第九話 エルフの村
エルフの村は、山奥にあった。
山と山の間———盆地に小さく家が密集されており、その周囲を囲むように畑が広がっている。
幻術がかけられているらしく、すぐ近くに寄るまで、その存在に気が付かなかった。
結構な規模なはずなのだが、これだから魔術や妖術といった類のものは恐ろしい。
「———あら、しーちゃんじゃねぇか!」
馬車が一台通れるほどの大きさの畦道を歩き、中央の村に向かっていると、畑仕事をしている男がこちらに向かって声をかけた。
シエスタと同じ、金髪碧眼の美男子であり、耳が長い。
エルフは皆、金髪碧眼で耳が長いのだ。
泥だらけの格好でこちらへと走り寄ってくる。
「グランおじさま。お久しぶりです」
「大きくなったな———って、左腕がなくなっちまってるじゃないか! いったいどうしたんだ?」
「魔物からこどもを助けるのに、色々ありまして」
「こ、こどもを助けるのに? ………なんというか、とんだお人好しだなぁ。普通、他人のために腕一本捨てることなんてできないよ」
「正直、こうして生きてるだけでも奇跡ですよ。魔力不足にもなってしまったし」
「ま、魔力不足? あんな馬鹿げた魔力をもっているしーちゃんが………。というか、それでどうやって魔物から生き残れたんだ? 魔剣だって、魔力がなけりゃあ、ただのなまくらだしよぉ」
「ロウレン———隣にいる方が、助けてくださいました」
男の注目がこちらへ移る。
「はぇー。しーちゃんでも勝てない魔物を、このひょろそうな男がねぇ」
「ひょ、ひょろそうって。まぁそうだけど」
「そんで、二人は恋人同士なのかい?」
「「は?」」
思わずハモる。
恋人というか、まず友達ですらない。
顔見知り以上知り合い未満、といったところだろうか。
シエスタが、額に青筋を立てながら答えた。
「違いますよ」
「あらら、外しちゃった。まぁでも、しーちゃんを助けてくれたんだ。歓迎しよう。俺はグランだ」
「ロウレンです。よろしくおねがいします」
「あぁ、よろしく。村にいる間は、最高のおもてなしをしよう」
「ありがとうこざいます」
グランは、気さくに笑った。
美男子だから、その姿は非常に絵になった。
気のいい人だ。
彼はからだの向きを変え、シエスタと向き合う。
「それと、しーちゃん」
「はい?」
「家族には、顔を合わせておけよ」
「それは………分かっております」
彼女は、虫の居所が悪そうに言った。
家庭環境があまり良くないのだろうか。
疑問に思うも、それを口に出すようなことはしない。
グランと別れて、俺達はまず村長の家へと向かった。
仕事をするということは、しばらくこの村に滞在するということだ。
許可を取らねばならないらしい。
家のあいだを右へ左へと歩く。
エルフの多いその光景は、俺にとって新鮮だった。
住人達の俺を見る目は、珍しいものを見るような目だが、そこに嫌悪などといった感情は感じられない。
どちらかというと、好奇心というものが強いか。
「ここに人が来ることはほとんどないから、あなたのような別の種族の人間が来るのは珍しいのよ。ま、我慢してちょうだい」
それもそうだ。
多分、あの幻術はかなり高位のものだ。
あれを見破れる者となれば、世界をくまなく探しても、そう多くはいないだろう。
そうこうしているうちに、辺りの家よりも、一際大きな建物の前に着いた。
俯瞰してみれば、その建物は凹のような形をしている。
へこんでいる部分が入り口となっており、俺達はちょうどそこに立っている。
大きさは、屋敷よりは小さく、家よりは大きいといった微妙なところだ。
こじんまりとした建物だ。
普通、村長や領主などといった者の住まう建物は、その権力を誇示するため、豪華な装飾で飾られている。
だが、この建物は違う。
豪華な装飾はないが、どこか気品な雰囲気がある。
下品な感じがしないのだ。
川瀬に小さく、しかし美しく咲く花のような。
みだらに茎を伸ばし、花を派手にするようなものとは違う。
「凄いな」
「私も、たまに帰ってきてここを見ると、故郷なのに、そうやって感慨に浸ることがあるわ。ここは、私が今まで見た中で、いちばん美しいところ。きっとあなたもそうなるでしょう」
「確かにな。強欲な人族じゃ、こんなもんはつくりたくてもつくれない」
扉を開けて、中に入る。
光に煌めく金属が敷き詰められた玄関。
入ってすぐにある、吹き抜けの天井に吊り下げられている、ほのかに辺りを照らすシャンデリア。
その両脇から続く大きな階段と、そこに敷かれる赤い絨毯。
思わず、ごくりと生唾を飲んだ。
あまりにも美しい。
細部の装飾の全てが、一切の無駄なく溶け込み、そして全体の美しさを引き立てている。
外観を一輪に咲く花だとするのならば、内装は辺り一面に広がる花畑。
どこを見ても、どこを切り取っても美しい。
圧巻の光景に立ち尽くしていると、階段から誰かが降りてきた。
メイド服を着たエルフだ。
だが、見た目は使用人にしては幼い。
いや、エルフは人族よりも寿命が長く、成長速度も遅いのだから、実際は俺よりも年上なのだろうが。
エルフは玄関にいる俺達の前に立つと、小さく頭を下げたのち言った。
「村長フィネストロフ・エルフィン様に仕える使用人が一人、サユラです。本日は我が主にどのようなご用件で来訪致されたのでしょうか?」
「村長に、シエスタが帰ったと伝えなさい。それと、連れが一人いる、とも」
「かしこまりました。少々お待ちを」
そのままエルフは二階に上がっていった。
少しして、また同じエルフが降りてくる。
「確認が取れました。村長のところまでお連れします」
振り返り、エルフはゆっくりと歩く。
その速度に合わせて、俺達も歩みを進める。
赤い絨毯を踏みしめる感覚が心地よい。
階段を登り、左手の廊下を歩く。
いくつも扉がある。
部屋数は、ざっと視界の中に入るだけでも、六つはあるだろう。
家全体となれば、恐らく二十は超える。
「ここです」
一番奥の扉の前で止まる。
使用人のエルフ———確か、サユラといったか。
サユラは、こんこん、と扉をノックする。
「どうぞ」
と、中から声がした。
だいぶ年老いた掠れた声だ。
「失礼します」
ドアノブを捻り、中に入る。
「———お久しぶりですね。シエスタ」
部屋の奥には、老人がいた。
顔に皺がいくつも刻みこまれた、老婆だ。
エルフだからか、やはり耳が長く、目は青い。
しかし髪は金ではなく、白だ。
白くなった髪を三つ編みにしており、揺り椅子にからだを預けている。
膝の上には、白い毛並みの子猫が。
シエスタは何歩か前に出ると、片膝をつき頭を垂れた。
「は。フィネストロフ様におかれましても、ご健在なようで何よりです」
「あなたは、左腕を無くしてしまっているようですね。こちらに来なさい」
「は」
シエスタは立ち上がり、老婆———村長のすぐ近くに寄る。
村長は立ち上がり、俺から見て左手にある棚へ向かい、何かを取り出した。
あれは………腕か?
見る限りは義手だ。
黒い金属でできている。
恐らく、黒銀だろう。
世界で三番目に硬い金属だ。
老婆は義手を両手で大事そうに抱えると、揺り椅子に座り、シエスタに差し出した。
「これは?」
「これは、魔の義手。魔力を込めると、まるで自分の腕のように動かすことができます。また、それで魔物を殴ると、殴られた魔物は幽体に傷を負います。あなたには必要なものでしょう。ぜひ受け取ってください」
「そ、そんな凄いものを………。私などには勿体ないかと」
「そんなことはありません。あなたには、何度も世話になっていますからねぇ。私からの贈り物です」
「………ありがたく頂戴致します」
シエスタは右手で義手を受け取ると、それを左腕に嵌めた。
シエスタの左腕は、肘より少し先が無い。
なので、折り曲げたりすることはできる。
断面にぴったりくっつくよう固定すると、シエスタは、左腕を何度か折り曲げたりして、動作を確認した。
「見た目以上に軽いですね」
「私が昔、義手の研究をしていたときにつくったものですからね。見た目よりも黒銀は使われていません。使い心地はどうですか?」
「いいですね。少々コツは要りますが、練習すればかなり扱いやすそうです」
「魔力を込めてみてください」
そう言われて、シエスタは静かに精神を統一させ、魔力を込める。
ぴくり。
動くことのないはずの義手の指先が、震えた。
人間の腕のように。
握ったり、開いたり。
握ったり、開いたり。
繰り返したのち、シエスタはふぅ、と一息吐く。
「魔力の絶妙なコントロールが必要ですね。扱いが難しそうです」
「使っていれば、おいおい慣れていくことでしょう」
「そうですね。このような貴重なものをいただき、感謝致します」
シエスタはまた片膝をつき、頭を下げた。
「頭をお上げください」
「は」
「さてと。左腕の方は問題なさそうですね」
「左腕の方は、でございますか」
「えぇ」
老婆の目がぎらりと光る。
その顔はひどく険しい。
「貴方のお連れの方———彼は、いったいどこで拾ったのですか?」
老婆の鋭い眼光が、俺を射抜いた。
額から、ぽたりと冷や汗が垂れた。
あの老婆は、なにか危険だ。
本能が警鐘を鳴らしていた。
へんじがない…。
ただの しかばね のようだ…。




