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第13話「魔導剣士」

頭を抱え込んだルーカスだったが、ティナとリーンベルの視線に気づき、何事もなかったかのように身を起こす。


「あの、大丈夫ですか」

ティナが心配げな声をかけてくる。


「心配しなくていい。持病のようなものだ」

コホンと咳払いをしながら言う。


どんな持病だ、と言いたげなマティアスの視線を受け流し、ルーカスは教壇を離れ、ティナの席の前に立った。


「さて――『だが、君には』の続きだったな」


ティナの背筋が、さらに伸びた。


「その前に、整理しておこう。君が魔導士になれない理由だ」


ルーカスは指を一本立てた。


「魔導士というのは、突き詰めれば人並み以上の魔力をその身に宿す者たち、言わば選ばれし者の職業だ。自らの魔力を体外へと放出し、術者の想像通りの事象を発現させる。詠唱はその媒体だな。そして魔力が大きいほど発現させられる事象も多岐にわたり、その威力もより膨大になる。単純な話だ。そして体内に宿る魔力の量は生まれつき決まっている、努力なんかでは決して増えない――君自身もよくわかっていたはずだ」


「……はい」

ティナはか細い声で返事をした。

リーンベルは非難がましい目をルーカスに向けたが、ルーカスはまるで気にしていなかった。


「わかっていながら挑み続けたその根性は買うが、国や王立学府が欲している人材とは、その身に大いなる魔力を宿す者たちだ。そしてその方針は正しい。魔力の総量がより多い若者たちをより優秀な魔導士へと育てあげ、国の砲台に据える。合理的、というか、まあ当然だな」


リーンベルもマティアスも、黙ってルーカスの言葉に耳を傾けていた。


目の前の少女以外の全員からそっぽを向かれた新任教師が、この先何を、どのように伝えていこうというのか。

マスターフローラに後を託された二人にとっては、良い意味でも悪い意味でも見届けなければならなかったからだろう。


「君の魔力は好意的に見積もってもせいぜい人並み程度しかない。何度試験を受けても、王立学府が定める基準には届かない――ここまでが、『君は魔導士にはなれない』理由だ」


「……はい」

同じように返事をしながら、それでもうつむくようなことはせず、まっすぐルーカスを見つめながらうなずく。


(逃げようとはしていないようだ)

ルーカスは笑みを浮かべた。


「そして、ここからが続きだ」

ルーカスは、教卓の上から羽根ペンを一本取り上げた。


「ティナ。試験の日、君は目の前の火なんか見ていなかった。そんなことよりも、自分の魔力がどこで綻び、どこから漏れていくのか――最後の最後まで、その目で追い続けていた。違うか」


ティナの肩が、ぴくりと動いた。

「それは……はい」


「ほう」

マティアスが思わずといったように声をあげた。


リーンベルはマティアスの反応の意味がわからず、ルーカスとティナの顔を交互に見つめていた。


「あの演習場で魔力の行く先や痕跡をそこまではっきりと追っていたのは、君と、おそらく私だけだろう」


ルーカスは羽根ペンを軽く振った。


羽根のまわりの空気が、ほんのわずかに揺らいだように見えた。

そしてルーカスは羽根ペンを、樫の教卓の角へ無造作に滑らせた。


ティナとリーンベルは、思わず小さな悲鳴を上げた。


木の角が、豆腐のように削ぎ落とされてしまったからだ。


「そんな、まさか羽根ペンなんかで――」

ティナは腰を浮かせて目の前におちた木片を凝視した。


ルーカスは旅芸人のごとく仰々しい態度で手に持っていた羽根ペンをティナに渡した。


もちろんそれは、なんの変哲もない羽根ペンでしかない。


「私の指先から羽根ペンへと魔力を流し込んだのさ。扱った魔力は、君が試験で放出した魔力の半分にも満たない。魔導士たちは自身の魔力を体外に放出することで常人には不可能なことを成し遂げることができる。人並み外れた魔力量をもってしてね。だが、人並み程度の魔力しか宿していない者でも、扱い方次第ではこの羽根ペンひとつでさえ強力な武器とすることもできる。そして、君のように魔力の向かう先や痕跡を鋭くとらえることのできる目を持つ者は、相手の放った魔力さえ巧みにかわし、対応することができる」


「……魔力をとらえることができる、目?」


「ああ、魔導士たちは――魔人を始めとする魔族もだが――己の宿す魔力と想像力で戦う。だが、彼らにとって天敵ともいえる存在がいる」


ルーカスは、ティナの目をまっすぐに見た。


「――それが魔導剣士、君の生きる道だ」


誰も、何も言わなかった。

しばらくのあいだ、講義室が静まり返る。


「ま、魔導剣士……?」

最初に声を出したのは、リーンベルだった。

「剣や己の体に魔力を纏わせて戦う……あの? で、ですが、その職業は成り手がほとんどいない、半ば伝説のような—―」


「理由は二つあります」

ルーカスはリーンベルに白い歯を見せつけるように笑いかけた。

「ひとつは己の魔力をそこまで自在にあやつることのできる術者が少ないこと。もうひとつは魔導士が放つ魔力を見極め、その懐まで踏み込めるような目をもつ者が限りなく少ないことです。だが、この二つを兼ね備えた若者が、私の目の前にいます」


ルーカスはティナに笑いかけた。

その笑顔は、リーンベルに向けたあざといものではない。


屈託のない、少年のような笑顔だった。


ティナはなんとも言えない表情のままルーカスを見つめていた。


「ついでに言えば」

ルーカスは、こともなげに続けた。

「あなたたちが尊敬するフローラ先生も、もとは魔導剣士を目指していた人ですよ」


「……えっ?」

ティナとリーンベルが同じように固まった。


「フローラ先生が……? そんな話、私、一度も……」

リーンベルが口元に手を当てる。


「本人から聞いたので間違いありませんよ」

それは、嘘偽りのない事実だった。

というより、その姿を実際目にしていたのは自分だ。


⦅おい。どこまで話す気だ⦆

間髪入れずマティアスの念話が飛んでくる。


⦅事実しか話していないが?⦆

⦅その事実の出どころが問題だと言っている⦆


ルーカスはマティアスの念話などまるで届いていないような顔でリーンベルへ向き直った。


「リーンベル先生。フローラ先生の私物は、今どこに?」


「え……あ、ここの倉庫に。私が整理して……その、こちらへ移る際に全部運び込んで」


「上出来だ」

ルーカスは、にやりと笑った。


「案内してください。彼女にとって必要なものが残されているはずです」

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