32 推しの幸せが私の幸せです
子爵令嬢/生徒C ニーナ・ヴァロワ
皇太子 /攻略対象 アルフレッド・クロムウェル
公爵 /攻略対象 ジークハルト・ベルシュタイン
伯爵 /攻略対象 リュカ・モンパルナス
伯爵 /攻略対象 オスカー・ウィリアムズ
伯爵令嬢/悪役令嬢 クロエ・ラングレー
皇太子妃候補 アリアナ・エグランティーヌ
「はあ?あんた、誰に向かって口きいてるか、わかってるの?」
冷たい視線が突き刺さる。
「隣国の、第三王女様ですよね。言っておきますが私、ただの子爵令嬢なので。権力とかよくわかんないんです。ごめんなさい」
売られた喧嘩は、全力で買う主義だ。
本当は『わがままし放題の二重人格王女様』って言ってやりたかったけど、ちょっと我慢した。
「私は子爵令嬢ですが、こちらは公爵令息、わが国では王族の次に高い地位の方ですよ?その方に向かって、トロイなんて、ヒドイじゃありませんかっ!」
声が震えそうになるのを必死で押さえる。
『私の推しへの罵倒、謝れ、クソ王女』とは言えないので、頑張って言葉を修正した。
「は?こんなちっぽけな国の公爵令息なんて、わが国の男爵以下、平民以下よっ!」
アリアナが、またまたヒドイことを言っている。
「そんなちっぽけな国の、皇太子妃候補なんですよね?」
「そうよ!第三王女だからって、こんなちっぽけな国に、嫁入りさせられるの。私の身にもなりなさいよっ!」
そう言ってまた、肩を押される。
どうやらアリアナは、望んでこの国に来たわけではないようだ。
それには少し同情した。
「歓迎されるかと思ったら、婚約者には邪見にされるし、他の男どもも、全然私の言うこと聞いてくれないし。ほんっと、こんな国、最低っ!」
そう言って喚いている。
「婚約者って…?」
思わず聞き返す。
「アルフレッド殿下に決まってるでしょ?婚約者候補なんてウソ。初めから、私一択。出来レースなの」
そう言ってアリアナは笑った。
「でも、こいつも気に入ったから、私の愛人にしてあげる。なんとかっていう家の伯爵令嬢と結婚させて、私に仕えてもらえばいいんだから」
アリアナがそう言って、ジークハルトの頭を撫でている。
クロエが言っていたのは、本当だったということか。
「気に入ったって…好きになったってことですか?」
アルフレッドに愛されないから、他のところで愛を見つけたい。
そういうことなんだろうかと尋ねてみた。
「は?奴隷のこと、好きになる主人なんているの?」
アリアナにそう言われて、手が出そうになった。
自分の右手を左手で掴む。
指先が震えて止まらない。
相手は王族。
さすがに、暴力はいけない。
悔しくて悔しくて、涙が溢れる。
私の推しを、大切な人を、奴隷呼ばわりするなんて。
「…て、撤回してください」
怒りで声が震える。
喉の奥が焼けるように痛い。
「撤回?何を?」
アリアナが鼻で笑っている。
「我が国を馬鹿にしたことも、ジークハルト様を馬鹿にしてことも、全部ですっ」
そう言って叫んだら、アリアナに頬を叩かれた。
乾いた衝撃が走り、頬がじんと熱を持つ。
「するわけないでしょ。あなた、不敬罪で訴えるわよ?」
そう言われて唇を噛んだ。
しばらく睨みつけられていたけど、アリアナがふっと笑う。
その笑みは冷たく、勝ち誇ったようだった。
「まあ、所詮、子爵令嬢ごときよね…勝手に吠えてればいいわ。彼は、私がもらってあげるから」
そう言って、ジークハルトの腕を掴んだ。
ジークハルトは私を見て、困っている顔をして「ごめん」と小さな声で私に言った。
腐っても、皇太子妃候補で隣国の王女。
そりゃあ、何も言えないよね。
そして私も、引きづられるように連れていかれるジークハルトを見送ることしかできなかった。
あんなことがあった次の日だというのに、アリアナは聖女のように微笑んでいた。
「そんな…私なんか、たいしたことありません」
そう言って謙遜している。
朝の光を背にしたその姿は、まるで後光をまとっているかのようで、眩しそうに細められた瞳さえ神々しく見えた。
実は、多重人格者か、そっくりの双子でもいて入れ替わってるんじゃないか。
そう思わせる変わりっぷりだ。
アリアナが言ったとおり、子爵令嬢ごときが何を言っても何かが変わることはない。
ただ1つだけ、公表された変化があった。
王家が、アルフレッドの婚約者として、正式にアリアナを指名したのだ。
隣国はそれを受け入れた。
外交文書が交わされ、面会が行われたと新聞でも取り上げられたようだ。
こうして、アリアナは通例よりもかなり早く、アルフレッドの正式な婚約者となった。
まだ学園生活の途中だというのに、物語の進行だけが一足先に結末へ近づいていくようだった。
皇太子妃の地位を狙っていたクロエはお怒りである。
ドレスの裾を乱暴に揺らし、苛立ちを隠そうともしない。
そのうえ、ジークハルトの婚約者候補に、クロエの名前があがった。
「っ!あの女より下なのが気に入らないっ゛!」
クロエがそう言って、さらに怒っている。
生徒たちはクロエとそっと距離を取っている。
あの女というのは言うまでもなく、アリアナのことだろう。
私が知っているストーリーと詳細は少し違うけど、大きな流れは同じように進んでいた。
アリアナはアルフレッドルートに入ったんだ。
このあと、私が知っているゲームのストーリーならば、ジークハルトは闇落ちする。
そうして、クロエとともに王家滅亡を画策する。
優しいジークハルトがそんなことするとは思えないけど、クロエはやりそう。
クロエがジークハルトを巻き込んでしまったら、ジークハルトは処刑されてしまう。
それだけは阻止しないと。
なんとか、ジークハルトが闇落ちしないようにするしかない。
ただ、困ったことに、どうして闇落ちするのか思い出せない。
重要な鍵だけが、霧の向こうに隠れているみたいだった。
ストーリーがゲームのままなら、ジークハルトはアリアナに恋心をいだいていて。
アリアナをアルフレッドに取られちゃったから、闇落ち、ということなんだろうけど。
現在、ジークハルトがアリアナに恋をする要素が全くない。
奴隷扱いされて、顔色が悪くなるまでこき使われているわけで…
アリアナへの怒りで闇落ちするんだろうか。
もしそうなら、それはそれで救いがない。
でも、怒りが原因なのだとしたら、ジークハルトが闇落ちしないためには、アリアナへの怒りを和らげるのが急務だ。
どうしたらいいか考える。
それほど頭の回転が速い方ではないけど、オタクの全知識を注ぎこんで考えた。
考えたけど…1つしか思いつかない。
本当はとても嫌だけど、これもジークハルトの幸せのためと、怒りを飲み込むことにした。




