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物語tips:多脚戦車
テウヘルが運用する戦闘機械。4つの盾兼脚で歩行し大口径の砲弾と地面との間に対歩兵用の機関砲を持つ。連邦軍の重戦車と違い、装填から照準、射撃まで自動化されている。戦闘支援OSが搭載され知能の低いテウヘルでも難なく運用できる。
動力は半可塑性炯素と呼ばれる有機物で作られた人工筋肉で、これが燃料と動力部を兼ねている。便利な分、非常に不安定で僅かな攻撃さえ当たればたちまち炎上する。しかし装甲は厚く、榴弾が効かない。盾が攻撃の妨げになるため徹甲弾もなかなか当たらない。
速力は連邦軍の戦車に及ばず、また市街地戦闘においても瓦礫の中を動き回れる反面、上部はがら空きなため梱包爆薬や対戦車兵器の餌食になりやすい
ルガー:露払いを務める通常型。 ワルサー:兵員輸送型。六脚でサイズが大きく鈍重。天蓋の無い物資輸送タイプもある。
ニケは持てるだけの武器を持ち背の高いアパート群の間を走り抜けていた。自分が使う武器じゃない。仲間の兵士たちが使う予定の弾薬を背嚢いっぱいに詰めてブレーメン持ち前の体力で、これを持ったまま戦っていた。
丸1日がたった。
アパートに囲まれた公園で、野戦砲がひしゃげで燃えていた。長く重い砲身は途中から吹き飛んでアパートの壁に突き刺さっている。
上空では雷の遠鳴りのような風切り音が聞こえる。まだ遠い。しかしこの大都市のどこかに落ちた。その爆心地の悲劇は──慣れきってしまって心がもう動かない。
三叉路を右手に曲がると、右往左往する市民たちと、それを囲む部下の歩兵、警察、退役軍人の自警団が大声で指示を出していた。大人たちの怒鳴り声、子どもたちの鳴き声、そして爆発音。
「荷物はカバンひとつまでです」
「避難先では水と食料が提供されます」
「大丈夫、避難列車もフェリーも十分に確保されています」
「道は渋滞しています。車は使わないで」
違う。そういうように言われただけだ。ここにいる兵士たちも、戦闘の全体像が掴めていない───ニケ自身も。
昨日の早朝、いつも通り夜明けより早く目が覚め、濃いめのアガモール茶を飲みながらニケは司令部より渡された作戦指示書を見ていた。宿舎として徴用されたアパートにマットレスを敷き詰め、1階が女性、2階より上全部が男性用と分かれている。ニケはその最上階のベランダで地平線が白むのを眺めていた。
作戦指示書によれば、十分量にかき集めた機甲師団で敵前線を突破、その後挟撃を行うという基本的だが効果的な作戦だった。楔部隊はそれに先行して少数で敵前線を突破、後方を撹乱する予定だった。
しかし攻撃を先んじたのはテウヘルの機甲部隊だった。東の地平線に太陽を背に現れた大群は、最初の砲撃でピンポイントに作戦司令部を破壊した。
部下には武器だけを持たせ後ろの陣地へ後退させた。背後では街の東側に集められた機甲部隊が撤退の盾になっているのが見えた。
指揮系統では作戦を引き継ぐのは後方の補給基地にいる輸送部隊の少佐だったが、そこから届いた命令は撤退だった。しかも平文で全部隊に伝達したせいでそれを傍受していた市民から市内に混乱が広がりシーウネから西の大都市オーゼンゼへ逃げ出そうとする市民で大混乱に陥った。
ニケたちの楔部隊は街の東側からテウヘルの尖兵を押し返しつつ、街の反対側へ市民を避難させる役割を担っていた。
ニケ、リン、ラルゴ、シィナそれぞれに分隊を分け、隣り合う通りの家々やアパートの市民を工業用の埠頭へ向かうように指示を出している。命令によれば、そこにかき集められた内航船やフェリーが横付けされ、運河を通じてオーゼンゼや北海に出られる───はずだった。逃げられる確証はない。
シーウネの人口は約100万人。難民も含めたらもっと膨れる。兵士だけでも第2師団の主力が展開している。それを1日やそこらで列車やフェリーだけで避難させられるわけがない。
「どうした? 何かあったのか」
ニケは群衆の手前で頭を抱えている強化兵の6119に訊いた。
「うっす、隊長。避難したくない市民が文句を言っているんです」
またか。もう何度も見てきた。よくよく見てみると、中年の男性がふたり、いがみ合うようにして向き合っている。大人数のグループに対して少人数のグループが道を塞ぐようにして立っている。
「昨日俺は見たんだ! 北区の連中がテウヘルに保護されながら連行されるのを。水も食料もあったし暴力もなかった。それに奴らの指揮官らしい犬頭は温厚に喋っていた」
「そんなこと信じられるか! だったらなぜテウヘルは戦争なんておっぱじめたんだ。東の都市はあちこちが焼け落ちてる」
「そりゃおめー、軍がいるからだ。軍が武器を持ってるからテウヘルだって銃を持たざるをえないんだ」
まずい。砲撃の着弾音が近づいてきている。多脚戦車の発砲音も近づいているようだったが背の高い建物の間で反響して位置がつかめない。
「何をもたもたしているんです。逃げないと殺されますよ」
ニケは群衆の中をかき分けて進み、降伏を進言した中年男性に相対した。ニケより背が高く大柄だった。
「ブレーメンなのか。なぁ、あんたならわかるだろう。負ける戦いをしたって意味がない。逃げたところでテウヘルはオーランドの王宮を落とすまで止まらない」
「たしかに、それもひとつの手ですね」背後で不安そうな市民の声が広がった。「テウヘル、彼らは新人種と称していますが、穏健派と急進派に分かれています。運が良ければ保護してもらえますがそうでなければ問答無用で射殺されます。自分にはそれを見分けかねるので、ここは逃げてください」
すぅと中年男性の顔の血の気が引いた。ブレーメンだからといってその言葉を信じることに驚いたが、もはや逃げようとする市民を止める気はなさそうだった。
その時、三叉路のアパートの上階から携行ロケット弾が放たれた。白い発射煙を残し、通りの反対側で炸裂した。監視中だった擲弾兵部隊からハンドサインが振られる。
「ルガーです!」
6119が緊張した面持ちで叫んだ。
「くそ、殿で残してきた分隊から報告がなかった」
ニケが踵を返したときだった。ルガーの滑空砲がアパートの上階と擲弾兵たちをまとめて吹き飛ばした。そしてその瓦礫がちょうどアパートから出てきたひと家族を押しつぶした。
悲鳴───混乱───怒号。
さっきまで押し問答していた市民たちは一斉に駆け出した。
「走らないで! 大人は子供と老人を抱えて。砲撃の被害を避けるためあまり固まらないで」
どれだけの耳に届いただろうか。通りのあちこちから逃げ遅れた市民たちが道路に飛び出し走っていく。爆風で割れたガラスのせいで、道には点々と血痕が残っている。
「いくぞ、6119」
「うっす。この身に代えてもルガーを止めてみせます」
「それは俺がやる。分隊を率いて路地を見張るんだ。テウヘルが小規模で侵入するかもしれない」
6119と新兵の強化兵たちはライフルを構えて身をかがめて路地を進んだ。一方でニケは左腰の主刀を抜き、地面を蹴った。
通りの先、ルガーが2両いた。盾兼脚部が生き物のように動いている。その足元には機関銃を携えたテウヘルと、面倒な半自動散弾銃を構えた兵士もいる。ブレーメンがシーウネに駐留していることはすでに承知の上のようだった。
ニケがさっと横に飛び退き、市場に駆け込むとさっきまで立っていた場所に、地面を耕すような銃弾が降り注いだ。
市場を姿勢を低くしブレーメンらしい脚力で走る。そして隣の商店へ飛び込んだとき、ルガーの砲撃と重機関銃の攻撃が到来し、市場は一瞬で瓦礫に落ちた。
足を止めるわけには行かない。すぐ背後で重機関銃の火線が迫っている。一日中戦い続けた疲労は、ぎゅっと刀を握るとたちまち消え頭も冴えてきた。
ニケは商店の窓から隣の建物の窓へ移動し、そして通りに飛び出した。駐車されたままのトラックの死角から飛び出し、たちどころに主刀で2匹を斬り伏せ、背後に迫る1匹を逆手に握った隠し刀で突き刺して解体する。
ニケは主刀を上空に放り投げる。日の光を反射した刀身は青く輝きテウヘルたちの赤い目を引き付けた。そのテウヘルの群れへ残像を残すようにして駆け抜ける。すれ違いざまに隠し刀を振るい手足を斬り落とし、ニケは放り投げた刀を空中でつかむと最後の1匹を胸から腰へ飛び降りながら切り裂いた。
足元で行われている一方的な虐殺に、ルガーは地団駄を踏みながらごそごそ動いている。ニケはルガーの側面を切り裂くとその隙間から焼夷手榴弾を押し込んだ。たちまち手榴弾は真っ白な炎を上げながら燃え、そして動力兼燃料の半可塑性炯素に引火して爆散した。
2両目のルガーはそそくさと撤退しようとしていたが、ニケがその砲身と脚部を斬って行動不能にした。おろおろと出てきた操縦手は中距離からのライフル射撃をきめ、倒れて動かなくなった。
ずっとだ。ずっとこの調子。殺しても殺してもテウヘルが湧いてくる。そしてここより向こう側にどれだけの市民が取り残されているのか見当もつかなかった。破壊されたルガーの脚部にはまだ新しい赤い血がこびりついている。何が起きてたのか想像できる。
自分がやはり小さな存在だと思い知らされる。どれだけ剣術を極めようとも、常に先を読み戦闘に勝利しても、結局この戦争の帰結には大きな影響を与えない。
ニケは、まだ息のあるテウヘルの首を斬り落とし介錯する───おもしろくもない───ぱちん、と2振りの刀を鞘に収めた。そして6119と合流し、避難中の市民グループに付き添った。
「こっちは被害がなしっす。迫撃砲の運用部隊がいたのでそれを叩きました」
「よくやった。出会ったばかりの兵士たちだが、よく動いてくれる」
「ええ、もちろん。俺たちは、強化兵っすから」
半日前 撤退中に指揮官のいない強化兵の小隊と合流した。生まれたばかりの新兵ばかりでこれが初陣だったが、よく働いてくれている。
避難場所の埠頭はぎっしりとヒトで埋まり身動きが取れない状態だった。燃料の精製プラントのすぐ横なのでどうも落ち着かない。運が良かったのは、雨季で運河の水位が上がっていたことだった。北海を航行するフェリーや巨大なコンテナ船も埠頭に列をなして接岸している。コンテナ船は運河に荷物を投棄しながら、仮設のタラップを下ろして、子供とその親を優先して乗せていく。一方ではオーランドやオーゼンゼのナンバープレートを付けたトラックやバスが列をなし、人々をできる限り乗せては出発していた。
もしかして──突然の撤退命令に怒りながら戦っていたが、もしかしたら事前にそういう手筈になっていたのかもしれない。戦術的とも思えない戦闘と時間稼ぎばかりだが、何か方策があるのか。
最初に思い浮かんだのはキエの顔。そして野生司少佐だった。増援の申請をしたっきり何日も連絡が取れていないが、まさかこれも作戦のうち?
やめよう。そんな推測は意味がない。
工業プラントの外側で待機していたら青1&2の分隊が現れた。ぞろぞろと数百人の市民を連れている。
「ただいま帰りましたボス。いっぱいテウヘルを撃ちましたよ」
「無事帰りました、ボス。いっぱい爆弾を投げましたよ」
ふたりは空の弾倉をニケの背嚢に押し込むと代わりに弾の詰まった弾倉と弾薬箱を一抱え取り出した。彼らの部隊も新顔の強化兵が数名まじっていた。ブレーメンがめずらしいらしくニケをじろじろと見ている。
「なにかトラブルはなかったか?」
「トラブルだらけっしょ、ボス」「飯さえおちおち食ってられない」
ふたりは弾帯の隙間からレトルトパウチを取り出して2日分の栄養に相当するゼリー状態の栄養素をずるずるとすする。体力がヒト以上な強化兵は摂取するエネルギーもヒト以上だった。
「腹が膨れたらもう一度行動だ。動ける兵で小隊を作り避難の護衛をする」
青1&2から生返事がきた。いつも気丈なふたりが本当に疲れている。
「そういえば」青1が言った。「軍は信じられない。だからテウヘルに投降するんだっていうのがいたなそういば」
「ああ、あのハゲのおやじだろ」青2が言った。「シギカイ? ギイン? とかなんとか威張り散らしてて」
「で、どうしたんだ?」
「俺たちの指示を無視して反対側に歩いて行ってしまって。それに付いていくのも何人か。そう睨まないでください、ボス。俺たち強化兵を生き物扱いしないクソ野郎を助けてやる義理は無いっすよ。それとも縄で縛ってでも連れてきたほうが良かったっすか」
「いや、いいんだ。ゆっくり休んでてくれ」
次に埠頭に到着したのはラルゴたちの部隊だった。複数のバスに病人や子供、老人を乗せ、健康な人々はその後ろを歩いてやってきた。
「少し被害が出たか、ラルゴ」
「ああ。待ち伏せだ。少数だが先回りされていた。兵士だろうが市民だろうがみさかなしに撃ってくる」
バスの方をみやった。病院のロゴが入っているバスで、弾痕や割れたガラスが生々しかった。負ったばかりの傷口を抑えている者もいる。
「あーそれでな、ニケ。シィナの部隊と合流できてなんとか助かったんだがな」
「何かあった?」
「シィナが、その、負傷して。いや、本人は大丈夫って言ってたんだが……」
ラルゴが言い終わるよりも先に、バスから看護婦に付き添われて降りてくるシィナが見えた。頭の左側に分厚く包帯を巻き、それでも血が滲んでいる。長い鋭角的なツインテールの髪も左側は短くなり、右側も焼け焦げていた。服にも乾いた赤い血がべっとりと付き、尋常ではない出血量だとわかった。
「シィナ!」
ニケは一目散に駆け寄った。貧血のせいか目の下にクマができている。血をまだ拭き取れておらず首筋に流れた跡が残っていた。
「そんな、怖い顔しないで。私は大丈夫だから。まだ戦えるから見くびらないで」
しかしシィナの視線は胡乱なまま焦点があっていない。ニケはシィナの体を重そうに抱えていた看護婦に変わってその長身を抱えあげる。
「命に別状はありません。外科医の先生が応急処置をしました」疲れた顔の看護婦が言った。「散弾銃の銃槍なのに破裂したような傷跡で。左耳と左目の再建は難しいかと。左側頭部の広範囲の火傷と頭蓋骨骨折。ヒトなら助からない傷でしたが、出血は自然に収まりました。先生は、ブレーメンの生態に詳しくないと言っていましたが、ひとまず安静にしていれば助かる可能性は高い、とのことでした」
「目がうつろなのは、脳震盪?」
「いえ、鎮痛剤です。ブレーメンには効かないのでアルコールと一緒に基準値の倍を投与してあります。なので、絶対安静です。お願いしますね」
看護師はそこまで伝えると、他の患者に寄り添って避難する市民に加わった。
シィナはぐったりとして、心拍数も遅かった。しかしそれでも長大な大太刀を離そうとせずぎゅっと握ったままだった。ニケはシィナを抱えあげると、なるべく頭を揺らさないようにして、青1&2が確保した工場のガレージへ運び入れた。皆が道を開けてくれ、ダンボールを敷いた床にゆっくりとシィナを寝かした。
ニケは自分の着ていたレインコートを丸めてシィナの頭の下に置いてやった。細く開かれた目と目が合った。
一番恐れていた事態だ。シィナを寝かせた後で手が震えているのがわかった。ごまかすように握りしめてみたが、今度は体の方に震えが伝わってくる。
震える手でシィナの手をつかんだ。弱々しかったがそれでも握り返してくれた。
「シィナ、よくやった。よく戦った。後は俺に任せてゆっくり休んでいてくれ」
「私……私ね」声が小さかったからニケは耳を近づけた。「あんたは、私のだから」
シィナはそれ以上言わず、寝息を立てて寝始めてしまった。
彼女の痛々しい姿に、兵士たちも遠巻きに眺めたまま声をかけようとしてこない。
「ニケ、すまねぇ」
「ラルゴの責任じゃありません。今は作戦を、市民の避難が最優先です」
「お、おお、そうだな。丸1日動きっぱなしで流石に疲れが回っている。後方にいた別部隊の強化兵と退役軍人のおっさんが数名加わってくれた。これでひとつ部隊が作れるはずだ」
ラルゴはポケットから出した手帳を皆がらそれぞれの役割を書き込んでいく。しかし兵士たちの顔色は良くなかった。寝不足とか空腹とか疲労とか、そういうのではない。しかし絶望している者もいなかった。体に染み付いた癖で、ライフルを握り空になった弾倉に弾丸を詰める。希望はないがすべき責任はそれぞれがわかっていた。
「まて、人数が足りない。リンの部隊はどこだ?」
「リンの小隊は118通りに展開していたはずだ。たしかに遅いな」
心がざわつく。そんなはずはない、と思いたかったが確証がなかった。立ち上がると同時に武器の詰まった背嚢がすとん、と地面に落ちた。
「俺は───」
「行ってこい。ここにいる兵士たちは俺に任せろ。助けられるのはお前だけだろうからな」
「ありがとう、ラルゴ」
ニケは余分な弾薬やライフルをラルゴに預けた。そして予備動作なしの跳躍でガレージの天井へ飛び出すと、リンの小隊がいるはずの方角をじっと見た。




