十色
赤はだめだ。在り来たりだ。青もだめだ。他にたくさんいる。かと言って、黒もだめ。他の色に負けない強さがあるけれど、それが格好いいから皆が真似をする。それならいっそ、白ならどうだ?いいや、いちばんだめなのが白だ。他の色に汚されて、あっという間に染まってしまう。
「なっちゃん何してるの?」
友達の麻衣が寄ってきた。
「へへ、小説書いてるの! 最近ネットに投稿してるんだ」
携帯の画面をちらと見せると、麻衣は目を輝かせた。
「えーすごい! そういえば、俳優の○○が小説書き始めたよね? なっちゃん、○○みたい!」
「そうなんだ」
「どんなお話なの?」
麻衣が身を乗り出してきた。私は携帯の画面に視線を落としつつ粗筋を垂れ流した。
「えっとね、貧しい少年が画家を目指すために灯台守の仕事を始めるんだけど、海に落ちて溺れてる女の子を助けるの。その子は、言葉を話すことができない少女だったけど、すごく美しくて、見るからにお金になりそうな……」
「へえ。なんかあれみたいだね、××で連載してる漫画の、△△。ああいう世界観いいよね」
「ええと。ちょっと切ない、古風なファンタジー、って感じかな?」
「そうそう、そんな感じ。最近流行ってるのかな」
ふざけるな。そんな一学年にひとりはいるようなありふれた名で呼ぶな。
○○って誰だよ知らないそんな奴。
××って何だよ、△△って何だよ。視界に入れたこともない。
何々「みたい」は作品への感想ではないだろう。私にとってそれは何の意味もない揚げ足とりだ。
これは私の作品だ。私の脳内の世界だ。全てにおいて私のオリジナルだ。一から自分で考えて、想像力を膨らませて、辻褄が合わないところはどうしたら自然に繕えるか一生懸命考えるのだ。それを、何々「みたい」のひと言で一蹴される人の気持ちが分かるか。
一応モットーは「誰の色にも染まらない」。
何々に似てるとか何々みたいとか言われない作品を作りたいと思っている。
何かの影響を受けていると思われるのが嫌で嫌で仕方ないから、テレビは観ないし漫画も読まない。本も読まない。誰かの創作には触れない。そうやって生きてきたのに、どうして何々「みたい」がついてまわるんだ。私がパクったかのように言うな。くだらない俗世や流行りなんかに乗せられない。それが作品を社会へ提供する芸術家の在るべき姿。他人の作品に感化されて作風が変わるような雑魚ではいたくない。
それなのに何故!
これほどにまで「みたい」がまとわりつくんだ。
十人十色というくせに、私だけの色がどこにも見つからない。
彩度と明度と色相で織り成す世界は無限だと思っていたのに、なぜ他人と似なくてはならないのか。
白を保ったつもりのキャンバスなのに、他人からしたら汚れて見えているというのか。
「完結したら教えてね。私も読みたーい」
麻衣が手を振って、自席へ帰っていった。
様々な色に着色された彼女が、色とりどりの足跡を残して去っていく。
彼女もまた、ありふれたことしか言わない汚されたキャンバスなのだ。




