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ムゲンWARS  作者: レヌ
第一話 [裏]
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第一話 金色の勇者 Ⅲ [炎]

H36番は走った。

ただひたすら、野を越え丘を越え。

白亜の城への道にかかる大きな橋を渡り、城門を抜けて荒い息を吐いた。

ここに入ってしまえば、あとは王座の間まで小地獄鳥専用通路を使えば安全に向かえる。

H36番はエントランスの壁に、一見すると通風口のような、装飾のような、鉄柵で中にはいれないよう閉じてある小さな穴に向かう。

小さな穴と言っても、小さな地獄鳥にとっては十分な大きさだ。

鉄柵を上に持ち上げ、中に入ると、自動的に鉄柵はかしゃんと閉まる。

そのあとH36番の足元がふわりと光り、風が巻き起こってH36番を上部へ射出した。


これは城に施しているトラップと近しい原理で、一度柵が開けられ、再び閉じたときに所定の場所に上から圧力がかけられている場合に風の魔法を発動させ、乗っているものを上に打ち上げる装置だ。

この城は基本的に人間サイズで造られているため、小さな地獄鳥には階段を乗り降りするのが中々に重労働で、そのために考案された地獄鳥専用エレベーターである。


すぽんと上の階に飛ばされたH36番はパタパタと羽を羽ばたかせてふわりと着地し、てちてちと王座の間へと走った。

王座の間の大扉は小さな地獄鳥からすればあまりに大きな扉だが、こちらも横に地獄鳥専用扉がついている。

厳禁の戸でも開けるような気軽さで、王座の間に入場する。


「まおうさまにんむかんりょうで、うわあ!」


報告と共に扉を開けたH36番は驚きの声を上げて軽く飛び上がった。

それはレーヴェの姿勢があまりにもだったからだ。

金の装飾が施された美しい玉座の、右側の肘おきに背を預け、左側の肘おきに足を投げ出し、半分寝そべるような格好でピコピコと携帯ゲーム端末を弄くっているのだ。


「ま、まおうさま、ゆうしゃがくるのにそのかっこうはいかがなものかと……」

「いつもと変わらん」

「いや、そうですけども……」


H36番は玉座に近づき、ぴょんとレーヴェの腹の上に飛び乗る。

そんなことなど気にもせず、視線すら向けずにレーヴェは携帯ゲームを続行している。[いつもと変わらん]という言葉が示す通りに、これはレーヴェが仕事もなく勇者も来ないし特に急ぐ用事もないけど玉座にはいなきゃいけないときによくある光景である。

魔王らしさを振る舞うレーヴェにとっては勇者に見られたくない姿第三位のものだ。


ちなみに仮にも王の腹の上に家臣が乗るのはいかがなものかと言うレーヴェの意見は過去に軍鶏会議にかけられ却下されている。

炎の化身足るレーヴェの腹の上は地獄鳥にとって大変居心地の良い温度であるため、つい乗りたくなるというのと、玉座でそんな格好してるのが悪いの二つの意見によるものである。

レーヴェから言い返す言葉がでなかったため、『だらしない格好をしている魔王様のお腹の上には乗ってもいい』ということになってしまった。


そんなことを思い出しながらレーヴェは片手でH36番の頭をなでる。


「これでいいんだ」


そうしているときだった。

大扉が開かれる。


「魔王!今度こそはお前のめいにち…」


扉の向こうにいたのは、

四度目の挑戦となる、金色の鎧を見に纏った金色の髪、青い瞳の少年

が、唖然と口を開けている姿だった。


(ああ、それでいい、幻滅しろ。おまえが望む魔王などこの世のどこにもいない)


レーヴェは視線を向けさえせず、それでも様子を伺いながらゲームに向かう。

画面に映るのは、二頭身のデフォルメされた主人公がフィールドを歩いている様子だ。

時々エンカウントするモンスターを機械的に倒し、

そしてまた進む。


腹の上のH36番が、ピャッと短い悲鳴をあげて跳ねた。


「ま、まままま、まおうさま!あいつです!ゆうしゃです!てきしゅうです!!」


いくらここまで鬼ごっこを演じたとはいえ、いや演じたからこそ、勇者を目の前にしてぶるぶると怯えているのだろう。

レーヴェはそっと目を閉じる。


興味をなくせ

好奇心を殺せ

心の火を消せ

元より付いてもいない火だ


深く、深く意識を沈めてから、

レーヴェは勇者のほうへと目を向けた。


「あぁ、あれか」


勇者が身構える。


「あれは気にしなくて良い」


レーヴェはそう言うと視線をゲームに戻した。

さあ、あとは踵を返して帰れと願いながら。


「ちょ、っとまて!?どういうことだそれ!っていうか、これ…なんだそれ!?」


明らかに冷静ではない、叫び声に近い勇者の声が響く。


「これは私が詰んでいたゲームだ」


画面に映るのは、二頭身のキャラクターがなにひとつ文句も言わず、延々と同じところをぐるぐると回り続けてモンスターに出会っては、切り捨てるを繰り返す。


「そういうこと聞いたんじゃねえよ!つか魔王がゲーム詰んでたなんてこと聞きたくなかったわ!いや魔王がゲームしてるのを見たくなかったわ!!」


勇者の突っ込みが響くが、レーヴェは変わらずゲームに向かったまま返事を返す。


「魔王だってゲームするし、ゲームをすれば詰むこともある。最近はお前が律儀に何度も襲ってくるからやる暇もなかったしな」


腹の上のH36番は眼を丸くして不安そうにくるくると忙しそうに勇者とレーヴェを交互に見ている。

ゲーム画面のキャラクターは連続する戦闘に徐々に体力を削られていっている。それでも、何度も何度もモンスターに挑み続けた。


「だ、だっておまえ…魔王だろ?!この地獄の王で、化け物たちの主だろ?!」


絞り出すような、悲鳴のような、

勇者の吠える声はすがるように紡がれる。


これは、異常だ。

勇者という理想像に取り憑かれた人間は、同じく理想像の魔王を求める。

その行為の異常性が、この勇者には理解ができないのだ。

他者に誇大な理想を押し付けて、己の存在を固定しようなど、

明らかな異常である。


「そんなの魔王としてどうなんだよ!!」


紡がれる不満は、自己否定への不安だ。

魔王が魔王を捨てたことで、勇者でいられなくなることへの不安。


ただの、一人の少年であるというのに、

なにが、あの人間をそこまで勇者とさせるのか。


レーヴェの心のなかで、殺したはずの火がチリチリと音を鳴らせて起き上がる。


勇者を瞳に映しながら、レーヴェはゆっくりと体勢を変え、玉座に本来座るべき形で座り直す。


「どんな魔王であろうと私の自由だ。勇者にとやかく言われる筋合いはない」


火はあっという間に燃え上がる。

"何故"と問いを揺り起こす。


(ああ、だめだ。止められない、コレだけは)


レーヴェはしっかりと己の心を理解する。

コレはレーヴェの悪い癖だ。育ての母には止めろと怒られた産物だ。

だがコレを止めてしまえば、レーヴェがレーヴェである意味がなくなってしまう。


レーヴェは勇者を真っ直ぐに瞳に捉えて言葉を紡ぐ。


「ならばお前は、なぜ勇者をやっている」


レーヴェの悪い癖、それは"問うことを止められない"ことだ。

他人に、己に、この世のすべてに、"何故"と思うことを、自らでも制御ができない。

起き上がったひとつの"何故"は数を増やし、レーヴェの心を埋め尽くしていく。


「そ、それは…」


勇者が言葉をつまらせる。それは自身ですら"勇者"という行為に答えを持っていないからだ。

何故、この者は勇者であろうとするのか。


「俺は、俺は、世界を平和にするために…」


たどたどしく吐き出されるそれは答えではない。

何故、この者は勇者を捨てられないのか。


「なんでって…め、女神様に選ばれて…」


忌まわしき神の名の元に、それも答えではない。

何故、この者は勇者になりきれないのか。


「……」


ついに言葉は詰まってしまい、勇者は黙り混んでしまった。

静寂に不安になったH36番が、ぶわっと羽を膨らませる。

やがて耐えきれなくなった勇者がたまらずに叫んだ。


「し、しつこいんだよ!なんでなんでって子供かお前は!!俺だって色々あるんだ、魔王にとやかく言われる筋合いねえよ!!」


全ての何故を投げ捨てて、勇者は来た道を逆走していく。

振り替えることもなく遠くなる金色の背中が見えなくなっていく。

残された静寂と、なんとも言えない空気が、重々しく玉座の間を支配する。


「ま、まおうさま…」


驚異が去ったことを喜ぶべきなのか、様子のおかしい勇者を心配すべきなのか、はたまた勇者が帰り道で暴れたりしないように追って止めをさすべきなのか、

判断に困ったH36番は黒い円らな瞳でレーヴェを見上げた。


「……」


レーヴェは勇者が去ったあとを見つめ、

ふうと止めていた息をゆっくり吐き出して、思う。


(…………やり過ぎた……!)


表情はいたって冷静そうに見えるが、その内は決して穏やかではなかった。

『殺すつもりはなかった、今は反省している』という状態がまさしく正しい心境だった。

『お前の倒したかったやつはただのゲーマーでしたー、いまどんな気持ち?』と煽ってやるだけでよかったのだ。


すう、と息を吸って、天井を見上げる。

これであの勇者が来ることはないだろう。ハッピーエンドだ、これ以上なにを望んでいるのか。

レーヴェはそう自問する。


やがて返ってきたボールは、いくつもの"何故"だった。

何故あの勇者は逃げ出したのか。何故言葉を返せなかったのか。表情の理由を、しぐさの理由を、何故なぜナゼ。

騒がしくなりはじめた頭を軽く横に振ってから、レーヴェは玉座からたちあがった。

ぴょん、と床に降りて目を丸くしているH36番に、

心のなかでいくつもの言い訳を用意しながらレーヴェは言う。


「聖界に行ってくる」




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