ハーシィ嬢
片付け始めると、パルネリア国外交員のハーシィ様がやって来た。
「片付けてくれていいわよ、私少しお話しに来ただけだから」
と微笑まれた。
「私でいいのですか?」
と言うと
「あなたに相談したいのよ」
とおっしゃる。ユーシス様のことを、ですね。
彼女は十枚ほどの写真をテーブルに並べた。
十才から二十才くらいまでのユーシス様だろう。
ずいぶんおぼっちゃまだったらしい。身なりといい、後ろの城かと思われるほどの自宅にしても。
「どうしてこれを?」
「私とユーシス様のお祖母様はね、ユーシス様のお祖父様をめぐっての恋のライバルで友人なのよ」
と笑われた。
「ユーシス様はね、お祖父様にそっくりらしいわよ。毎年家にはユーシス様の写真が届けられていたのよ。
お祖母様が本当に素敵でしょう、と私に言ってきたものだから、私は子供の頃からユーシス様が大好きなのよ」
びっくりだ、そんなことがあるのだろうか。ユーシス様はあなたに似合わないと思っているのに。
「私の家族にもユーシス様の家族にも内緒なのよ。
でもね、私とユーシス様とお祖母様方だけの秘密だと思っていたのだけれど、あの方は私のことを知らなかったのよ。びっくりしたわ」
と困った顔をされた。
「私、本当に困っているのよ。わざわざ外交員にまでなったのに、どうお話ししていいかわからないの。
ずっと知り合いだったならいいけれど、あなたのことを子供の頃から好きでした、なんて言って写真を見せたらどう思うかしら?」
うれしくて仕事が手につかなくなりそうだと思います。ユーシス様がこわれそうでこわい。
「全く問題ありません。多分、わたし以外は」
「ありがとう。でもね、今日もユーシス様は貴族のご令嬢方に囲まれて身動きがとれないくらいなのよ。
本人は魔道具の説明しかしていないけれど、まわりの騒ぎはものすごくて、私では入っていけないの。殿方の恨みもずいぶんあるわよ、美しい方々をひとり占めだもの」
連絡に来れないわけだ。たしかにこちらへは男の人ばかりだった。それじゃ吐き気がするほど嫌な目にもあいますよ。
「あの方はご自分が美しくて女性が寄ってくる人間だ、ってよくわかっていないのよ」
お酒が入ってますか、ハーシィ様?
ユーシス様が美しいと言われたら嫌がるだろうな。たしかにどこへ行ってもよくモテるけれど。
「もう、何もわかっていらっしゃらないわ!」
とわたしにハーシィ様が詰め寄った時、テーブルにはおぼっちゃまの写真がきれいに並んだまま、ユーシス様が入ってきた。
「どうしたんだ、一体」
ユーシス様がものすごく不機嫌で苦い顔をしたまま、わたしたちを見ていた。
「きゃっ」
小さな悲鳴を上げて、ハーシィ様は急いでその場から立ち去った。
わたしはユーシス様ににらまれたまま、どうしたものかと考えた。
ユーシス様は怪訝な顔で、テーブルに並んだ可愛らしいおぼっちゃまの写真を見ている。何の写真か気付いて破り捨てようとした。
「待ってください、それはハーシィ様の私物です。捨ててはいけません」
「何だって!どういうことだ?」
わたしがここで言ってはいけない気がした。
「ご実家のお祖母様におききになってください」
「それを貸しなさい」
「嫌です、捨てるでしょう」
「捨てないからこっちへ寄こせ、ユーリ!」
ユーシス様は写真を無理やり奪って出ていった。ハーシィ様とユーシス様がうまくいけばいい、そう思いながら控え室から見送った。
こんな衣装で、こんな所へ来てしまったことを今さら後悔している。控え室を片付けて、帰り支度で混雑し始めた入り口付近から広間に戻ってきた。
帰りの馬車は混雑しているので、早めに帰るどころか本当に最後になりそうだった。
わたしは踊れない、貴族じゃない、知り合いはいないし変な衣装で浮いているしで、居心地の悪さといったらかつてないほどだ。
平民ですけど何か?という態度で壁に近い所の料理を端へ向かって食べている。
それでも料理に罪はないし、空腹だからとてもおいしい。お酒は飲んだらダメになりそうだからやめておいた。
デザートを取ってから庭へ出て、しばらくぼんやりしてから帰った。
あの日夜会から帰るとユーシス様は宿に居なかった。
次の日帰って来ないので、ジーク様に連絡を取ると一週間の休暇が出されていた。
うまくいったのだろうな、と勝手に納得したが、その後ハーシィ様に会うことはなかった。
やっぱりわたし以外には全く問題なかったのだろう。




