博士の身の上話
博士は相変わらずの恰好で寝転んでいた。
彼が着いたのに気づき、ものうげに頭を上げた。
「また来たのか」意識はしっかりしている。
「薬と食い物を持ってきた。水も」
水と聞いてあわてて起き上がる。
まだ熱は高そうだった。解熱剤を飲ませ、水を渡す。手に赤い発疹がみえたので指摘すると
「手足口病だからね、元は」
さも当たり前のように言う。
「足と口は?」
と聞いたら、口を開けてみせた。舌と唇に同じような赤い発疹がみえる。
水泡になっていた。足はあまり目立たないようだった。
「水も滲みる」おかげでがぶ飲みしなくていいかも知れない。
冷却シートを渡して、両脇の下と両太ももの内側、鼠径部に貼るように教える。
「助かる確率は?」改めて聞くが
「さっぱり」科学者らしからぬ答えしか返ってこない。
「ラボでは助かった検体はない、しかし外では条件も色々違うし」
「ニンゲンはさすがに試してないんだろう?」
「今、試してるところだろ?」
急に咳の発作に襲われたらしく、コウダ博士は苦しげに体を二つ折りにした。
「仲間が一人やられた」
サンライズは少し離れた岩の壁にもたれかかって座る。
「他のヤツが言ったが、効くクスリがないらしいな」
「それを開発中だったんだよ」
ようやく咳が収まったらしい。だいぶたってから彼が言った。
「ヘルパンギーナ、手足口病、伝染性紅班、子どももかかり易い、よく流行る病気なのに直接効くクスリはない。
普通ならば一回熱が出て、しばらくは発疹や痛みやらでイヤな思いをする。でも一週間もしないうちに治る、だからあまり真剣に考えるニンゲンがいない」
彼はコウダフジオと名乗った。
結婚してすぐ、男の子が生まれたのだそうだ。
「九ヶ月の頃、つかまり立ちをして『パァ』とボクのことを呼んだ。初めてね」
少しだけ、父親の顔になった。しかしすぐ顔をゆがめる。
「その晩、熱を出した。ボクは研究室でデータを取ってたんで、すぐ出かけなければならなかった。奥さんに頼んで出かけたんだ。病院連れてけよ、って」
土曜の夜だった。妻は息子を救急に連れて行った、が、すごい混みように恐れをなしていったん家に帰った。妻は妊娠四ヶ月だった。
「次の日、ボクは帰れなかった。電話したら、息子は少し熱が下がったからそのまま様子を見る、と言った。手と足に赤いポツポツができてきたの、というから写メで送ってもらったら、手足口病のようだった。大人しく寝かせとけよ、って言って日曜日はずっと研究室にこもっていた。
月曜の午後に帰ったら、息子はものすごい熱だった。奥さんはオロオロして、午前中に病院に電話したら、午後三時に来てくれ、って言われたの、って。ボクはどなりつけてあわてて他の病院に連れていった。肺に水がたまって、呼吸がおかしくなっていた。一晩はもったけど、次の日に亡くなった」
妻を責める筋合いは全くない。でも、誰かにあたるしかなかった。
「出て行っちゃった、オクサン」サン、の所でまた激しくせき込む。
咳が収まって、眠ってしまったのかと思っていたらかなりたって、また話しだした。
「よく効く薬を開発できたら、迎えに行こうかな、と思ってる」
「それで遺伝子組み換え?」サンライズは通信機をちらっと見た。
相変わらず洞窟の奥から通信できない、もう少し入り口に近い場所に移動する。
「ラボでいくつかワクチンを作って、アイツらに投与してみたんだが、全部死んでたのなら全然効き目がないということだ」
「一つだけ、いなくなっていたけどね」
博士は辛そうな割に幸せな笑みを浮かべて、身を起こして彼をみた。
「アイツはね……ウィルスだけ注射されて、ワクチンは全く投与されていなかった」
どこかで死んでいるだろう。ウィルスをバラまきながらね、そう言ったとたん、急に外が暗くなった。
日が完全に沈んだのだ。




