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第102話 :「《勇者編》聖国への資格を巡る争いは、謎めいた高貴な女性の一言で終わった」

 即席で開かれたお茶会に参加してから、三時間ほど経った頃でしょうか。ようやく大使館の方から、私たちの申請が承認されたという知らせが届きました。


 ――これで、私たちも大使館の中へ入れるのです。


「やっと準備できたんだね。私たち、すっごく待たされたんだから。」


 真白さんは、思わず小さく愚痴を漏らしてしまいました。


 その後、大使館へと向かって歩いている途中で、シャーリーさんが私たちに注意事項を伝えてくださいます。


「真白さん。実はさっきのお茶会こそ、皆さんの心を落ち着かせるために用意されたものなのです。そして実際には、申請をした瞬間から面接は始まっていたのですよ。もし聖国の人々に、皆さんが不満や焦りを抱いている姿を見られたら、それだけで陰ながら減点されてしまうのです。ですから、笑顔を忘れずに進んでくださいね。」


「えっ、本当なの? シャーリーさん。聖国に行くために面接が必要なの? しかも点数制で審査されるなんて!」


 驚いた真白さんが、すぐに質問を重ねました。


「ええ。聖国に入るには、品行方正であることが絶対条件です。そのために、数多くの規則が設けられており、それらはすべて皆さんの本質を浮き彫りにするためのものなのです。もし《不合格》と判定されてしまったら……次に再び面接を受けられるのは、一年後になります。ですから、どうか気を引き締めて臨んでくださいね。」


「一年も待たされるなんて! そりゃ、みんなが密入国まで考えるわけだよ……。それにしても、なんであんな保守的で厳しい場所に、わざわざ行きたい人がいるのかな……。」


 真白さんは、もう少しだけうんざりした様子でため息をつきました。


 ――なるほど。聖国はわざと煩雑な手続きを課して、人々を苛立たせ、面接で失敗しやすくしているのかもしれません。そうすれば自然と志願者が減っていくでしょうし……きっと、それが彼らの狙いなのですね。


「でも、たった一年で済むのですか? 私はてっきり、一度失敗すれば永久に禁止されるのだと思っていました。」


 梨花さんが、心配そうに問いかけました。


「梨花さんの疑問もごもっともです。実は私も一度尋ねたことがあります。その時に返ってきた答えは――『人は短期間で欠点を克服できない。だからこそ一年後に、改めて資質を見極める』というものでした。」


 ……そうなのですね。つまり聖国は、合わない人を拒絶するのではなく、その人が成長できるかどうかを見極めようとしているのでしょう。


 その話を最後に、私たちは無言で歩き続け、大使館の門へと辿り着きました。心の準備をしながら……。


 ゴーレムは私たちを見ても、今度は邪魔をすることなく、ゆっくりと重い鉄の扉を開けてくれました。そして、無機質な電子音の声で告げます。


『シャーリー市長、そして来訪者五名。入館を許可します。必ず職員の指示に従い、いかなる武器および魔法の使用も禁じます。この規則を破れば、聖国の法律に基づき逮捕され、処罰を受けることになります』


 ――これが本当に大使館……なのですね。しかも、ここでは聖国の法律がそのまま適用されるなんて。


 異世界といえば、どこか中世風の雰囲気を思い浮かべていました。実際、建築様式や一夫多妻の価値観、移動手段に馬車を使うといった点からも、そうした印象を強く受けていたのです。


 けれど、価値観や法律の仕組みはむしろ近代、あるいは現代に近いのかもしれません。なにしろ、聖国に入るためには――ビザが必要なのですから。


 ようやく、私たちは聖国の大使館の方に会うことができました。


 その方は全身を覆う白い長衣をまとい、首元には鉄製のペンダントを下げていらっしゃいました。中央には煌めく星が嵌め込まれ、その下を三日月が優しく包み込む――一目で聖国の象徴だと分かる装飾でした。


 彼は鋭い眼差しをこちらに向けると、すぐさまシャーリーさんに問いかけます。


「シャーリー市長、何ゆえ緊急条項を用いる必要があったのですか? もう市長として八年ほどでしょう? いまだに聖国の規則を理解なさらぬとは……事前の申請や予約、それほどまでに連邦の方々には難しいのですか?」


「まあまあ、これはこれはエイトソンさん。お久しぶりですねぇ。てっきり聖国に戻られて、二度とこの混沌とした連邦にはいらっしゃらないと思っていましたよ。相変わらず、真面目で忠義に厚い方だこと!」


 笑顔を浮かべつつも、その空気は明らかに火花が散っておりました。二人の関係が良くないのは、誰の目にも明らかです。


「褒めていただき光栄ですね。国家と女神様に己を捧げることこそ誉れ。好まぬ地であろうと務めを果たすのも供奉の一環でしょう。それで――いい加減本題に入りませんか? 市長、いったいどのような用件で?」


 彼の鋭い視線と共に放たれる圧力に、私ですら思わず身を固くしてしまいました。ですが、シャーリーさんはあくまで余裕の笑みを崩しません。


「もちろん緊急事態ですとも! だって、聖国も一緒に(勇者召喚の儀式)を執り行ったでしょう? ならば相応の準備をして勇者様をお迎えすべきではありませんか。私が彼女たちをここに連れてきたのは当然です。まさか勇者様を七日間も待たせろと?」


「準備? 必要ですかね。どうせ彼らは金と権力に惑わされた異邦人でしょう。我らが歓待する理由などありません。それに、我が聖国は召喚の儀について国内で正式に公表しておりません。だから迎える義務もないのです。」


「また勝手なことを……! 三国で何度も協議を重ねて、最終的に一致して行った儀式でしょう? しかも女神様の御意志として“勇者に選択の自由を与えること”が条件だったはずです。澪さんが聖国を望まれるのなら、それを拒むのは筋違いではありませんか!」


「そこが誤解なのですよ、市長。女神様は自由を与えられると同時に、勇者がその地の規律に従うこともお命じになった。ですから我々が歓待する義務はないのです。」


 二人の言葉は次第に鋭さを増し、完全に口論となってしまいました。自由を重んじるシャーリーさんと、女神様への信仰を貫くエイトソンさん。きっとこれは、今に始まった争いではないのでしょう。

 私はどう介入すべきか考えていたそのとき――。


 背後から馬車の車輪と、鎧が触れ合う硬い音が近づいてまいりました。数多の騎士が誰か重要な方を護衛しているようでした。


 扉が開かれ、そこに現れたのは気品と威厳に満ちた一人の女性。彼女は場に漂う緊張を一瞥なさると、まるで囁くような、けれど絶対に無視できぬ柔らかなお声でおっしゃいました。


「エイトソン……どうなさったのです? どうしてそんなに激しく。せっかくの静寂が、少し騒がしくなってしまいましたね。」


 彼女は同じく純白のローブを纏っていますが、それは遠目にも分かるほどの上質な絹織物でした。身につけている装飾品は多く、よく見るとどれも高級な魔道具のようです。


 最も特筆すべきは彼女のペンダントで、同じく女神を象徴するものでしたが、中央の星は大きなサファイアで飾られ、その台座には女神の顔が彫られているようでした。どうやら相当な高位の人物のようです。


 彼女の姿が見えた瞬間 、エイトソンさんの目が大きく見開かれ、慌てて胸に右手を添え深々と頭を垂れました。シャーリーさんでさえ同じように姿勢を正し、恭しく謝罪を口にします。


「お帰りなさいませ、エスティア様。お静かなところを騒がせてしまい、申し訳ございません。」


「……失礼いたしました、エスティア・シェラフィア様。私の無礼をお許しくださいませ。」


 あの強硬なエイトソンさんも、そして自由を貫くシャーリーさんも、等しく深い敬意を示している――。


 この女性、エスティア・シェラフィアは一体どれほどの存在なのでしょうか。

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