02 枢聖院グループの暗部
東部医療センターから、マイカーのワゴンを走らせ、四十分ほどで、霊体医療研究センターに到着した。
この病院に通う人々を、少しでも明るい気持ちにさせたいという狙いなのか、建物には、多くの色を使った、派手な装飾が施されている。そのため、学生の頃、初めて、ここを訪れた時には、医療機関というより、娯楽施設のような印象を受けたものだ。
正面玄関から建物に入り、三階のナースステーションに赴く。
そこに着くと、一番、近くにいる看護師に、類照は言う。
「すみません。東部センターに勤める、霊体外科医の工藤です。佐久間さんを呼んでいただいて、よろしいですか?」
若い女性看護師は、ああ、という納得顔で、奥に入っていった。
ほどなくして、堂々たる恰幅をした女性看護師が出てくる。五十歳前後と思しき看護師長の、佐久間芹栖だ。
類照は、低姿勢で挨拶する。
「お忙しいところ、申し訳ございません。今日も、よろしくお願いします」
「沢村先生は、すでに、地下の施術室でお待ちですので――。じゃあ、行きましょうか」
「あ、待ってください。一度、三○四号室のほうに、寄らせていただけます?」
「わかりました」
佐久間芹栖と二人で、廊下を進んでいく。
個室である、三○四号室に入った。
類照は、すぐさま、ベッドに歩み寄った。
恋人の室野依織は、すやすやと寝息を立てている。依織の霊体が、この体に帰ってこなくなって、すでに半年以上が過ぎた。もっとも、点滴で栄養を取っているため、生命活動自体は正常に維持されている。
それが、一番よくわかるのは、髪の毛の伸び具合だった。少年みたいに短かった髪は、今や、肩までのミディアムヘアに変わっていた。
そのため、顔を見ていると、あの依織ではないような錯覚すら覚える。
が、目が離せなくなるほどの美しさが、紛れもなく自分の恋人であることを物語っていた。
生身の体同士で、その身を抱きしめたい、唇を重ね合わせたい、という欲求が湧き上がってくる。
しかし、佐久間芹栖は、席を外すつもりはないようだった。おそらく、いくら交際関係にある男とはいえ、意識のない状態の若い女性に、好き勝手なことはさせられないという思いなのだろう。
三○四号室を出た後、類照と佐久間芹栖は、エレベーターで一階に降りた。
それから、一階フロアの、誰も来ないくらい奥まったところにある、エレベーターに、ふたたび乗る。
地下一階に降り、エレベーターのドアが開くと、その外に出た。
仄暗くて陰気な空間だ。
ここは、霊体医療研究センターの、というより、枢聖院グループ全体の、まさしく暗部といえた。
すぐ目の前には、鉄格子が嵌まっている。
また、その向こうにあるパイプ椅子に、四十代の半ばと見られる、男性警備員が座っていた。
その警備員が、おもむろに立ち上がり、鍵を使って鉄格子の扉を開ける。
彼は、いつも、夢遊病者かと思うくらい、目を細めた顔つきで、類照たちを迎えるのだった。
おれだって、こんな仕事、辞められるなら、今すぐにでも辞めたい――。
彼の顔には、はっきりと、そう書いてあった。
類照と佐久間芹栖は、そこを通った。
それから、少し進んだところに、霊体医療用の施術室がある。
類照は、その施術室の引き戸を開けた。
部屋の隅の椅子には、すでに、沢村響という麻酔科医が、座って待機していた。
看護師長の佐久間芹栖とは対照的に、無精ひげを生やした貧相な風貌の男だ。年齢は、六十を少し過ぎたあたりだろうか。
類照は、この男に、いい印象を持っていない。依織の件がなければ、関わり合いになるなど、考えられないタイプだ。
だが、状況が状況だけに、こちらとしては、あくまでも、腰を低くしている必要がある。
「今日も、よろしくお願いします」
「うい」
沢村響は、低い声で応じる。