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第103話 :「《勇者編》その一言が、聖国を変える。博愛の聖女の御業」

「まあ……シャーリーさん、そして見知らぬ方々。ようこそ聖国の大使館へ。今日はずいぶんと賑やかですね。ですが……本日のお客様の申請、私は伺っておりませんけれど?」


 その女性――シェラフィア様と呼ばれた方が、まるで春風のように穏やかな声で私たちを迎え入れられました。


「大変申し訳ございません、シェラフィア様。これは私の独断でございます。勇者様をできるだけ早く聖国へご案内したく、緊急条項を用いてしまいました。」


 シャーリーさんは深く頭を垂れ、恭しくそう説明なさいました。その態度は、いつもの気さくな彼女からは想像できぬほどの慎ましさで――


 連邦での日々で私は理解しました。こちらの人々は職業に貴賤の差をつけず、議員も商人も清掃員も対等に扱われる。敬語はただの礼儀、知らぬ人への思いやり。ですが今、シャーリーさんが示しているのは“平等の礼”ではなく、“絶対の敬意”でした。つまり、目の前の女性は間違いなく聖国の高貴な方なのです。


 シェラフィア様は困ったように頬へ手を添え、小さく首を傾けて考え込まれます。その仕草さえ、あまりに美しくて胸がどきりといたしました。


「勇者……? 勇者召喚の儀は、もう執り行われたのですか? 私は連邦での出張が長く、どうやら時勢に疎くなっていたようですね。」


「エスティア様。勇者召喚は二週間前、王国にて行われました。そしてこちらの(望月澪)嬢が、その勇者のお一人です。」


 エイトソンさんがそう言って、私を指し示しました。その瞬間――初めて、シェラフィア様の瞳が私に注がれました。


 視線が重なった瞬間、胸の奥にひやりとした感覚が走ります。まるで心の奥底を覗かれているような、そんな不思議な感覚。けれど、不思議と嫌悪はなく……むしろ温かい泉に浸されたように穏やかでした。だから私も目を逸らさず、彼女を真っ直ぐに見つめ返しました。


 そして、彼女たちがしていた通り右手を胸に、左手を腰の後ろに添えて、深く一礼いたしました。


「はじめまして、シェラフィア様。私はこの世界に召喚されました二人の勇者のうちの一人、(望月澪)と申します。本日は申請もせず大使館に参りまして、ご迷惑をおかけいたしましたこと、改めてお詫び申し上げます。どうか私たちの無知と焦りをお許しくださいませ。」


 名乗り終えると、彼女はしばし無言で私を見つめ、やがて視線をすっと全身に巡らせました。その後、ふっと柔らかな声で言葉を紡がれます。


「……二人、ですか。なるほど……少々厄介なことになりそうですね。澪さん、ご挨拶ありがとうございます。ようこそ、この世界へ。どうか、この場所があなたを失望させぬものでありますように。……多くの人々が、きっとあなたにすがろうとするでしょう。それを疎ましく思わないでいてくださるなら、私としてはとても嬉しく思います。」


 前半は独り言のように、後半は優しく語りかけるように。自然と私も頷いてしまいました。


「ふふ……お気遣いありがとうございます。召喚されてから一月も経たぬうちに、各国が魔物の増加に切迫していることはよく分かりました。よろしければ、私も皆さまの力になりたいと思っております。ただ……」


「……ただ?」


「……私は、知りたいのです。いえ……知るべきなのです。自分が何のために戦うのかを。苦しむ人々が大勢いて、希望を求める声があることは理解しております。ですが、私はまだこの世界が直面している本当の脅威も、真実の因果も、何ひとつ知らないのです。」


 視線を逸らさずに、シェラフィア様に問いかけます。胸の内を隠せないと悟っていたから。


「――そんな私が、果たして皆さまのために心から戦えるのでしょうか。正直に申し上げますと、今の私は仲間のためにしか剣を振るえておりません。勇者と呼ぶには、まだまだ半人前なのです。」


 すると、シェラフィア様の表情が少し変わりました。ずっと穏やかで優しい笑みを浮かべていたその顔が、今はまるで面白い玩具を見つけた子供のように、好奇と興味の色を帯びていたのです。


「――それで、あなたは聖国に何を求めるのですか? 通常は個別面接が基本ですが、あなたは勇者。ならば己のすべてを衆目にさらし、審判を受ける覚悟が必要です。さあ、勇者澪。あなたは何を追い求めているのかを、私に示しなさい。」


 シェラフィア様の声音は柔らかいのに、その瞬間、場の空気は一変しました。目には見えぬ重圧が覆いかぶさり、胸の奥まで圧し潰されそうなほど。微笑みを浮かべていらっしゃるのに、その瞳は一言一句を逃さぬと告げる冷厳さを宿していて――。


 震える唇を、私は必死に押し開きました。逃げてはならない、と。


「……私は、真実を知りたいのです! けれど、王国も、連邦も、記録されている歴史や宗教は断片的で偏っています。だからこそ、より多くの情報を集め、真実を探し求めるしかありません! 聖国には《すべての歴史を記す書》があると伺いました。ならば、そこに私の求める真実があるはずなのです!

 ……仲間たちが何も知らぬまま、ただ流れに押し流され、命を賭けるなんて――そんなこと、私は絶対に許せません!」


 声に力を込めたその瞬間、不思議と胸を押し潰していた重圧がすっと消え去りました。


 シェラフィア様の表情は再び優しいものへと戻り、満足げに小さく頷かれます。そしてエイトソンさんへと視線を向けられました。


「……澪さんを聖国へ迎え入れることに同意します。手続きを始めなさい。他の方々については通常通り面接を。余計な書類は省いて構いません。」


「で、ですがエスティア様……! 勇者を聖国に招き入れるなど、民が不安に思うのは必至。そもそも外の者でさえ警戒されているのに、()()まで……」


「……確かに一理ありますね。では、彼女たちを入れるのは第三区域までといたしましょう。」


「ご英断、感謝いたします、エスティア様。」


「ふふ……そんなに畏まらなくてもよいのですよ。私たちは皆、女神様の御前では平等なのですから。私は少し長い出張で疲れましたので、ここで休ませてもらいます。――聖騎士団の皆も、下がりなさい。」


 そう告げると、シェラフィア様はゆったりと階段を上っていかれました。外に待機していた騎士たちも整然と解散していきます。


「では――エスティア様のご許可も出ましたので、残り四名の方々はこちらの部屋へ。面接官が参りますのでお待ちください。そして澪様は、ビザの準備をいたしますので、私と別室へ。」


 エイトソンさんに促され、私は彼について歩きながら、胸に抱えていた疑問を口にしました。


「……あの、面接は無事通りましたけれど……シェラフィア様は一体、どういうお方なのでしょうか? 通常ならば膨大な書類や審査が必要と伺いました。それを、あの方の一言で全て省かれるなんて……」


「勇者様。聖国には確かに多くの規則と秩序があります。ですが――これだけはどうか、胸に刻んでおいてください。」


「……はい、何でしょうか?」


「聖国の民は女神様の御前では平等。しかし、それでも国にとって特別な存在はいるのです。エスティア・シェラフィア様――あのお方はただの高官ではありません。この連邦で唯一《神聖魔法》を扱える方にして、女神を信じぬ背信者や異教徒者たちを守ってくださる唯一の聖徒。その御名は――《平等なる博愛の聖女》エスティア・シェラフィア。」


「……聖女……」


 胸の奥で、何かが強く脈打ちました。


 《平等なる博愛の聖女》このお方は、生まれ、種族、信仰を問わず、全ての人に等しく自らの力を捧げ、衆生を救済する聖徒である。世界からこの称号を授かって十年が経つが、その信念は今も変わることなく、博愛の聖女として在り続けている。


 初めてお会いした時から感じていた既視感。その理由がようやく分かりました。あの方が纏う雰囲気は、ミレイア・ファルシア様と同じ――女神に選ばれし聖女のもの。


 ――なるほど、だから。あの温かくも抗えぬ力に、私は心を縛られたのですね。


 ともあれ、数々のやり取りを経て。私はついに聖国への扉を開かれることとなったのです。


 これから数時間にわたる長い注意事項の説明を受けるとしても……今はただ、この歩みが確かに進んでいることを噛みしめるしかありませんでした。


皆さま、ここまでお読みいただき、本当にありがとうございます。ついに第二章の《勇者編》を書き終えることができました!


そして今後の第三章からは、物語の進行に合わせて瑛太編と澪編を同時に描いてまいります。瑛太編では主に世界の真実を、澪編では現代の国家同士の物語を中心に進んでいきます。


やがて両者は再び相まみえることとなりますので、その後の展開が気になる方は、ぜひブックマークにご登録いただければ幸いです。


また、このようなお話を気に入っていただけましたら、ぜひ高評価をいただけますと、僕にとって最大の励みとなります!

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