感染
次の日、まだ周囲に暗さの残る早朝。
連続した爆発音が響き、地面を震わす振動がビークルに伝わった。
ビゲストアントが活動を始める前に起爆が行われたのだ。
うまくいけば、巣から外に出る前に一網打尽にできたかもしれない。
やがて、太陽が頭を出し周囲が明るくなり始めた頃。ブリッジからは空に立ち昇る黒い煙が見えていた。
「さて、いくか」
3人は巣穴に向かうためにその準備にかかった。
武器庫で装備を確認する。
すでに昨日のうちに3人分の装備がわけて置いてあった。
ハンドガン、ナイフ、そして予備の弾倉、リュックにはハンドグレネード。そしてアサルトライフル。
3人は装備を持つと、外へのハッチがある格納庫へと向かった。
「わたしトイレ行ってくる。ごめん持っていって」
マーヴェットはライフルとリュックをそれぞれラグとハダルに渡した。
「ハンドガンも置いてけ。トイレで暴発したら恥ずかしい姿を晒すことになるぞ」
「そーだね」
マーヴェットは腰のホルスターからハンドガンを抜くと、ふたつリュックを担ぐハダルに渡した。
そして廊下を走って行った。
マーヴェットの姿が見えなくなったところで、二人は顔を寄せた。
「今回も、いつものように・・・」
そして二人はいつものおまじないを唱えた。
二人が格納庫に着いたところでマーヴェットが戻って来た。
「ごめんね」
マーヴェットが預けていた装備を受け取る。その後、忘れ物がないか3人で確認し合った。
ラグが二人に視線を向けると、二人は大きく頷いた。
ラグも頷き、外へ続くハッチを開けた。
そして、3人はビークルの外へ出た。
アリの道を巣に向かって1列で進む。
先頭はハダル、そしてマーヴェットを挟み後ろにはラグがいる。
この惑星は公転の中心である恒星から6番目に離れていたが、恒星の放つ光はとても強く照りつけ、少し歩くだけで汗が滲んだ。
「うわ!」
突然ハダルが驚いたような声を出すと、すぐに何度か唾を吐き出した。
「何?」
「どうした?」
マーヴェットとラグが、何事かと声をかける。
「鳥の爆撃を受けたようだ」
ハダルが袖で顔を拭きながら振り返った。頬から顎にかけて鳥のフンの跡が残っていた。どうやら口にも入ったようだ。
「こんな広いところで当たるなんて、すごい確率なんじゃない」
マーヴェットが笑いながら言った。
「うんこに当たるいうのはな、昔は運がつくとって喜ばれたものだ」
そう言いながらラグもマーヴェットの後ろで笑っている。
「ちぇっ! こんな運なんていらないよ」
ハダルはもう一度袖で顔を吹くと、体にもフンが付いていないか確認しながら歩き出した。
少しすると、何かが焦げたような臭いが漂って来た。
さらに進む。
すると、草木が焦げ、1メートル以上の岩がいくつも転がっている場所に出た。
破壊されたビゲストアントの巣穴だ。
中央はやや陥没し、その中の岩の間からはまだ煙が出ていた。
「完全に穴が潰れたかな」
ハダルが陥没した場所に近寄ろうと足を出した。
「あ・・・」
つまずいたように姿勢を崩した。
「何やってんだよ」
すかさずラグがハダルのジャケットを引っ張り、倒れるのを防いでいた。
「すまん。石に足を取られた」
「待って、岩が動いてる」
マーヴェットが陥没した中にある岩の一つを指差した。
岩の動きは周囲にも伝わり、ごとごとと音を立て始めた。
「アリが出てくるぞ。離れよう」
3人は岩の動きを見ながら後ろに下がった。
すると陥没していた穴が盛り上がるように膨らむと岩が転げだし、その下からビゲストアントが姿を現した。
その後も岩を吹き飛ばすように次々とアリが這い出して来た。
地表に出たビゲストアントはすぐに3人を視界に捉えた。そして、すかさず迫った。
「わたしたちを狙ってる。これは統制が取れてるってこと?」
マーヴェットがライフルを構えた。
「そうだ。女王さまは死んでいない。失敗だ」
ハダルは飛びかかろうとするビゲストアントにトリガーを引いた。
同時にマーヴェットもラグもトリガーを引く。
穴から出て来た5匹のビゲストアントは、3人の銃撃で一瞬にして仕留められた。
巣穴からはまだ音がしている。
「まだ出てくるぞ。一旦戻ろう」
ラグは先にマーヴェットを行かすと、ハダルとともに後ろを警戒しながら後に続いた。
照りつける強い日差しの中をビークルに向かって走る。
ラグは後ろで聞こえるハダルの息づかいがいつもよりも大きいように感じた。
ビークルまで残り半分ほどまで来ていた。
突然、大きな音がした。
ラグが振り返ると、巣穴の位置から砂煙が舞い上がっていた。
さらにビゲストアントが出て来たのだろうと思った。それもかなりの数が。
その時、急に座り込むハダルの姿が見えた。
「どうした、ハダル」
ラグはすぐに引き返した。
「どうしたの!」
マーヴェットの声がした。マーヴェットも引き返していた。
「大丈夫だ。先に行ってエンジンかけてろ」
ラグは手で大きく『行け』と合図した。
「わかった」
マーヴェットは素直にビークルへ走った。
座り込んだハダルは自分の体を見回していた。
「どうした」
ラグに気付いたハダルは、突然ライフルを持つと銃口をラグに向けた。
「来るな!」
「何を言っている」
それでも近づこうとするラグに、ハダルはトリガーを引いた。
驚くラグの足下で銃弾が跳ねる。
「な、何をする」
「だから、来るなと言っている!」
ハダルは今までに見たことのない形相でラグを睨み付けていた。
ラグは両手を大きく上げ近づかないことを示すと、その場に留まった。
それを確認したハダルは、ライフルを置くとジャケットを脱ぎ捨てた。
「これを見ろ」
そして、下に着ていたシャツの裾をまくり上げ、上半身をラグに向けた。
「!」
ラグの目に映ったものは、毒々しい紫色をしたハダルの皮膚だった。
その皮膚はただれ、一部裂けた箇所からはどす黒い血液が染み出していた。
「ど、どうしたんだ・・・」
「いいか、よく聞いてくれ」
ハダルは苦しそうに肩で息をしながら話を続けた。
「何かに感染したようだ。ウイルスか、細菌か。どちらかわからないが、急な症状の進行具合から毒を産生しているのだろう」
「わかった。すぐに病院に連れて行く」
ラグは再びハダルに近づこうとした。
「だから、話を聞けと言っている!」
ハダルはラグを睨み付けるとライフルに手を掛けた。さらに呼吸が苦しくなる。
「俺は、もう無理だ。自分でわかる。内臓が溶け始めているんだ」
ハダルは自分の下半身を見た。
コンバットパンツの尻の部分が赤黒く染まっていた。
「これだけ体液が出て来てる。俺に触れたらたちまち感染するだろう。だから、もういい・・・」
ハダルは大きく息を吸って、苦しくなった呼吸を整えようとした。
「アリが迫って来ている。約束だったよな・・・」
そう言った直後、ハダルは驚くほどの量の吐血をした。
ハダルの後方で砂煙が見えた。その大きさからアリが集団になって向かって来ていることがわかった。
「何してるの!」
遠くでマーヴェットの声がした。二人が来ないことを心配して見に来たのだろう。
「ラグ、逆の立場だった時のことを考えろ・・・」
ラグの頭に、ハダルと交わしたおまじないが浮かんだ。
マーヴェットの足音が聞こえて来た。
「わかった。ちゃんと連れて帰る」
ラグは唇を噛みながらハダルに向けて拳をあげた。
ハダルも紫に変色した拳をあげた。
「そうだ、リュック置いてけ」
それがどういう意味なのかラグにはわかっていたが、言われるままに背負っていたリュックをハダルに投げた。
そして、マーヴェットに向かって走り出した。
驚くマーヴェットの手を掴み、ビークルに向かって走る。
「何? ハダルは? どうしてハダルを置いて行くの? ハダル、あそこにいるじゃない」
マーヴェットはラグの手を振り払おうと抵抗した。しかし、ラグは絶対に離すまいと、離してはいけないと力を込めた。
「痛い、離して!」
マーヴェットは掴まれている反対の手でラグを殴った。
「離せって言ってる!」
何度も何度も殴った。それでもラグはマーヴェットの手を引き続けた。
突然、大きな爆発音がした。
ラグは振り返らない。
「何あれ?どういうこと?」
マーヴェットはその爆発を見た。ハダルのいた位置だった。
それがどういうことなのか瞬時に理解したマーヴェットは、叫ぶような大声を出しその場にへたり込んだ。
ラグは小さく痙攣するように震えるマーヴェットを、脇に抱えるようにして引き摺った。
「どうして。離して、離して・・・。離して!」
再びマーヴェットが暴れだす。
ラグはそれでもマーヴェットを引き摺った。
やっとのことでビークルに着く頃には、マーヴェットは抵抗することもなく力が抜けたようにただ引き摺られていた。
ハッチを開き、格納庫へ入る。
ラグはすぐにハッチを閉めロックをかけた。
ビークルに戻ってもまだやらなくてはならないことがある。
ラグは壁の『Disinfect』と書かれたドアを蹴飛ばすように開いた。
中にあるホースを引っ張り出すとパネルを叩いた。
すぐにホースの先からシャワー状に透明な液体が吹き出した。それをマーヴェットに向ける。
「何、冷たい」
放心状態だったマーヴェットが、その冷たさに驚き我に返ったように再び騒ぎ出した。
「目と口を閉じてろ。消毒液だ」
ラグはマーヴェットの全身に消毒液をかけ続けた。
マーヴェットの体を伝った消息液が格納庫の床に見る見る広がっていった。
「服を脱げ、全部だ。そしてそのままシャワー室に行け。何度もシャワーで体を流せ、そして洗え」
ラグはマーヴェットに背を向けると、今度は自分にホースの先を向けた。
頭から消毒液をかぶる。
すると服を脱いでいるはずのマーヴェットが視界の隅に映った。
全身ずぶ濡れのマーヴェットがライフルを手にして外に出るハッチに向かっていた。
「何をしている。早く服を脱いでシャワーを浴びろ!」
ラグはホースを放り投げマーヴェットの肩を掴んだ。
「ハダルを迎えに行くの・・・」
マーヴェットの視線はどこを見つめることなく泳いでいた。
「ハダルは・・・」
ラグはマーヴェットの肩を抑えながら、込み上げる言葉がそれ以上口から出ないように必死に耐えた。
マーヴェットがラグの手を振り払った。
抑えていた言葉の意味がラグの頭に広がる。ラグも自制が効かなくなった。
「ハダルは死んだ! 何かに感染したんだ。もう手遅れだった」
マーヴェットがラグを睨み付ける。
「違う。生きてた。わたしの前では生きてた!」
「けど、感染してたんだ。お前まで汚染させるわけにはいかない!」
「汚染・・・。汚染って。まるで汚いみたいに。ハダルが汚いから見捨てたの。信じられない!!」
マーヴェットはライフルでラグの胸を叩きつけた。そしてラグを突き飛ばすとライフルを向けた。
「助けに行く。ハダルを迎えに行く。だから放っておいて」
トリガーには指がかかっていた。
「お前は、お前にはハダルの気持ちがわかるのか・・・」
ラグは自分に向けられているライフルを無視してマーヴェットに近寄った。
「ハダルの気持ちを思え!」
ラグの右手がマーヴェットの頬を叩いた。平手だったが、マーヴェットの体は一瞬宙に浮いた。その衝撃でトリガーが引かれ、放たれた弾はラグの左肩をかすめると格納庫の壁にめり込んだ。
かろうじて倒れるのを耐えたマーヴェットの頬に静かに涙が流れた。
マーヴェットもわかっていたのだ。最後に見たハダルの異常な姿の意味を。
それでも、見捨てることは出来なかったのだ。
マーヴェットは涙を落としながらゆっくりと服を脱ぎ始めた。
ラグはそれを見ないように背を向けた。
少しして裸になったマーヴェットは、よろめきながらシャワー室へと向かった。
ラグもすぐに服を脱ぎ捨て、裸になった。そしてもう一度全身に消毒液をかぶると、二人が脱いだ服をダストシューターに投げ込んだ。パネルを操作し直ちに焼却した。
最後にハッチのノブからライフルまで、この中で触ったもの全てに消毒液を吹きかけた。
こうして汚染された場合の除菌手順を全て終えると、ラグは力が抜けたようにその場にへたり込んだ。
ハダルの急激に進行した症状から考えると、もしも俺がハダルから感染していたらもう間も無く症状が現れるだろう。
そうなればここから出て行くしかない。
マーヴェットはどうだろうか。
症状が現れた状態のハダルとマーヴェットには十分な距離があったはずだ。ハダルから感染してはいないだろう。
俺とマーヴェットはどうだ。
今のところ俺にはまだ症状が出ていない。
そうなれば万が一俺が感染していたとしても、マーヴェットに感染させてはいないはずだ。
だか、いずれにせよ、マーヴェットとは接触しないほうがいい。
マーヴェットがシャワーを終えたのを確認すると、ラグもシャワーを浴び何度も全身を洗った。そしてそのあとは部屋に篭った。
幸いなことに数時間経ってもラグに症状が出ることはなかった。
ハダルのように急激ではなく、遅れて症状が出ることもある。まだ、安心はできなかった。
確認のため、マーヴェットをインターホンで呼び出した。「大丈夫」とだけ返事があった。
その後、ビークルをブースターを使って宇宙に上げ、派遣会社に連絡をとり事情を説明した。
会社からは、1週間その座標で隔離。何もなければ連絡後帰還せよ。もしも連絡がなければ機体ごと廃棄する・・・と、マニュアル通りの返答がきた。
二人はこれから1週間、突然の発症の可能性に怯えながら小さな部屋の中だけで過ごさなくてはならなかった。




