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ブレーメンの聖剣 第1章 胎動<下>  作者: マグネシウム・リン
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物語tips:リン

強化兵。部隊内認識番号1213。“リン”という名前はニケが考えた。由来はブレーメンの里に住む赤い羽で高い声で歌う鳥の名前から。戦いの中でもゆーも和を忘れない楽天的な兵士。

狙撃小隊“かしまし部隊”の隊長。階級は伍長(ごちょう)。狙撃技術については天賦の才があり、面倒見の良さもあってか部下の狙撃兵たちは戦果を上げてきた。

炯素(けいそ)でできた人工の体ながら遺伝子のドナーは皇キエ。声や外見は双子のような存在。

第11話

挿絵(By みてみん)


 ニケは飛ぶようにして黒煙が空を覆う街を走った。建物の屋上から屋上へ飛び移る。ビルが立ちふさがれば、窓を突き破って押し入り散らかった事務所を駆け抜けて次の建物へ飛び移った。

 眼下──避難地点へ走る市民たちと、それをゆっくり追いながら1人ずつ撃ち殺しているテウヘルの小隊に出くわした。

 ニケは空中へ飛び出した。空中で主刀を抜き、着地と同時に1匹の胴体を斬り裂いた。左のもう一匹は隠し刀を振り抜いて両脚を切断、返す刃で首を落とした。さらに2匹、抱えている機関銃の銃口を市民からニケに向けた。

 遅い。右手の主刀を投げて2つある心臓を同時に破壊し、もう1匹は拳銃で顔面に5発を撃ち込んで倒した。

「死ぬ気で走れ! この先に軍のバリケードがある」

 避難中の市民はニケに感謝の言葉を述べる暇すらなく、絡まる脚で必死に走り去ってしまった。

 先を急がなければならないのに──見捨てることはできなかった。リン。どうか無事でいてくれ。

 2振りの刀を鞘に戻すと、先を急ぐため建物のの屋上へ予備動作なしに飛び乗った。

 いた。繁華街の近く、ビアガーデンに挟まれた道路で100名程度の市民を護衛している小隊だった。別部隊の強化兵が混ざっているが、その中の2人はリンの狙撃小隊の最後の2人だった。顔も耳のタグに刻まれた識別番号もよく覚えている。しかしリンの姿が見当たらない───いやそんなわけない。

「味方だ! そっちに降りるから撃つなよ」

 ニケは一旦、放置された車両の屋根に着地し、それから地面に立った。群衆は突然のブレーメンの来訪に希望と驚愕の入り混じった表情を見せている。

「た、隊長!」

 リンのかしまし部隊の一人だった。

「リンは無事、なんだよな」

「はい、たぶん」

 たぶん? どういう意味だ。胃に重い石が落ちた感覚があった。

「まさか?」

「いえ、無事です。最後に見たときは、そうでした。リン隊長、孤児院に子どもたちが残されているって聞いて、ひとりで行ってしまったんです。私たちには市民の護衛を任せて。私も助けに行きたかったんですがはぐれ(・・・)テウヘルが現れてここを離れられないんです」

「そうか、わかった。孤児院の場所は?」

 市民の方を見ると、そのうちの一人が通りの名前を教えてくれた。表通りに面している古い建物で行けばわかる、とのことだった。

「この先にテウヘルの部隊はいない。移動速度を上げるんだ」

「わかりました、隊長」

 ニケは避難民の一団に別れを告げ、道路を風のように走った。

 敵発見。道路に放置された車両の間を、機関銃を携えているテウヘルの小隊が2つ。散弾銃は幸いにして、なし。ニケの姿を見るなり、ほとんど反射的に全員が一斉に銃口を向け引き金を引いた。

 大口径の銃弾は放置車両、街路樹、ベンチ、公衆電話を滅多打ちに破壊した。しかしそのどの弾丸もニケをかすめることさえしなかった。

「邪魔だ! どけ!」

 義式の剣術は間合いに飛び込むところから始まる───銃撃が始まるよりはるか以前にニケは先頭のテウヘルの足元まで肉薄していた。瞬きの間に5度その胸を主刀で貫き、そして身を翻して左隣の車の向こうの1匹の背後へ移動し、背中を向けたまま隠し刀で首を()ねた。

 主刀を順手(じゅんて)で、隠し刀を逆手に構える。ニケは車の屋根から屋根へ飛び移りながらテウヘルの首を刎ねて回った。テウヘルの機関銃の銃口は影のように動くニケを捕らえられないままだった。

 道路にはおびただしい量の緑色の鮮血と内臓がぶちまけられ、生き残ったテウヘルも重傷でその場にうずくまった。

 ニケが刀を軽く握ると返り血が霧散した。そして斬った敵に振り返ることなく疾走した。

 教えられた通りは、大通りから一本中に入ったところだった。レンガ積みの古風な家が並び、今は使われていないガス灯がオブジェのように並んでいる。

 見ればわかる───その通りだった。古い学校か病院を改装した建物で、周囲より頭一つ高かった。そしてその出入り口では、大口径の弾丸で上半身の消えたテウヘルの死体が転がっていた。

 リンがいる。しかしテウヘルの血のニオイも濃い。ニケは主刀を引き抜いて、半壊した孤児院の門をくぐった。

 入ってすぐに水の枯れた噴水と、よく手入れされた庭園があった。戦地に似つかわしくない赤や黄色の花々が咲いている。テウヘルの足跡が建物の入口から上階の階段に続いていた。角を確かめながら、木製の階段で音を立てないよう、ニケは静かに上がった。

 廊下にはぶち撒かれたテウヘルの緑の鮮血や臓物が転がっている。壁には大口径弾で撃ち抜かれた穴、そしてリンが持っていた拳銃の薬莢も落ちている。ニケは気持ちが焦るままに任せて足を早めた。

 角を曲がった先───うごめく3つの黒い影。短い黒い体毛に覆われたテウヘルが3匹。そしてその足元でぐったりと血を流して動かないリンの姿があった。

「くそ、クソクソクソがぁ!」

 叫び───絶叫。青く輝く剣筋が光の速さで1匹目の背後から心臓を突き刺し破壊し、その醜悪な体は蹴飛ばされ窓枠を破壊して階下へ落ちた。

 2匹目──隠し刀を抜きまっすぐに振り下ろしてその両手と機関銃ごとを斬り裂く──胸に深々と2振りの刀を突き刺してとどめを刺した。

 背後──テウヘルの巨体が銃床をニケに振り下ろした。頭から肩にかけて鈍い衝撃が伝わる──ニケにとっては生ぬるかった。

「それだけか、犬っころ」

 振り向いた瞬間──辻風(つじかぜ)のように風が舞った──その数秒後でテウヘルの首、腕、脚それぞれがばらばらになって崩れた。

 ぱちん、と刀を鞘に納めるとニケは血の海に沈むリンに歩み寄ってか細い体を抱え上げた。複数の銃傷に右目と左耳からの出血。

「リン、しっかりしろ! 助けに来たぞ」

 まだ息はある。強化兵用の体液を投与すれば命がつなげる──それなのに、救護班のいる前線まで運ぶには時間がかかりすぎる。

 傷口を押さえても、熱い血液が心拍に合わせて吹き出て止まらない。くそっ、なにか手段は無いのか───。

「……ニケ?」まぶたが薄く開かれた。「あたしさ、がんばったよ。へへへ。褒めてほしいな」

「ああ。ああ、よくやった、リン」

 色素の薄い髪をなでてやった。赤い左右非対称(アシメ)もニケの指の動きに合わせてはらはらと動いた。

「あたし、この気持ちの意味、最近わかったんだ。あたし、ニケのことが好き。大好き。一緒にいたい。ホノカちゃんやシィナちゃんに負けないくらい、ニケの、ことが好き。さいごに会えて、よかった」

「ああ、俺も。大好きだ、リン」

 しかし───返事はそれ以上なかった。柔らかな頬の血色はみるみるうちに黄土色に変わり、手足も力なくだらりと下がった。体は熱いままだったがもう血は流れて来ない。

 ニケは、その遺体をぎゅっと抱きしめた──救えなくて、ごめん。ごめん。ごめん。

 彼女に出会ってから今までのことがすべて思い出された。地獄のような戦場にあっても彼女だけが唯一の希望であり生きる意味だった。今の今までその意味を理解できなかった。戦争なんて早く終わってほしい。いつも考えていたことだった。それは、争いのない世の中で彼女と一緒に過ごしたかったからだ。銃も硝煙のニオイもない世界で普通の暮らしを送りたかった。

 彼女のいない世界に意味なんて、見つけられるのか。

 がちゃり。複数の足跡と物音が聞こえた。ニケは反射的に拳銃を構え、リンの遺体を抱き寄せた。

 扉の前には椅子やテーブルがバリケードのように外側(・・)から築かれていた。その扉の隙間から、小さな子どもたちの瞳が輝いているのが見えた。

 ニケは銃をホルスターに戻すと、

「や、やぁ」

 どういう言葉をかければいいのだろうか。ニケはそっとリンの遺体を横にすると、バリケードをどけて子どもたちを出してやった。人数は14人。5歳から10歳ぐらいの子どもたちだった。

「すぐここから離れよう。避難するんだ。走れるかい?」

 泣いた涙の跡のある小さな子どもたちはふるふると首を横に振った。しかしその中でも年長の女の子が鍵を差し出した。

「これ、園の車の鍵。みんなで乗れるよ。逃げるときに事務室から取っておいたの。園長先生、まだ来ない」

「あ、ああ。よくやった」ニケは鍵を受け取りながら、「シャベルも借りれるかい?」

 ニケはリンの遺体を抱えて孤児院の中庭へ出た。途中、宿舎のシーツを1枚もらいそれでリンをくるんでやった。よく手入れされた花壇の横にそっとリンを横たえると、シャベルで深い穴を掘った。ブレーメンの力を持ってすれば5分とかからず、リンのための小さな墓穴を掘ることができた。

 白いシーツにくるまれたリン。横には彼女の巨大なライフルもそえられている。ニケは最後にその顔をもう一度、なでた。

「リンのがんばったお陰で子どもたちは助かった。これはリンが残した希望だ。よくやった。俺が後を引き継ぐ。いままで、お疲れ様、リン」

 最後に耳の認識タグをナイフで切って回収した。これでもう強化兵じゃない、人格ある一人の人間としての最期だ。

 墓穴を埋め戻しながら、子どもたちはじっと光景を見守っていた。

「大人たちが逃げていくのに、このお姉ちゃんだけ戻ってきてくれた」

「悪い奴らが来るからじっと隠れていなさい、って」

「ありがとう、お姉ちゃん」

 涙ぐむ子どもたち──その中で年長の女の子がニケにハンカチを差し出した。

「はいこれ。お兄さん、涙を拭いて」

 泣いている? 気づかなかった。泥と血のこびりついた指先で自分の顔をにふれると、その指先はしっとりと濡れていた。死に慣れていたはずなのに。まだ感情が残っていたなんて。

「さぁ、君たち。車に乗るんだ。早くここから逃げないと」

 まだ戦いは終わっていない。

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