女性が働けるようになるのは良いが共働きでも家計が精一杯な状態はだめだ
俺と話をしていた斎藤さんが、ふと首を傾げた。
「それにしても前田君。あなたって、そんなに勉強ができたかしら?」
「……え?」
思わず言葉に詰まる。
確かに、今の俺は昔とは比べものにならないくらい勉強ができる。
授業を聞けば内容が頭に入る。
一度読んだ本の内容も、以前とは比べものにならないほど鮮明に覚えている。
けれど、その理由を正直に話すわけにはいかない。
「あ、うん。ちょっとしたことがあって、本気でいろいろ勉強することにしたんだ」
「ちょっとしたこと?」
「まあ……人生について、いろいろ考えさせられるようなことがあってね」
嘘ではない。
ただ、その「ちょっとしたこと」が――
六十歳まで生きて。
惨めな人生を送って。
最後には惨めな死に方をした。
そのうえで、なぜか子供の頃まで人生をやり直している。
そんな話をできるはずもない。
「そう。勉強に本気になったってことなのね」
「まあ、自分で言うのもなんだけど、人間って、ちょっとしたことで結構変わるものだと思うよ」
「それもそうね」
斎藤さんが笑う。
「小説を読み始めたのだって、私が勧めたからでしょう?」
「ああ。そういう意味では斎藤さんのおかげだよ」
「ふふ。じゃあ、勉強を始めたのも私のおかげということにしておきましょうか」
「それはちょっと違う気がするけど……」
俺も笑った。
けれど。
俺には、もう一つ心当たりがある。
俺を過去へ戻した存在。
おそらく、日本神話における国生みの神――伊邪那美命。
あの方が何を考えて俺を蘇らせたのかは分からない。
ただ、あの出来事以来、俺の頭の中には前の人生の記憶が驚くほど鮮明に残っていた。
しかも、単に記憶を思い出せるだけじゃない。
記憶力も、理解力も、集中力も、以前とは明らかに違っている。
だから勉強すればするほど、知識が身についていく。
学力だけを見れば、以前の俺とはまるで別人だ。
――正直、かなりずるい。
未来の知識を持っているうえに、それを吸収する能力まで強化されている。
どう考えても反則だ。
身体能力も多少は上がっている。
とはいえ、こちらはそこまで極端じゃない。
頑張れば公立中学の部活でレギュラーになれるかもしれない。
でも、プロになってトップを争えるほどの身体能力があるわけじゃない。
だから俺に与えられたものは、
――未来を変えるための知識を使う力。
そう考えたほうがいいのだろう。
そして、俺には実際にやらなければならないことがある。
前の人生で見た、日本の破滅的な未来。
それを変えることだ。
そう考えていると、俺は一つのことについても、前の人生とは違う見方をするようになっていた。
――女性が男性と同じように社会で活躍できる社会は、きっと強い。
これはかなり本気でそう思っている。
江戸時代の女性には、就ける職業や社会的な役割に大きな制約があった。
明治になって近代化が進んでも、それがすぐに消えたわけではない。
戦前の日本でも、女性が男性と同じように働き、同じように社会の中枢へ進める社会だったとは言い難い。
ところが、戦後になると状況は大きく変わっていく。
日本国憲法が制定され、民法も改正された。
それまでの家制度は大きく変わり、女性にも参政権が認められた。
女性が初めて国政選挙に参加したのは、昭和二十一年――一九四六年の総選挙だった。
学校教育でも男女共学が広がっていく。
高等教育への道も広がり、女子の大学進学も次第に増えていった。
今の俺たちから見れば当たり前に思えることでも、歴史を振り返れば、とんでもなく大きな変化だ。
そして、俺が知っている未来では、この流れはさらに加速する。
昭和六十年――一九八五年には男女雇用機会均等法が成立し、翌年から施行される。
女性が働くことそのものではなく、採用や配置、昇進などにおける男女差をなくしていこうという方向へ、社会はさらに動いていく。
もちろん、それだけですべてが変わるわけじゃない。
法律ができたからといって、企業や社会の意識まで一夜にして変わるわけではないからだ。
むしろ、そこからが長い。
俺は、その先を知っている。
女性が大学へ進み、企業へ就職する。
結婚しても働き続けようとする人が増える。
やがて共働き家庭も当たり前になっていく。
それ自体は、決して悪いことじゃない。
問題は――社会の仕組みが、その変化についていけなかったことだ。
仕事をしろ。
キャリアを積め。
でも家庭も大切にしろ。
結婚したら家事もやれ。
子供が生まれたら育児もしろ。
そんなことを求められても、人間には一日二十四時間しかない。
仕事に時間を使えば、家庭に使える時間は減る。
家事や育児に時間を使えば、仕事に使える時間は減る。
だから本来なら、両方を選べる仕組みを作らなければならない。
ところが未来の日本では、その仕組みが十分に整わないまま、女性の社会進出だけが進んでしまう。
そして、それが別の問題を生み出していく。
俺が知っている未来では、さらに育児休業制度も整備される。
一九九一年には育児休業法が成立し、翌年から施行される。
男女とも育児休業を取れる制度だ。
制度だけを見れば、ずいぶん立派になっていく。
でも――
制度があることと、実際に使えることは別問題だった。
仕事を辞めずに子供を育てたい。
そんな当たり前の願いでさえ、簡単には実現できない家庭が少なくなかった。
第一子の出産をきっかけに仕事を辞める。
再就職しようとしても、以前と同じ条件の仕事には戻れない。
管理職への道も、簡単には開かれない。
そういうことが長く続いた。
しかも、これに景気の問題まで重なってくる。
バブル景気が終わり、日本は長い不況に入る。
賃金は伸びない。
企業は倒産する。
リストラも増える。
非正規雇用も拡大していく。
夫一人の収入だけでは家計を維持するのが難しくなり、共働きが必要になる家庭も増えていく。
それだけなら、まだいい。
問題は、
――二人で働けば、二人分だけ豊かになる。
そういう社会にならなかったことだ。
むしろ、
――二人で働いて、ようやく一人分の生活を維持する。
そんな家庭まで出てくる。
そこからさらに子供を育てなければならない。
保育園を探さなければならない。
子供が病気になれば仕事を休まなければならない。
学校へ上がれば教育費も必要になる。
家事もある。
介護の問題まで重なれば、なおさらだ。
これでは、
「子供を産みたいけれど、仕事を続けられない」
「働きたいけれど、子育てとの両立ができない」
という人が出てくるのも当然だ。
俺は、女性の社会進出そのものが少子化の原因だとは思っていない。
そうではない。
――社会が、女性も働くという新しい時代に対応できなかったことが問題なんだ。
男が外で働き、女が家庭を守る。
それだけが正しいという時代でもない。
逆もあっていい。
女が外で働き、男が家庭を守ってもいい。
二人とも働いてもいい。
一人が仕事をして、もう一人が家庭を守ってもいい。
本人たちが望む生き方を選べる。
そして、その選択をしたことで人生が詰まない。
俺が作りたいのは、そういう社会だった。
だったら――
社会が変わるのを待っているだけでは駄目だ。
自分で会社を作ればいい。
俺が作る会社は、ただ利益を出すだけの会社にはしない。
働きたい人は、思い切り働ける。
家庭を優先したい人は、安心して家庭を守れる。
両方やりたい人は、両方できる。
そのために会社の中へ保育施設を作る。
子供を安心して預けられる場所を用意する。
育児休業を取っても、戻ってきたときに居場所がある。
子育てを理由にキャリアを諦めなくていい。
男女どちらであっても、それが当たり前の会社にする。
そういう会社を作ればいい。
では、そんな会社を、これからの時代にどうやって大きくするか。
俺は考える。
製造業。
金融。
流通。
どれも有望だ。
でも、俺が知っている未来には、もっと大きく成長する産業がある。
――ゲーム。
そして――通信。
家庭用ゲーム機。
パソコンゲーム。
カードゲーム。
そして、これから普及していくパソコン通信。
その先にはネットワークサービスがあり、さらに携帯電話が発展していく。
そして、その先には――
俺が前の人生で当たり前のように使っていたインターネットがある。
人と人との繋がり方そのものを変えてしまう巨大な市場だ。
ならば。
その未来を、今から取りにいけばいい。
ゲームで稼ぐ。
通信で稼ぐ。
そして、その利益を使って、人が安心して働き、安心して家庭を持てる会社を作る。
会社が大きくなれば、同じような仕組みを作る企業も出てくるだろう。
そうなれば、会社一つから始まった仕組みが、社会全体へ広がっていくかもしれない。
俺が目指しているのは、単なる金儲けじゃない。
前の人生では見られなかった未来を作ること。
そのために必要なら、会社も、産業も、社会の仕組みも変えてしまえばいい。
そして、その最初の一歩になるのが――
ゲームと通信だ。
俺はそう考えていた。




