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第1話 ごみ山の神威(一)

77話くらいまで書き溜めてあるので、さくさくいきます。

朝の街は、いつも少しだけ錆の匂いがした。


それは、鉄が古びて朽ちていく匂いではない。


人間がもう作り方を忘れてしまった金属が、雨に濡れ、風に晒され、それでも壊れきれずに残り続けている匂いだった。


サトは肩から提げた工具鞄を背負い直し、街の東門を出た。


背後では、まだ眠そうな街がゆっくりと動き出している。パン屋の煙突から白い煙が上がり、井戸端では女たちが水桶を並べ、通りの端では子どもたちが、古い歯車を転がして遊んでいた。


その向こうに見えるのは、瓦礫のような機械が集まった山。通所ごみ山だ。


旧世界の遺跡。


遺跡と呼ぶには崩れすぎていて、建物と呼ぶには大きすぎる。根元の半分は森に呑まれ、上層部は何十年も前の落雷で黒く焦げてちる。今にも崩れ落ちそうだが不思議な均衡で保っている。今も時折、青白い線が走ることがある。


精霊流。


この世界の深いところを流れる、見えない力。


旧世界の機械はそれを利用していた、と言われている。


言われている、というのは、つまり誰もよくわかっていないということだった。こんな片田舎の辺境に歴史書などあるはずもなく、ましてや歴史を学べる場所などあるはずかなかった。


少なくとも、サトにはわからない。


精霊流の流れを読む者はいる。


神殿の巫女や、山奥の古い一族や、あるいは生まれつき精霊に近い者たち。


だが、サトはそういう人間ではなかった。


彼にできるのは、旧世界の機械が残した記録を読むこと。壊れかけた装置の癖を見抜くこと。遺跡の壁に刻まれた古い図面を睨み、変異した獣の通り道を調べ、動かなくなった機械を叩いたり、なだめたり、時には祈ったりしながら、どうにかもう一度動かすこと。


つまり、精霊を読むのではなく、精霊に触れた“跡”を読む仕事だった。


「サト、遅いぞ」


ゴミ山の入口で、先に来ていた作業員の男が手を振った。名はロッカ。背が高く、いつも眠たげな顔をしているが、力仕事になると誰よりも頼りになる。


「遅くない。鐘が鳴る前には着いてる」


「鐘が鳴る前に来るのは、遅いって言うんだよ。観察士なら、日の出前から遺跡に張り付いてるもんだろ」


「夜明け前の遺跡は寒い」


「正直だな」


ロッカはサトの背中を見て、ふと眉を上げた。


「……あれ。今日、ピッケルじゃないな」


サトは少しだけ得意げに、肩から下げていた細長い道具を掲げた。


黒い柄の先に、透明な結晶板が三枚。さらに先端には、針のような金属棒が伸びている。槍と測定器と物干し竿を足して、どこかで間違えたような形だった。


「今日は新作だ」


「また作ったのか」


「遺跡表層用の簡易探査槍、試作六号」


「名前が長い」


「じゃあ、槍でいい」


「雑になったな」


ロッカは呆れた顔でその道具を眺めた。


「ピッケルはどうした。お前、あれがないと落ち着かないだろ」


「今日は近場だし、奥までは入らない予定だったから置いてきた」


「予定だった?」


「予定は変わるものだ」


「お前が言うと不吉なんだよ」


サトは笑ってごまかした。


ピッケル。


それはサトが一番大事にしている道具だった。


見た目は、岩場を登るためのつるはしに近い。だが柄の内部には旧世界の端末が組み込まれており、先端からは細い接続針を伸ばせる。古い機械に直接つないで記録を読み、簡単な通電検査をし、時には護身用に軽い電撃を流すこともできる。そして、簡易だか精霊流から情報も抽出出来る優れものだ。


ただの工具ではなかった。


父の遺品だった。


サトの父は、街で一番の観測士。もとい旧世界機械修理屋だった。


壊れた水汲み機を直し、冬の暖房炉を直し、時には遺跡の奥から見つかった意味不明な装置を三日三晩眺めて、四日目の朝に「これは洗濯機だ」と言って本当に布を洗えるようにした。


サトにとって、父は最初の師匠だった。


そして、今もまだ越えられない壁だった。


だからピッケルは、ただ便利だから持っているのではない。


あれは、父が残した仕事の続きだった。


いつか、自分の手で父の道具を完全に作り替え、父の届かなかった場所まで行く。


そんな、少し大げさで、誰にも言えない目標の象徴だった。


「大事な道具なら、持ってくりゃいいのに」


ロッカが言った。


「今日は本当に簡単な調査だろ。遺跡外縁部の記録板確認と、変異した精霊鳥の巣跡調査。それから、壊れた排水制御機の様子を見るだけ」


「だけ、の量じゃないぞ」


「午前中で終わる」


「終わった試しがない」


痛いところを突かれ、サトは黙った。


遺跡の入口をくぐると、空気が変わった。


街の匂いが遠ざかり、代わりに湿った石と古い機械油の匂いが鼻に入る。崩れた天井から差し込む光の中で、細かい埃がゆっくり舞っていた。


床は石とも金属ともつかない灰色の板で覆われている。ところどころに穴が開き、壁には読めない文字と、ほとんど消えかけた図が残っていた。


サトは壁際にしゃがみ込み、古い記録板に指を這わせた。


表面はざらついている。中央にはひびが走り、文字の半分は苔に隠れていた。


「読めそうか?」


ロッカが後ろから覗き込む。


「少しだけ」


「何て書いてある」


「たぶん、立入禁止」


「入ってるけど」


「何百年も前の立入禁止だから、時効だ」


「そういうものか?」


「そういうことにする」


サトは鞄から小さな布を取り出し、記録板の苔を丁寧に拭った。旧世界文字のいくつかは、父から教わった。すべて読めるわけではないが、警告、電源、排水、危険、生体、隔離――そういった頻出語ならどうにか拾える。


記録板には、かすれた図面が残っていた。


ゴミ山の見取り図。


排水路。


そして、外縁部に描かれた小さな区画。


「……ここ、機械廃棄場だったのか」


「廃棄場?」


「旧世界の頃から、壊れた機械を集める場所だったらしい。今のゴミ山も、その名を残こしているのかもしれない」


「じゃあ俺たちは、ずっと昔のゴミ捨て場を、今もゴミ捨て場として使ってるわけか」


「歴史の継承だな」


「言い方がきれいすぎる」


サトは簡易探査槍を床の溝に差し込んだ。


槍の結晶板が、淡く青く光る。


この道具は、精霊流そのものを読むためのものではない。そんな高度なことはサトにはできない。


だが、旧世界機械の残留反応――つまり、精霊流に長く晒された機械が発する微弱な揺らぎなら、少しだけ拾うことができる。


反応は弱い。


ただし、遺跡の外縁部――廃棄場の方角だけが、わずかに乱れていた。


「北東側に残留反応あり。昨日より少し強い」


「危ないのか?」


「すぐ爆発するとか、そういう感じじゃない」


「じゃあ、どういう感じだ」


「……何かが、まだ動こうとしてる感じ」


ロッカは嫌そうな顔をした。


「その言い方、やめろ。だいたい当たるから」


その時だった。


遺跡の外から、金属を引きずるような音が聞こえた。


ぎぎ、と。


何か硬いものが、石に擦れる音。


作業員たちが顔を上げた。


「風か?」


「いや、外だ」


サトは槍を引き抜き、遺跡の裏手へ向かった。


遺跡の裏には、機械のゴミだまりがある。


街で壊れた旧世界機械、遺跡から出た不要な部品、使い道のわからない金属片。そうしたものが、何年も何十年も積み上げられてできた小さな山だ。


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