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#エピローグ:いつか、あるとき


「……風強いですねぇー、でもこうして全身で受けていると、何か空飛んでるような気になりますよねぇ」


 めぐみはコートの裾をはためかせながら、両腕を真っすぐ横に伸ばしている。来るたびに何故か砂浜に興奮して、ふんふんそこらを嗅ぎまわりまくる桜太郎を引っ張って、江の島が霞んで見える場所まで歩く。


「さくらさんも、そんな事を言ってた。やっぱり似てるのかもな」


 ぽつりと呟いた俺の言葉を、強風の中でも聞き逃さなかっためぐみは、やけに悪戯っぽい目をしてくる。


「似てるに決まってるじゃないですか。でもそのうち本当に私のことをさくらさんと思うようになったりしたら……柏木さん、私が結婚するまで、しっかりしていてくださいね」


 人をボケ老人扱いしたことよりも、結婚? 聞いてないが。


新谷しんや先生が、明日帰ってくるんですけど、その時に大事な話があるとかで……」


 あの先生は悪くないんだが、シンヤの影響からか、どうも胡散臭さが拭えない。いや、相手はともかく、結婚なんて、まだ早いと俺は思うんだが。


「……柏木さんも、さくらさんも、25歳で結婚したんですよね? だったら、何もいう権利はないと思いますけど」


 めぐみと目が合うが、うーん、それを言われると。だがまあ、俺もそう思うほどには、その結婚を祝福していないわけではない。ただ一点、気になることを解決したいと、そう切に願っているだけだ。


「結婚の話はまあ、いいとしてだな。それよりも……その~、あれだな。『柏木さん』という呼び名がだ、何かおかしいな? しっくりこないな? 感を彷彿とさせているんだよなぁ……うーん、何だろう、何でだろう」


 俺は横目でめぐみの顔を盗み見るが、すっとぼけ顔で桜太郎の顔をぐしゃぐしゃ撫でているだけだ。おい。


「あ~、世間一般ではだな、何か『お父さん』っていうような呼び方があると聞いたことがあってな……」


 やっぱり俺も大概ボケてきているか。幸せボケだ。


「ええ~、でも20何年もほったらかしにしてた人を、いきなりそんな呼び方するなんて、何て言うかハードルが高いというか……」


 めぐみが困惑げにそう言ってくるが、その顔は吹き出す寸前の顔だ。やっぱり似ている。


 このやろうっ、と叫んで、笑いながら砂浜を逃げるめぐみを追いかける。俺の横を嬉しそうに桜太郎が追い抜いていく。


 いまこの瞬間が。


 俺にとってはかけがえの無いものだと思っているから。

 自分の人生も、そう悪いものじゃないとも、思い始めているから。


 だから全うさせてくれ。待っていてくれ、さくらさん。


 すべてをやり切ってから、走り抜いてから、

 いつか、俺が俺を好きであるとき、迎えにいくから。


 潮風に体を押され、前のめりになりながらも俺は足を繰り出す。

 前を向き、手を伸ばす。

 かけがえの無いものを、この手につかんで離さないために。


 完


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