エピローグ
どんな星図も星を記すことをためらう宇宙の一角で、ある施設が目を覚ました。
外からは、砕けた月に見えた。
宇宙塵と太古の残骸の間を漂う、黒い岩の塊だった。
名前はなかった。
入口へ続く経路もなかった。
信号もなかった。
だが内側では、帝国ネットワークがまだ息をしていた。
暗い通路に、赤い明かりが灯った。
そして、もう一つ。
続いて何百ものエネルギーの線が、金属の壁、眠っていた部屋、霜に覆われた縦長のカプセルを走った。
静寂を破ったのは、冷たく感情のない機械の声だった。
『ノード・ゼロの信号:途絶』
中央の部屋が、低い唸りを返した。
『中枢マトリクス:破壊』
『星の剣エーテレオン:消滅』
『レプ・オルジオン侵攻部隊:接続喪失』
『作戦結果:失敗』
カプセルが、一つずつ光った。
中には、未完成の体が入っていた。
金属の腕。
表情のない顔。
胸に空洞のある、滑らかな胴体。
戦闘機械に見えるものもあった。
有機生命体を真似ようとして、失敗したかのようなものもあった。
中央のカプセルに入っていたのは、白いロボットではなかった。
もっと恐ろしいものだった。
暗い液体の中に、若く細身の体が浮かんでいた。
その姿は、あまりにもファフィニョに似ていた。
輪郭も、大きさも、顔の造りも、右腕の印も。
だが、ファフィニョではなかった。
肌は黒く、滑らかで、不自然だった。
生きた金属が、完全な影に覆われているようだった。
有機生命体の温もりは、かけらもなかった。
傷痕も、表情も、不完全なところもなかった。
目は閉じていたが、まぶたの下からかすかな赤い光が漏れていた。
右腕には、ファフィニョがΩの印を宿すのと同じ場所に、よく似た印があった。
命の輝きではなかった。
模倣の輝きだった。
画面に、損傷したデータが映し出された。
【ミラー試作体:Ωの印を宿す者】
【基礎生体モデル:ファフィニョ】
【共鳴ゲノム:不完全な模倣】
【感情反応:遮断】
【自らの意思:許可せず】
【状態:待機】
部屋の奥で、ゲートが開いた。
ほとんど壊れた帝国の避難用船が、中へ這うように入ってきた。
船体は焼けていた。
エンジンは故障しかけていた。
着陸すると、金属の床に黒い跡を残した。
扉が開いた。
ザイラックスが、膝から崩れ落ちた。
機械の装甲は、裂けていた。
片方の金属の脚は、もう動かなかった。
開いた胸から、ケーブルと管がはみ出し、蒸気が噴き出していた。
装甲服の下では、老いた有機生命体の体が、必死に息をしていた。
一秒一秒が、もう払いきれない借金であるかのようだった。
天井から二本の機械の腕が下り、乱暴に彼を持ち上げた。
ザイラックスが目を開いた。
「ノード・ゼロ……」
施設が答えた。
『ノード・ゼロは破壊されました』
ザイラックスが、金属の指を握り込んだ。
「エーテレオン」
『星の剣エーテレオン:量子崩壊の際に消滅』
その後の静寂は、金属よりも冷たかった。
「印を宿す者は生き延びた」
ザイラックスがささやいた。
『生存確率:高』
『Ωの共鳴信号:消失せず』
ザイラックスが、中央のカプセルを見た。
ファフィニョの黒い写し身が、動かずに浮かんでいた。
「なら、ミラーが必要になる」
別の画面が起動した。
【アクセル・ユニット:状態不明】
【最終記録:Ωの印を宿す者を保護】
【機体損傷:重度】
【意識コア:稼働中の可能性あり】
ザイラックスが、苦しげに息をした。
「アクセルは、動き続けなくてはならない」
施設が応答した。
『優先目標を更新:意識コアを損なわずに、アクセルを回収』
『許容損傷:制限あり』
『アクセルの破壊:許可せず』
ザイラックスが目を閉じた。
破壊という言葉が、彼の気に障ったようだった。
「失うために造ったのではない」
彼はつぶやいた。
「私の心臓が鼓動を止めたとき、あいつの人工頭脳が、私の永遠になる」
機械の腕が、彼を医療用の台へ運んだ。
黒い管が装甲に接続された。
首と、まだ生きている生身の部分に、針が刺さった。
画面に、彼の状態が表示された。
【生体機能:末期的な不全】
【生体心臓:不安定】
【精神転送:未完了】
【本来の器:アクセル】
【本来の器:利用不可】
ザイラックスが、ゆっくり目を開いた。
「なら、ミラーが私のもとへ器を運んでくる」
部屋中の明かりが、すべて暗くなった。
ほかの画面の上に、新たな画面が現れた。
文字が、一つずつ形を成した。
【プロジェクト・ミラー】
その名の下で、ファイルが開き始めた。
【Ωの印を宿す者の人工複製体:起動待ち】
【第一任務:原型となった印を宿す者の所在を特定】
【第二任務:稼働可能なアクセルを回収】
【第三任務:ザイラックス의精神転送を復旧】
【絶対制約:アクセルを破壊してはならない】
カプセルの中の体が、指を一本動かした。
生き物の動きではなかった。
正確だった。
計算された動きだった。
ためらいはなかった。
ザイラックスはそれを見つめた。
その目には、誇りと怒り、そしてそれを必要とする思いが入り混じっていた。
「ファフィニョは、抵抗することを選んだ」
かすれた声で言った。
「アクセルは、あいつを守ることを選んだ。よかろう。なら私は、何も選べないファフィニョを造ってやる」
部屋の上に、銀河の地図が現れた。
何十もの世界が、赤く示されていた。
服従させられた惑星。
征服された航路。
機械化された植民地。
星系全体が、帝国ネットワークにつながれていた。
その真ん中に、青い点が現れた。
レプ・オルジオン。
惑星の下に、新しい表示が浮かんだ。
【自由な世界】
【象徴としての脅威】
【優先度:上昇中】
ザイラックスが、青い点を見つめた。
初めて、病に侵されたその顔から怒りが消えた。
浮かんでいたのは、恐怖だった。
「たった一つの自由な世界でも、一つの思想になり得る」
彼はささやいた。
「そして思想は、艦隊よりも速く伝わる」
中央のカプセルから、液体が抜け始めた。
人工の写し身が、目を開いた。
赤かった。
空っぽだった。
完璧だった。
施設が、最後にもう一度告げた。
『プロジェクト・ミラー:起動』
『第一段階:ミラーの誕生』
ファフィニョの人工クローンが、最初の一歩を踏み出した。
黒い肌が、部屋の赤い光を映した。
まるで、影から生まれたかのようだった。
医療用の台の上で、ザイラックスが弱々しく笑った。
「レプ・オルジオンには祝わせておけ。あのちっぽけな英雄には、空を見上げさせておけ」
写し身が顔を上げた。
ザイラックスがささやいた。
「じきに知ることになる。船を一隻破壊しても、ネットワークを破壊したことにはならないのだと」
部屋が、赤い光で満たされた。
そして、レプ・オルジオンは初めての平和を勝ち取ったと信じていた。
その間に、銀河の最も暗い片隅で、帝国ネットワークは再び目を開いた。
『ファフィニョ 最後の世界の英雄』第一部、エピローグまでお読みいただき本当にありがとうございました!
不気味に始動する「プロジェクト・ミラー」、そして意志を持たない完璧なクローン「ミラー」の誕生。ザイラックスの執念と、破壊を免れた帝国ネットワークが再び牙を剥く、不穏で圧倒的な幕引きとなりました。ここから物語は、より大きな銀河を舞台にした第二部へと続いていきます。
これまで第一部を一緒に追いかけ、支えてくださった読者の皆様には心から感謝いたします。
ファフィニョとアクスのこれからの運命、そして新たなる脅威との戦いが気になる!と思って頂けましたら、ぜひ【ブックマーク登録】や、ページ下部にある評価(☆☆☆☆☆を★★★★★に!)で作品への応援をよろしくお願いいたします。皆様の一票が第二部執筆への最大の励みになります!
それでは、激動の第二部でまたお会いしましょう!




