戦後銀行の経営はずっと安泰というわけでもなかったんだ
「それにしても前田君は、お父さんと同じように銀行に就職するんだと思ってたよ。
銀行員って、お金いっぱいもらえるんでしょ?」
今田くんがそう言うので、俺は苦笑しながらうなずいた。
「確かにね」
俺の父親は銀行員だ。
――そして、“前の人生”では、俺自身も銀行に就職していた。
「ごみの収集をしてる従姉妹の叔父さんよりは、ずっと給料はもらってるみたいだけどさ」
そう言って、俺は肩をすくめる。
「平日は帰ってくるのがすごく遅いし、朝も早い。だから、平日にお父さんと顔を合わせることなんて、ほとんどないんだよ。正直、本当に大変そうだよ」
「なるほどなぁ」
今田くんが感心したようにうなずく。
「いっぱい金を稼ぐには、いっぱい働かないといけないんだな」
「まあ……そういう面はあるね」
「でも銀行なら潰れないだろ?」
「んー……実際は、そうでもないよ」
「え?」
「俺たちが小学生だった頃は、オイルショックの影響で日本全体が大変だったって、お父さんから聞いてる」
もちろん、俺には“その後”の歴史も知識として残っている。
一九七〇年代。
日本は高度経済成長の真っただ中から、一気に転換点へ入った。
第一次オイルショックで原油価格が急騰。
物価は一気に上がり、「狂乱物価」と呼ばれるほどのインフレになった。
生活は苦しくなり、企業も設備投資を控えるようになる。
一九七四年には、戦後初めて実質経済成長率がマイナスを記録。
高度経済成長は、ここで一度終わりを迎えた。
銀行だって、景気が悪くなれば無傷ではいられない。
「その後も金融の仕組みは変わっていったんだ。国債が市場で売買されるようになったり、譲渡性預金が導入されたりしてね」
「……なんか急に難しい話になってきたぞ」
「ごめん」
俺は苦笑する。
「簡単に言えば、銀行も昔みたいに『預金を集めて、企業に貸していれば安泰』って時代じゃなくなってきたってこと」
「へえ……」
「しかも、これは日本だけの話じゃない」
俺は続ける。
「アメリカでも、大手銀行が経営危機に陥ったり、貯蓄貸付組合――S&Lが大量に破綻したりしてる」
「銀行でも潰れるのか……」
「うん」
今田くんは、少し驚いた顔をした。
「じゃあ、なんで銀行員はそんなに忙しいんだ?」
「それはね……」
俺は少し考えてから答える。
「昔は、企業のほうから銀行に来て『お金を貸してください』って頼んでくれていたんだって」
「うん」
「でも、時代が変わると、それだけじゃなくなった」
企業は銀行から借りるだけではなく、株式や社債を発行して、市場から直接お金を集めるようになっていく。
特に優良企業ほど、その傾向が強くなる。
つまり――。
銀行のほうから、客を探しに行かなければならない。
「だから今度は、銀行員のほうから会社を回って『お金を借りてください』ってお願いするようになる」
「えぇ……」
「しかも営業にはノルマがあるらしい」
「ノルマ?」
「一か月で、これだけ融資を実行しろっていう目標だよ」
「うひゃあ……そりゃ大変だ」
今田くんが露骨に顔をしかめた。
「だから、お父さんも帰ってくるのが遅いんだと思う」
「でも、それなら体育会系の人間が重宝されるっていうのも分かるな」
「そうなんだって」
「なんで?」
「上の人から言われたことを素直にこなして、毎日地道に会社を回って、相手に頭を下げる。そういう仕事だから」
「なるほど」
「学校の部活でも、体育会系をやっていた人のほうが評価されやすいって、お父さんは言ってた」
「まあ、サッカーも野球も、監督の指示通りに動かなきゃいけないしな」
「そういうこと」
今田くんが納得したところで――。
「なるほど」
斉藤さんが、いつの間にかこちらの話を聞いていた。
「それで、前田君は将来ゲームを作りたいのね?」
「うん」
俺は素直にうなずく。
「テレビ、冷蔵庫、洗濯機――昔は『三種の神器』って呼ばれていた家電も、今じゃかなり普及してる。電子レンジやエアコンだって、どんどん一般家庭に入ってきてるし」
「そうね」
「じゃあ、その次に何が広まるのかって考えると……俺はパソコンやホビーパソコンだと思ってる」
「ゲームが、そんなに広まると思う?」
「絶対に広まるよ」
思わず即答してしまった。
「……そんなに?」
「うん」
だって俺は知っている。
この先、ゲームは子供の遊びから巨大産業へと成長していく。
家庭用ゲーム機。
携帯ゲーム機。
パソコンゲーム。
そして――携帯電話。
今は車載電話やショルダーホンくらいしか身近な存在ではないけれど、もっと小型化して、普通の人が持ち歩く時代が来る。
その先には、さらにスマートフォンが登場する。
そうなれば、ゲームは「わざわざ時間を作って遊ぶもの」ではなく、「ちょっとした暇つぶしに遊ぶもの」へと変わっていく。
オンラインゲーム。
ソーシャルゲーム。
そして、トレーディングカードゲーム。
当たれば、とんでもない金額が動く市場だ。
もちろん、今の俺がそんな未来を全部説明したところで、信じてもらえるはずもない。
「ゲームって、そんなに儲かるの?」
斉藤さんが尋ねる。
「ちゃんと当たればね」
俺は笑った。
「だから、ただゲームを作りたいってだけじゃない。これから大きくなる市場で勝負してみたいんだ」
「なるほど……」
斉藤さんが興味深そうに俺を見る。
「前田君って、ずいぶん先のことまで考えてるのね」
「まあ……趣味だから」
俺は誤魔化すように笑った。
でも、本当は違う。
俺にとってゲームは単なる遊びじゃない。
未来を知っている俺にとって、それは――。
これから大きくなる市場そのものなのだ。
「そういえば」
斉藤さんが、ふと思いついたように言った。
「銀行員の奥さんも、安泰じゃないのね」
「まあ、全部の銀行が潰れるわけじゃないけどね」
「じゃあ、相手次第ってこと?」
「うん。結局は、どんな相手を選ぶかだと思う」
「一生に関わることだものね」
「そうだね」
「それは……ちゃんと考えないといけないわね」
斉藤さんは真剣な顔でうなずいた。
――一生に関わる。
確かに、その通りだ。
ただし。
俺は知っている。
この先、日本の銀行業界がどれほど激しい淘汰にさらされるのかを。
バブルが膨らみ、そして崩壊する。
土地と株の価格は暴落し、大量の不良債権が銀行を圧迫する。
やがて銀行同士の吸収と合併が次々に進んでいく。
同じ駅の周辺に、同じ銀行の支店がいくつも並んでいた時代が終わる。
そしてある日――。
そのうちの一つが、何事もなかったかのように消えている。
潰れた銀行も。
合併された銀行も。
そこで働いていた銀行員も。
誰も彼もが、大変な時代を生きることになる。
だからこそ――。
「銀行なら安泰」
そんな言葉を、俺は簡単には信じられない。
むしろ、未来を知っている俺だからこそ分かる。
安泰なのは、銀行そのものじゃない。
**時代の変化を先取りできる人間だ。**
だったら俺は――。
銀行ではなく、これから伸びる場所へ行く。
ゲームだ。




