~ しのぶれど 払いのけたき 五月蝿 手弱女心 嵐なりけり ~
コハナ・リブロックは居た。普段と違う、派手な出で立ちで。
ボストン南西のバックベイ。夜の繁華街にコギャル風ファッションに身を包み、肩まであった黒髪は、ウェーブがかった茶色のウィッグで覆い隠されていた。
「……」
彼女の真剣なまなざしは、筐体に向けられている。左手にはジョイスティック、右手の指は8個のボタンを押そうと中に浮いている。
バシバシッ
手が動いた。指の動きに合わせて画面のキャラクターが攻撃を繰り出す。動きを停めた直後、ゲーム終了の音がモニターに浮かんだ。
「すごい!」
側のナツミ・エンフィールドが驚嘆の声を上げた。彼女もコハナと同じく。コギャル風の身なりをしている。
「もう十連勝じゃないコハナ!マジ凄いんですけど~」
「そう?」
「謙遜しちゃって~。あ、泣いてるよ」
対戦相手だった男性プレイヤーが筐体から離れる。泣いてるようではなかったが、かなり落ち込んでいる様子だった。腑に落ちない表情のまま、財布を取り出す。
「おにーさん、もうやめときな。十連敗じゃないの。この子学校じゃ『金要らず』の異名だよ。そろそろ諦めたら?」
彼はそれを聞くと、肩を落とした姿勢で筐体から立ち去った。
「あーあ、これでもう一つ望まないトラウマを作ってしまいましたねー?」
「なんで私のほうを見るのよ?」
「いやさー、こんな女子高生が歴戦の格ゲープレイヤーだって知っていたら、きっとあの人も1000円も失わずにすんだのになーって、」
「別に歴戦じゃないよ、まだ一年」
「かぁ~、天の才を間違えた人間に与えちゃったのかな~」
「どういう意味よ?」
「だってさー、コハナって元からゲームやってたワケじゃないでしょ?せっかくの才能をこういう遊びなんかにじゃ……」
ふとナツミの後ろに、男3人が近寄ってくる。
「ねーねー君たち」
「はい?」
振向いたナツミは素っ頓狂な声を上げた。急にモヒカンのグラサン男が近づけばだれだってそうなるよ。
「ゲーム凄かったね」
「いや、まぁ……ありがとうございます……」
「君たちさー、家近いの?」
呼ばれてもいないレゲエ男が入り込んでくる。後を追うようにスキンヘッドも割り込む。そこでやっと気付いた。私たちがこの正体が無職っぽい3人に狙われていることを。
「ちょっとだけさー、付き合わね?」
「でも……」
ナツミの顔色を伺う。予想通りの困惑顔。
「いいです、間に合ってますから」
ナツミの手を引いて席を後にした。しかし遠まわしの不合格アピールをしたのにも関わらず、性懲りという言葉を知らない3人は付いてくる。
「俺さー、金持ってるから……」
定例文を吐いたモヒカングラサンはなれなれしく肩を掴んできた。
「お客様……」
店員が私たちを呼び止める。やっぱり周囲から見ても見るに耐えない光景なのだろう。
「女性の方々にご迷惑になるようなことは……」
「なぁんー……んで?」
いびつなイントネーションで店員にすごむスキンヘッド。店員は申し訳なさそうな顔を浮かべる。気に留めてくれたのはありがたかったけど、そんな顔をされたら彼自身の正義感が安っぽく見えてしまった。止めれる自身が無いのならやめてほしい。「な?な?いいだろ?」モヒカングラサンは相変わらずチンケな求愛行動をちらつかせる。うっとうしいことこの上ない。
「間に合ってます。行こう、ナツミ」
レゲエ男が出入り口をふさごうとする。
「そういわずにさー」
ついに頭にきた。私はレゲエ男の肩を掴み、反射的に腹部に膝を叩き込んだ。
「ぐぼ!?」
倒れ込むレゲエ。危機を知ったモヒカンが後ろから来た。
「手前ェ、なにゅ!?」
『に』までを言わせなかった。わたしは掴もうとしてきたモヒカン男の右腕を掴み、軽く投げ転がした。無様に転んだモヒカンが頭から離れる。脂の艶で輝く地毛がみっともなく乱れていた。
「ナツミ、行くよ」
すぐさま私たちは駆け出した。まてよコラ!と、怒声が後ろから響いた