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駆除屋  作者: aizawa kei
1/23

親子


 天の川銀河の中心から約2万6千光年離れた太陽系。そこからさらに外周に2千光年離れたモナ恒星系。

 そのモナを中心に、約二年かけて公転する第4惑星、ミレイ。

 そこは海以外ほとんどが乾燥地帯で、人工的に緑化したわずかな場所にこの星を管理する小さな都市が築かれていた。

 その周囲の緑がまばらになった地域の一角にある山々に囲まれた小さな盆地、でもってその隅にあるこれまた小さな洞窟。

 その洞窟の中で、銃声が響く・・・。

 「どれだけ硬いんだ。ライフルじゃダメだ」

 アサルトライフルを撃ち続ける男が照明弾で照らされた洞窟内を逃げている。

 Tシャツにミリタリーパンツとブーツの男は30歳程で細身だが筋肉質のガッチリとした体格、短髪の顔には無精髭が目立った。

 それを追うのは全長10メートルほどにも及ぶムカデのような生物だった。多数の足を高速で動かし男に迫る。

 「あたしに任せて!」

 男の逃げる方向にいた少女がRPG(携帯型ロケット弾)を構えた。

 発射。

 一瞬、少女の体が宙に浮く。

 閃光を伸ばしたロケットは、生物から大きく外れ洞窟の天井に向かった。

 いくら無反動のロケット弾と言えど、小柄な少女の体で扱うには無理があり射線がずれるのも当然だった。

 大きな衝撃音とともに洞窟が崩れる。

 男は尻餅をついた少女を抱き抱えると、洞窟出口に向けて転がった。

 崩落とともに湧き上がった土煙が二人を覆う。

 やがて土煙が消えると、少女に覆いかぶさっていた男が顔をあげた。

 「大丈夫か?」

 「うん」

 少女が土に汚れた笑顔を向けた。

 ショートカットの幼い顔。まだ10歳ほどだ。

 男はゆっくりと立ち上がると、飛び出してきた洞窟に再び入っていった。

 しばらく進むと、そこには崩落した大きな岩の下敷きになって息絶えた巨大なムカデの姿があった。

 「やったね。あたしのお手柄」

 遅れてついてきた少女が自慢げに言った。

 男は腰に付けたナイフを手にすると、自分の前腕ほどある巨大ムカデの牙の根元に突き刺し、その牙を取った。

 「退治した証拠だ」

 男が少女に渡すと、少女はウエストポーチに大切そうに仕舞った。牙が大きすぎて半分以上がポーチからはみ出している。

 「?」

 少女が異変に気付いた。

 「なんだか、変な音がする」

 音の出どころは岩で潰れた巨大ムカデからだった。

 すると急に小さなムカデが、と言っても子犬くらいの大きさはあるのだが、湧き出るように二人に襲い掛かった。

 「子供がいたんだ。逃げろ!」

 男は少女を抱きかかえると、洞窟出口に向かって走った。

 「いっこ残ってたはず」

 少女は抱えられたまま背負っているリュックから火炎弾を取り出すと、子ムカデの集団に投げつけた。

 爆発とともに閃光が洞窟内を照らし、一気に炎が広がる。

 再び洞窟の外へと転がる二人。すんでのところで炎から逃れることが出来た。

 立ち上がり洞窟を振り返る。追ってくる子ムカデはいなかった。

 「これで終わっただろう」

 男が洞窟内に広がる炎を見ながら言った。

 「でっかいやつより、ちっこいのがうじゃうじゃいる方が気持ち悪いね」

 少女はウエストポーチからはみ出た牙を大事そうに抱えながら言った。

 「さて、報告に行くか」

 二人はまだ炎が残る崩れた洞窟を後にし、少し離れたところに見える古びた小さな家へと向かった。


 玄関に着きチャイムを押すとすぐにドアが開いた。

 中からは小柄な老婆が出てきた。

 「すごい音がしたけど、大丈夫だった?」

 老婆はそう言いながら二人をくまなく見て、怪我がないか確かめた。

 「ちゃんとやっつけましたよ。これで安心して暮らせます」

 「よかったね。おばちゃん」

 少女はポーチから剥ぎ取った巨大ムカデの牙を差し出した。

 老婆は一応それを受け取ったが、すぐにゴミ箱に捨てると心から安心した表情を見せた。

 「さぁ、入って。お茶入れるから」

 二人は玄関の外で全身の土埃を払うと、老婆について家の奥へと入って行った。

 キッチンの横にあるテーブルの席に座ると、もうすでに用意がしてあったように待つことなく紅茶が出された。

 「ごめんなさいね。年寄りの一人暮らしだから何もなくて。お嬢ちゃんにはクッキーでいいかしら」

 「どうかお構いなく」

 「クッキー好き」

 少女は老婆から出されたクッキーをすぐに手に取ると嬉しそうに食べ始めた。

 男も一息つくように紅茶を飲んだ。

 「この土地は、まだ若かった頃、亡くなった主人と一緒に開拓した場所なの。このままここに骨を埋めるつもりだったけど、あんな奴が現れて、一時はこの大切な思い出の場所を離れなくてはいけないかと思っていたのよ」

 椅子に座った老婆は、自分に入れた紅茶のカップを両手で包むように持ち、ゆっくりとした調子で話した。

 「そんな時に、知り合いからあなたたちのことを聞いてね。駄目もとで連絡してみたの。でもよかったわ。ちゃんと仕事をしてくれるいい人で。近所の人の話だと、とんでもない高額なお金だけ取って、何もせずにいなくなったりするのもいるみたいだから」

 テーブルの隅には老人の写真が立てかけてあった。おそらく亡くなった主人なのだろう。白髪頭で無精髭を生やした顔は日に焼け深いシワが刻み込まれていた。

 いくら若い頃だとはいえ、土地を切り開き生活を始めるのはかなりの苦労があったことだろう。

 男はこうして仕事が終わった後に、依頼主からこんな話を聞くことが嫌いではなかった。

 少女にしても、お菓子を出されることはこの上もない楽しみだった。

 「でも、しっかりと仕事をしてくれるのはいいんだけど、こんなちっちゃなお嬢さんを連れて危険ではないの?」

 ありふれた質問に少女はすかさず答える。

 「お父さんは仕事があるといつもあたしを施設に預けようとするんですけど、あたしはお父さんと一緒がいいんです」

 「そ、そうよね。親子なんだから一緒にいたいわよね」

 いつもの展開に少女は微笑んだ。

 「わたしは自分の娘を守るためにも、しっかりと仕事をするようにしています」

 老婆の目が潤んだ。

 「ちょっと待って」

 老婆はそう言って立ち上がると奥の部屋へと向かい、しばらくすると紙袋を持って戻ってきた。

 「今入金したから、確認して。お嬢ちゃんにはお土産のクッキーね」

 男は胸ポケットから端末を取り出すと画面を操作した。少女はもらったクッキーの入った袋を覗き込む。

 「おばちゃん、ありがとう」

 少女は精一杯の笑顔で返した。

 その横で端末を見る男が驚いた顔をした。

 「え?こんなにいいのですか?」

 それは男があらかじめ渡していた見積もりの金額の倍はあった。

 「いいのよ。受け取って。任務完了証も添付してありますからね」

 「それでは遠慮なく」

 「うちはアフターサービスも充実してるので、何かあったらまた連絡してね」

 少女は再び笑顔を老婆に向けた。



 老婆の家を後にした男と少女は、二人乗りの小型地表用ビークルをこの星の都市部へと走らせた。

 「おばちゃん、たくさんくれたね。やっぱり親子だといいでしょ」

 助手席に座る少女は、運転席の男を覗き込むように言った。

 「親子のフリ、な。俺はお前の父親じゃない。何度も言わせるな」

 ハンドルを握る男は正面を向いたまま言った。

 「ま、そのうちはっきりするからいいけどさ」

 少女は老婆からもらったクッキーの袋を開けると、一つとって口に運んだ。

 少しして都市部へと入るゲートが迫る。

 ライフルを持った警備兵が二人立っていた。検問だ。

 男はゲート前に静かにビークルを止めると、窓を下げた。

 「検問だ。ビークルの中を見させてもらう。トランクを開けろ」

 男は素直にトランクを開いた。

 一人の警備兵がトランクを覗く。

 そこにはライフルやロケット弾などいくつもの火器が放り込まれていた。

 「危険物発見!」

 警備兵の緊張した言葉に反応し、もう一人の警備兵がライフルを構え銃口を男に向けた。

 男はすぐに両手を上げ何も抵抗しないことを示した。

 その横で驚いて大声で泣き出す少女。

 「娘が怖がっています。先に身分証を確認してください」

 男は両手を上げたまま、右手の甲をゆっくりと警備兵に向けた。警備兵はライフルを向けたまま端末を取り出すと、男の手の甲をスキャンした。

 「・・・駆除屋か。つい先ほどの証明書付きの入金もあるな。仕事の帰りか」

 警備兵が男の身分証などが表示された端末を見ながら言った。

 「中央システムに照会するのでちょっと待て」

 そこで少女はさらに大きく声を張り上げるように泣き出した。

 あまりの泣き声に警備兵はうろたえた。

 「すみません。母親がおらず二人きりなので、しつけが行き届いていなくて」

 警備兵は端末の操作をやめた。

 「お嬢ちゃん。怖い思いをさせて悪かった」

 警備兵はすまなそうな顔で端末をポケットにしまうと、男に向けたライフルを下げた。

 「このおじさんたちはこの星を守るために仕事をしているんだ。悪い人ではないんだよ」

 男は涙と鼻水で汚れた顔の少女に優しくいうと、頭を撫でた。

 「もう、行っていいぞ。気をつけてな」

 警備兵はこの悪くなった場を少しでも早く逃れるために急いでゲートを開けた。

 男はゆっくりとアクセルを踏むとビークルを走らせた。

 「おじちゃん、さよなら~」

 少女は涙を拭いながら窓から顔を出すと、小さくなってゆく警備兵に手を振った。警備兵も手を振り返していた。


 「やっぱり親子っていいでしょ」

 シートに座り直した少女はすぐさまクッキーの袋を取り出すと、小さな手を突っ込み一気に口へ運んだ。もう、先ほどの涙も鼻水も無くなっていた。

 「だから、親子のフリ、な」

 男とのこのいつものやりとりが少女は好きだった。

 少女は袋からクッキーを一つ掴むと、ハンドルを握る男の口に押し込んだ。

 「うまいな、これ」

 男はそう言いながらボリボリとクッキーを食べ、ビークルをスペースターミナルへと走らせた。

 スペースターミナルに近づくにつれ貧弱なマスドライバーが姿を現し始めた。

 マスドライバーとは空に向かって伸びる大きなレールのようなもので、惑星間航行用ビークルを宇宙に打ち上げるものだった。

 星の国家開発の大きな星ではいくつもの巨大なマスドライバーが並んでおり、定期航路用の公共大型惑星間ビークルのスペースポートとして周囲の施設も充実していたが、この辺鄙な民間開発の小さな星では個人用ビークル用のそれがひとつあるだけだった。もっとも一つでもあればいい方で、もしもなければ、宇宙に上がるためには巨大なブースターを用意しなくてはいけなかった。

 男と少女の乗った小型地表用ビークルはターミナルの進入ゲートを抜け、その中にある個人用ビークル停留場へと向かった。

 個人用星間ビークルは、マスドライバーでの射出の関係で規格が決まっており、長さ、幅はそれぞれ120メートル、高さは70メートルに収める必要があった。しかし、宇宙空間では空気抵抗を考慮する必要がないのと、大気圏内ではエンジンの特性上翼による揚力も必要がないので、その形状はかなり自由だった。またボディのカラーリングはそれぞれのオーナーが好みで仕上げており、中にはひと目で誰のものか分かるほど派手なものもあった。

 停留場に並ぶ数機の個人用星間ビークルのうちの一つの後部ゲートが開いた。

 男の所有するビークルだ。

 大昔のアニメで見た宇宙戦艦を思わせるような形のそのビークルは、男自身が設計に関わった完全なオリジナルだったが、この世界に二つ存在する。

 そのカラーリングはグレーに黄色のストライプ、そして機体の左右側面中央に、大きく何やら絵が描いてあった。

 何やら、というのは、よくわからない絵だからだ。

 描いた本人曰く、夢で見た動物・・・、だそうだが、それを的確に表現しているかどうかは誰にもわからなかった。まぁ、本人は、夢で見た動物そのものと言っているのだが・・・。

 その絵の下に、Lovely Femoris(ラヴリーフェマリス)とこのビークルの名前が書いてあった。Lovelyは後で足したようなこれまた汚い字だった。

 後部ゲートから中に入ると、そこは広い格納庫になっていた。その隅に地表用ビークルを停める。

 「先に発進の準備をしている。ちゃんとビークルの固定を確認しろよ。ちゃんとだぞ」

 男は少女に言うと、ブリッジに続く格納庫奥の扉へと向かった。

 男がビークルの固定の確認を繰り返したのは、それなりの理由があった。

 少し前、別の星を慌てて飛び立つとき、地表用ビークルの固定を少女が忘れていたために、マスドライバーの加速でビークルが格納庫内で暴れた結果、廃棄処分となっていたからだった。

 ビークルが爆発しなかったからよかったものの、万が一爆発していたら星間ビークルごと吹き飛んでいたかもしれなかった。

 少女はビークルの4隅にフックをかけると、念入りに固定を確認した。

 「これで大丈夫」

 少女はビークルのシートに置いてあったクッキーの袋を持つと中から一つ取り出し口に運んだ。すると、格納庫に振動が伝わった。男がエンジンを始動したのだ。少女は慌ててブリッジへの扉に向かって走り出した。


 星間ビークルのブリッジは、機体中央の上部に飛び出た部分にある。

 少女がブリッジにつくと、男は機内システムの最終確認をしていた。

 「発進やってみるか?」

 男の言葉に少女は歓喜の表情になった。

 「やる!」

 少女は男の横の自分のシートに飛び込むように座った。そして袋からクッキーを取り出すと、気合を入れるように口に入れた。

 「こちら機体識別番号0002086、機体名ラヴリーフェマリス。発進許可を」

 『こちらコントロールタワー、識別番号、機体名確認・・・。入金も確認。発信を許可する。いい旅を』

 「こちらラヴリーフェマリス、ありがとう」

 通信を終えた男は、いくつかのパネルを操作した。

 「よし、操縦を渡した」

 シートベルトを締め準備万端の少女に言った。

 「もらった。移行確認」

 嬉々として操縦桿を握る少女は、目の前に広がる幾つもの表示を確認してゆく。

 「全て異常なし。マスドライバーへ移動開始」

 振動が伝わり、ビークルを載せた軌道はゆっくりと移動を始めた。

 空に向かって伸びるマスドライバーのレールが目の前に迫る。

 「カタパルト接続」

 ビークルの載った軌道が超電磁式カタパルトに接続された。

 「グリーンシグナル確認」

 「よし、いいぞ」

 そこで少女は大きく息を吸うと・・・。

 「ラヴリーフェマリス、発進!」

 大きな振動とともにカタパルトが動き出し、すぐに強烈な力で体がシートに押し付けられる。

 アブソーバーが働いているものの、その加速に少女は顔を歪めた。

 「大丈夫か。やれるか?」

 「やれる」

 シートに体が張り付き自由が効かない中で、少女の手は操縦桿を握り、目はしっかりとパネルの表示を見ていた。

 ビークルはマスドライバーのレールをスピードを上げながら青く広がる空に向かって登ってゆく。

 「エンジン最大出力。フルブースト」

 必死に小さな手を伸ばしパネルを操作する。

 ビークルのエンジン排気口から閃光が伸びる。

 少女は操縦桿を引く。

 速度をあげたビークルはマスドライバーのレールを離れた。

 やがて成層圏を抜け、星海に出る。

 「重力圏離脱。船内気密異常なし」

 少女はシートベルトを外すと男の表情を伺うように顔を向けた。

 「よし、完璧だ」

 男の言葉に少女は、やったぁ!と歓声をあげた。

 「次の依頼はどこだ?」

 少女はウエストポーチから端末を取り出すと画面を見た。

 「えっと・・・。ニコル恒星系第3惑星トーマ。距離はここから5万5千光年。太陽を跨いだ向こう側。約束の日は1週間後だから、かなりゆっくり行けるよ。依頼内容は、バンデリカの討伐」

 そう言いながら少女は続けて端末を操作した。

 「途中の星の駅に寄っていいかな。火器装備と食料の補充しなきゃ」

 「じゃぁ、ついでにそこで何かおいしいものを食べるか」

 「やったぁ!」

 笑顔の少女は、端末をポーチにしまうと目の前のパネルを操作し、星の駅の座標を入力した。

 「入力完了。操縦渡すね」

 「もらった。バブルドライブ作動」

 ビークルの後部エンジンが光を放つ。その直後、ビークルはその空間から姿を消した。

 バブルドライブによるワープ航法で、二人を乗せたビークルはほんの数分後には数万光年の距離を移動していることだろう。


 大昔、宇宙は無限の広さと表現されたこともあった。しかし、西暦2926年の今では、もうそんなことを思う人間は誰もいない・・・。

 勇気さえあれば、天の川銀河さえも飛び出すことができるのだ。そう、勇気さえあれば・・・。



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