第一話 金色の勇者 Ⅳ [炎]
信じられないものを見たかのように、H36番はまた全身の羽毛を逆立てて、黒い瞳を何度も瞬きさせた。
プルプルと震えるH36番に、レーヴェは渋々とうなずいた。
そうした途端、弾かれたようにH36番は飛び上がり、けたたましく鳴き声を上げる。
「きんきゅうじたい!きんきゅうじたい!まおうさまが!せかいのそとにでられるぞ!!!」
城内中に響くようなその声を聞きつけ、大扉から、窓から、カーテンから、壺の中から、隠れていた地獄鳥たちがわらわらと顔を出し、駆け寄ってきた。
「ほんとうですかまおうさま?!」
「どうして?!」
「きでもふれましたか?!」
口々に疑問を、そして心配を口にしてぴょんぴょんと飛び回る。
レーヴェはややうんざりした様子で頭を抱えてため息をついてから、制止するように片手を出した。
「すこし過剰防衛だった。恨みを募らせた勇者が再度ここに来て、ひいては我々の世界に被害を出しかねない懸念があるため様子を見に行く、それだけだ、オーケー?」
頭のなかで組み立てていた言い訳を話す。
説明を受けて地獄鳥たちはくるくると周囲と顔を見合わせる。
しきりにそうしたあとに、皆が皆両手をあげて、わあああ、と雄叫びをあげた。
「おーけーです!!」
「まおうさまがひさしぶりにそとにでるぞ!!」
「きょうはおせきはんつくりますね!!」
「おい!ひとを引きこもりみたいに言うな!赤飯もいらん!」
一気に高まった温度は、今度は制止しただけでは収まる気配がなく、まるで祭りでも始まったかのように地獄鳥たちは飛びはね、小躍りし、走り回る。
あまりの騒ぎに眉間を押さえて、このままだと担がれ胴上げでも始まりそうな雰囲気にレーヴェはその場から離れようとする。
だがそれに気づいた一羽が「あっ!」と声をあげ、皆が一斉にレーヴェの方をみた。
「まってまおうさま!!」
去ろうとするレーヴェを引き留めるように、一羽がレーヴェの背に飛び付く。
一羽で終わっておけば、文字通り羽根のような軽さでなにも問題はないのだが、地獄鳥は残念ながら非常に統率のとれた魔族だった。
「おまちください!」
「まおうさまー!!」
一羽が飛び付けば、他も一斉に飛び付くのだ。
「うぉわああっ!?」
レーヴェにぶつかってくる白い塊はあまりにも多かった。
羽毛であろうと量が多ければ相当な重さになる。レーヴェは重さに耐えきれずに顔面から床にダイブすることになった。
べしゃりと叩きつけられる音がしようと、地獄鳥たちは気にはしない。
「まおうさま!そのままいくのはだめです!」
「へんそうして!」
「ばれたらころされちゃいます~!」
口々にぴーぴーと鳴き始める地獄鳥たち。
レーヴェはわなわなと震える拳を強く握りしめる。
背負っている炎がパチパチと弾けてようやく異常に気づいた地獄鳥たちがハッとしたが、時すでに遅し。レーヴェは拳をおもいっきり床に叩きつけ、
「お前、ら、いい、加減、に、しろぉぉ!!」
怒号と、爆発するような炎の音が城中に響き渡った。
「ほら、これでいいな!?」
レーヴェは白いフードつきのマントを羽織って、やや苛立ちぎみにいい放つ。
米神から生えていた金色の角は無く、赤く燃えていた髪は初めからそうであったかのように、炎の部分だけがなくなり、短い赤髪となっていた。
これは人間型を取るレーヴェの、さらに人間に近しく変身した姿だ。
「もんだいありません、さすがまおうさま」
プスプスと黒い煙を上げながら、地獄鳥たちが焼けた鶏肉のような香ばしい匂いを纏わせてレーヴェを称賛する。
地獄鳥には炎に対する耐性がある。完全な耐性ではないが、火の中で暖を取る程度のことはでき、だからこそレーヴェは遠慮無く炎を振るったのだ。
「満足か?私は行くからな!もう止めるなよ!いいな!?」
また大量にのし掛かられては堪らないとレーヴェは再度の確認をする。決して"フリ"ではなかったのだが、地獄鳥の一羽が「おまちください」と呼び止めた。
「まおうさま、えいちさんじゅうろくばんをおともをおつれください。であればほかにもんくはございません」
「ぴよっ?!」
突然の指名にH36番が鳴き声を上げる。
「要らん、最も要らん」
「ぴぃ!?ぼ、ぼくいりませんかまおうさま!?」
「えっ!?あ、いや、ちがう!そういう意味ではない!」
即座に首を横に振ったレーヴェを、H36番は黒いまんまるの瞳に涙をためて見上げる。
レーヴェは誤解が起きていることを感じとり慌ててまた首を横に振り、すこし屈んでH36番に視線を合わせて言う。
「いいか、人間の世界に行くのだぞ、お前たちの誰がついてきても私が守りきってやれる保証はできない。人間に捕まれば殺されて唐揚げかローストチキンかピータンにされてしまうかもしれないんだぞ?」
「まおうさま、ぴーたんはあひるです」
「というか、とりにくですらないです」
優しく諭すようにするレーヴェにまわりの地獄鳥からつっこみがはいる。
「だいじょうぶです、だからこそなのです。えいちさんじゅうろくばんがさいそくであることはしょうめいされたではないですか!きけんがせまったときに、じりきであんぜんなばしょまでにげきることができるのです!」
推薦した地獄鳥が翼を広げて力説し、まわりの地獄鳥から「おお」と歓声があがる。
たしかに城まで勇者に捕まらずに逃げて誘導してきた張本人、いや張本鳥なのだ。その説得力はレーヴェと本人を除く全員を納得させるに足るものだ。
「それに……」
力説していた地獄鳥がH36番にそっと耳打ちをする。
小さなくちばしから発せられる小さな声はレーヴェの耳には届かなくて、レーヴェは眉間に小さくシワを寄せる。
レーヴェの気分など露知らず、H36番は耳打ちの内容を聞いてハッとしてうなずいた。
「わ、わかりました!ぼくいきます!まおうさまとともに!」
「いや要らんと言っているだろ」
決意に満ちた瞳で顔を上げるH36番。
もはや主の言葉など聞こえていない。いや、主たるレーヴェからしてみれば聞いてくれなくては困るのだが、
地獄鳥たちはH36番の勇気ある言葉に再び沸き出す。
「さすがです!」
「いいぞー!」
「まおうさまをたのむぞ!」
わあわあと盛り上がる地獄鳥たちにレーヴェは頭を抱える。
やはり声は届かないだろうし、説得は駄々をこねられて終わるだろう。
それどころか、ここで時間を掛ければあの勇者を追うことも叶わなくなるかもしれない。
レーヴェは深く深く息をはいて、諦めたように首を横に振った。
「あーもうわかった、私が許可するまで顔を出すなよ、いいな?」
「はい!まおうさま!!」
H36番は明るく返事をしてレーヴェの肩にピョンと飛び乗る。
フードを上げて、肩に乗っているH36番を中に隠した。
元々大分余裕のあるフードだったが、ボールのような地獄鳥を一羽隠すとなかなか窮屈になり、ふわふわの羽毛が首もとに押し付けられる。
本来ならくすぐったくてどうしようもない位だろうが、レーヴェは気にせず立ち上がって、もうひとつため息をついた。
「もう文句はないな?」
確認するように目を向けると、地獄鳥たちはみな頷き、中には拍手するものもいた。
「もんだいありません!」
「いってらっしゃいませ!」
「おみやげたのしみです!」
口々に思い思いのことを言い始める。
これではキリがないと首を横に振り、レーヴェはすこし早足で玉座の間を出ていくのだった。
レーヴェが出ていったのを見送って、
一羽の地獄鳥が口を開く。
「これでもういちど、ふみだすゆうきをおもいだしてくれればいいのですが」
しん、と地獄鳥たちが静まり返る。
一羽が不安に駆られて声をあげた。
「またつらいめにあったら?」
一羽がゆっくりと首を横に振る。
「そのためにむりやりにでもおともをつけました。なにもできないかもしれないけれど、おひとりでかかえこむよりずっといい」
そうして力強い光の宿った黒い瞳で、キッと天井を見上げる。
「われらのおうがじゆうをとりもどすまで、われらがささえてやらねばならぬのです。さあ、おしごとにもどりましょう!」
仕切り直すように手を叩く。
ぽふぽふと。
だがそれでも、地獄鳥たちはきびきびと通常の業務へ戻り始めた。
レーヴェたちは一面の野原にいた。
揺れる濃い緑色の草、ぽつぽつと咲いているのは白や赤の小さな花。空は炎の世界ではまず見ることのない澄んだ青色。
フードの中のH36番は目に映るすべてがキラキラと輝いているような気さえしていた。
「すごいですねまおうさま!」
希望に満ちたキラキラの黒い瞳でレーヴェを見上げる。
だが、レーヴェの様子はそれに反して、野の緑や空の青などなんの感情も沸きすらしないように、ただ無機質な赤い瞳が映しているだけだった。
H36番は「ぴよ……」とひとつ鳴いて縮こまる。
「……やっぱり、きたくなかったですか?」
恐る恐るそう尋ねた。
「……そうだな」
しばらくしてレーヴェが答える。
だがすぐに気分を変えるように首を横に振る。
「やはり出る場所が大分ズレたな。ここからはあの勇者の魔力を辿るから……飛行と透明化の魔術が必要だ。たしか、こう……」
レーヴェはなにかを思い出すように金色の角を指先で叩く。
するとレーヴェの足元から、まるで紙が端から燃えてなくなるように消えていく。
もちろん消えてなくなっているわけではなく、透明化の魔術を足先からかけているだけだ。
膝から下がなくなったところで片足をあげて、確認する。
「消えたか?」
「きえてます」
小さな鶏もどきはコクリとうなずく。
あとはそれを、全身と肩に乗っている旅のおともにもかけて準備完了だ。
「飛ぶぞ、口を閉じていろよ」
「ぴ」と短く鳴いたH36番は言いつけを守って嘴を閉じる。
すると、今度は翼もないのにふわりとレーヴェの体が浮き上がり、そのまま、まるで重さなど無いかのように、迷いなく飛んでいった。
ついた先は人間の町だった。
表通りは活気があり、行き交う人の顔は明るい。
だが一歩裏にはいれば、整備されていない道と明るい話題の無い人間の呻き声がする。
だが町の様子などレーヴェにはどうでもいいことだ。
透明化を解かないまま歩くレーヴェは一件の豪邸を目指す。
あの勇者の匂いがする。ただその一点の確信をもって。
あとは何てことはない。
ただ豪奢なバルコニーから侵入して、覗き見るだけだった。
勇者は勇ましく挑みかかってきたときの雰囲気など微塵もなく、偉そうにふんぞり返る髭の男にペコペコと頭を下げていた。
おそらく真に謝ってなどいない。
会話の内容は、よくある話だ。
悪い領主から搾取されているのはわかっていても手を出せない弱い兵士の悲しい性。
町や国に従属しなにかしらの戦果を提出しなければならない勇者がいることは知っていたので、あの勇者もその類いなのだろう。
そして、知っての通り炎の世界での戦果などないのだ。
金色の鎧を身につけた青い瞳の少年の表情から読み取れるのは「惰性」と「諦め」だった。
「……あぁ、見に来るべきではなかったな」
レーヴェは小さく呟いた。
フードのなかに隠れているH36番が首をかしげる。
「予定変更だ、すこし"お節介"をしていくぞ」
そう宣言して、レーヴェはバルコニーから羽根のように飛び降りた。
夜。
裏通りの小さな酒場。
カラン、とドアの開く小気味いい音と、店主のいらっしゃい、という声。
そしてカウンターに向かったまま視線を下げる金髪の少年の背中。
レーヴェはごく自然な流れでその隣の席の椅子を引いた。
「…俺…」
少年がぽつりと言葉を溢した。
「なんでって、聞いてくるやつがいたんだ」
少年らしい言い訳と、少年らしからぬ諦めが混じった言葉を壁に向かって投げている。
「でも俺、答えられなくてさ」
誰も拾わないボールを必死に投げ続けている。
「俺…なんで頑張ってんだろうなあ」
まるでいつかの自分自身のように。
「頑張りたい理由があるんじゃないか?」
レーヴェは気づきもしない少年に言葉をかけた。
「理由なんて…」
少年はしばらくなにかを考えるように黙ったあと、
ぼんやりしたまま、コップに口をつけて、一口含んだ。
「思い出せねえよ…」
レーヴェは知っている。
諦めの果てにあるのは忘却だ。
希望を掴めぬとわかってしまった瞬間に諦めに取り憑かれ、
いつか希望そのものをなかったものにしてしまう。
「なんで思い出せないことがある?自分の事だろうに」
この人間の少年は、
果てにたどり着くにはまだ早い。
だからレーヴェは、"お節介"をしたくなったのだ。
「なんでって、そんなもんわかってたら苦労は…」
繰り返す問答になにかを思い出したのか、
少年の青い瞳に光が戻り、こちらに目を向けた。




