから四人揃った今も、俺たちの先頭はやはり美月の役割だ。
軽やかで、気品のある足取り。風に溶け込むような彼女の歩みは、思わず見惚れてしまうほどで……正直、今日の美月も本当に可愛い猫だと心から思う。
最後尾を守るのは鷹山凛。その歩みは重厚で安定感があり、背中を任せられるという安心感があった。腰の左に収められた刀は、いつでも抜けるよう備えており、抜刀術に長けた彼女には相応しい姿だ。
進化したことで、藍緑の鱗と人間の肌が入り混じるようになった身体は、光を受けて翡翠色や氷青色に煌めき……どこか幻想的な美しさすら漂わせていた。
俺の隣を歩くのは森本梓。今は幻術を解いて、狐の姿で行動している。小さな体を必死に動かし、動物の肉体に馴染もうと努力しているのが伝わってきた。
金色の毛並みは華やかで柔らかく、ふわりと漂う花の香りは、狐特有の臭みとは無縁だった。二本に分かれた尾はふさふさと揺れ、彼女の身体のバランスを保っている。
「梓、調子はどうだ? 動物の身体にはもう慣れたか? 無理なら戦闘の時は(投影)で人間の姿を使ってもいいんだぞ。」
俺は隣を歩く梓に小声で問いかける。彼女がこうして長時間、幻を解いたまま過ごすのは初めてだからだ。
「……なんだか、本当に(自分を受け入れ始めた)って感じがします。今はうまくいかないけれど……もう少し努力してみたいです。だって投影できる回数は限られていますから。大事な場面でこそ使いたいんです。」
緊張を含んだ声。それでも今までのように逃げてはいない。苦難に向き合おうとする意志がその声音からはっきり伝わってきた。
「そっか……でも無理だけはするなよ。俺たちはゆっくり進めばいいんだから、焦る必要なんてない。」
俺はそう答え、歩調を揃える。探索の隊列は、直感に優れた美月を先頭に、俺と梓が中衛、凛が後衛。
戦闘に入れば、俺と凛が前衛、美月が中衛、そして梓が後衛という配置になる。梓は進化した今も近接戦闘は不得手で、召喚系の能力ばかりを持つ完全な後衛だ。だからこそ探索のときは真ん中に置いて、奇襲から守る必要がある。
それから数時間。俺たちは白銀の通路を黙々と歩き続けていた。
第三層の仕掛けは未だ姿を見せず、ただ複雑な分岐が延々と続くだけ。第一層が「通常の迷宮」で、第二層が「己と恐怖に向き合う階層」だったなら……第三層にも何かしらのテーマがあるはずだ。だが今のところはただの長い道のりでしかない。
「……ごめんなさい、みんな。また行き止まりでした。」
先頭を行く美月が肩を落として振り返る。これで五十八度目の行き止まり。彼女の耳も少し垂れ下がり、しゅんとした様子だった。初めての本格的な迷宮探索……方向感覚を惑わせる構造に、彼女も戸惑っているのだろう。
「大丈夫だ、美月。気にするな。戻ってもう一度やり直せばいいさ。俺がちゃんと地図を確認してるから、同じ道を二度辿ることはない。だから、プレッシャーを感じる必要なんてないんだ。俺たちは一緒に歩いてるんだからな。」
俺はそう言って笑いかける。美月に余計な負担を背負わせたくなかったからだ。
数時間歩き続けた末、俺たちはついに一枚の扉の前へと辿り着いた。延々と続く単調な通路――人を苛立たせるだけの迷宮も、どうやらここで一つの区切りを迎えたようだ。
「……みんな、準備してくれ。今までの道の意味はわからねぇけど、この扉は……どう見てもボス戦の入口だ。」
俺の言葉に全員が黙って頷く。灰白色の大理石で造られた巨大な扉が、ゆっくりと軋む音を立てて開かれていく。その先に広がっていたのは――古びた大広間。
床には崩れ落ちた古書や瓦礫が散乱し、まるで文明の遺跡のような趣を放っていた。天井は空のように高く、四方の壁には奇妙な紋様を刻んだ管や光脈が張り巡らされている。
さらに床には淡い金色のラインが浮かび上がり、それは広間全体を繋ぎ……いや、俺たちが歩いてきた通路にまで連なっていた。
「……ボス部屋っていうより、文明の化石みたい。」美月がぽつりと呟く。その声には不思議な畏敬の響きがあった。
「ここ、本当に戦う場所か? すごい魔力が渦巻いてる……」凛は周囲の気配を肌で感じ取りながら言う。進化したハイリザードマンとしての感覚なのか、魔力への敏感さが以前より際立っていた。あるいは、彼女が様々なエネルギーの気配にもっと敏感になったのか。
「この魔法陣……戦闘用の仕掛けには見えません。どちらかと言えば……エネルギーの伝送路?」
梓が冷静に分析を口にする。彼女は誰よりも異世界の書物を読み漁ってきた。あの「恐怖の夢」の中で、一か月分の精神時間を費やしてまで文献を漁ったと聞いたことがある。だからこそ、この場での洞察も頼りになる。
俺たちは慎重に広間を観察した。出口は見当たらない。そうして数分後――大地が揺れた。
「……来るぞ。」
思わず低く呟く。こういう場所には必ず「番人」がいるものだ。次の瞬間、広間の壁の中央が音を立ててせり上がり、そこから現れたのは――十メートルを超える巨躯のゴーレムだった。
全身は灰黒色の金属で覆われ、関節部には蒼い光を放つコア。黄金の双眸は、まるで千年を見下ろす王者の視線のように俺たちを射抜いていた。
そして床を走る光のラインが一斉に輝きを増し、その末端がゴーレムへと伸びる。無数の管が突き刺さり、魔力が奔流となってその巨体へ注ぎ込まれていく。膨れ上がる気配――圧迫感は瞬く間に倍増し、呼吸すら難しいほどの威圧が広間を支配した。
《最新型防守兵装『魔力リンク型ゴーレムMk-V』、起動。侵入者確認。殲滅モード、開始――》
……やはりここが道を進むための試練らしい。この守護ゴーレムを倒さなければ、奥へ進むことはできない。
ただ一つ、俺の胸に残った疑問は――こいつが前の階層にいたゴーレムよりも明らかに「知性」を持っていることだった。
おそらく、ただの自律兵器じゃない。後ろにある何かを守るために造られた……人の意志を映したゴーレムなのかもしれない。
本日の更新が遅れてしまい、誠に申し訳ございません。
本日は前半部分の章の修正に時間を割いておりましたため、更新が遅れてしまいました。
ぜひ第三章のタイトル、そして以前登場いたしました熾天使マリアの独白を参考にしながら、第三章の内容を考察していただければ幸いです。
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