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ブレーメンの聖剣 第1章 胎動<下>  作者: マグネシウム・リン
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物語tips:外見的特徴

ヒトは赤みがかった肌か日焼けした褐色の肌をもつ。瞳は濃い青色が多い。髪は赤みがかった黒が多い。金髪は珍しいが色はくすんだ黄色に近い色をしている。大体はパーマやくせっ毛が多い。黒い直毛はかなり珍しい。髪を染めていたらその限りではない。

ブレーメンは肌が青白く、日焼けをしない。若草色の瞳で独特の虹彩を持つ。髪は濃い茶色系。男女ともに髪は長く伸びやすい。

強化兵は、一般人と見分けるために髪も肌も瞳も色素が薄い。DNAドナーと外見的特徴は一致する。

挿絵(By みてみん)

フラン・ラン 反回帰(かいき)主義者の生命応用工学のエキスパートで極端な功利主義者

† 

 野生司(のうす)マサシはオーランドから隣接するスコイコ市へ移動中だった。士官用の車両で運転手付き。ふかふかの座席に右にも左にも揺れない高級セダン。

 軍務省を出るときに通信官から渡された山のような電信を時間ごとに読み解く。

 南部の第3師団はすでに組織的な抵抗ができていない。そもそも開戦以前からブレーメンの東部部族を剣奴(けんど)として戦線に立たせ、当の軍人たちはせっせと権益の鉱山や街の“合法的な”賭博場運営に必死だった。

 戦闘の混乱のさなかブレーメンが逃げ出せば戦線を維持できないし、形だけの軍隊だけではそう長くは持たない。今や都市ごと鉱山街ごとにゲリラ戦を展開している。獣人(テウヘル)の部隊は何の障害もなく南からオーランドへ接近しつつある。

 問題は──大陸南部のブレーメン自治区との街道をテウヘルに奪われたこと。1人で1000人の兵に匹敵するブレーメンの剣士を、もうこれ以上望むことはできない。

 大陸北部の第1師団はそもそも用兵がなっておらず、わざわざ手すきの(くさび)部隊を増援に向かわせたのにプーカオ=ネインを失った。先日の生物兵器騒ぎで師団長が亡くなり、後任は無能ですでに3人目だ。無作為な戦力の逐次投入(ちくじとうにゅう)で強化兵のみならず一般兵まで死屍累々。地帯戦術(ちたいせんじゅつ)すらままならない。

 第2師団は──自分の所属を擁護するわけではないが──砂漠と湿地帯のお陰でテウヘルの侵攻が遅かっただけだ。巡空艦が何隻も落とされ街と街は、南北から流入するテウヘル部隊により孤立。シーウネ防衛戦力は後方のオーゼンゼへ撤退目前……ばかな。難民含めて100万人の市民と一緒に撤退なんて出来っこない。

 ニケ君とリン君は──電報を見る限り五体満足のようだ。ニケ君の言葉で追加の兵器と兵士を要求している。それはどうにもならない。軍務省の本懐は、残る戦力をオーランド外周に集結させる。3桁区の市民には武器を渡し素人であろうと兵士として酷使しようとしている。

 パタン。マサシは書類の入ったブリーフケースを閉じた。

「ワシがなんとかするから黙って見ていろ」

 今朝の会議で軍務省のお偉方、それから侍従長にむかって言い放った言葉を復唱した。まるで魔法の呪文のように腹の底から力が湧き、かつて戦場で散った想い人を続いて連想した。

「少佐、到着しました」

 軍用車のドライバーが半分だけ振り向いて言った。スコイコ市の王立工廠(こうしょう)は3重の有刺鉄線と憲兵隊の兵士によって守られていた。マサシは検問を顔パスし、重厚なコンクリートの掩蔽壕(えんぺいごう)からエレベーターに乗りさらに下層を目指した。

 ヒトの祖先は宇宙から来た人類の末裔(まつえい)だ。捕虜(ほりょ)のテウヘル将校(しょうこう)から言われたときは尋問(じんもん)用の遊び文句だと思っていた。しかし歴史の教科書も史跡も、その前提知識からすれば矛盾だらけだったし、この旧時代から秘匿(ひとく)されてきた施設の鍵を亡きデラク=オハンから渡され、侍従長(じじゅうちょう)から王宮地下の巨大ロケットの閲覧(えつらん)が降り、疑念は確信に変わった。

 だが、それがどうしたというのだ。自分たちが火星人か木星人の末裔であろうと、今は犬面のテウヘル(人造生物)と戦争している事実に変わりはない。

 エレベーターホールを降りると、やはり現代の技術ではない重厚な扉があり、電子キーをかざすことで、中央銀行の大金庫のような扉が開く。減圧されたその奥の空間では連邦(コモンウェルス)中から集められた技師たちが昼夜を問わず作業していた。

 マサシは彼らのじゃまをすることなく、足音を立てずパイプ配管がむき出しの背の低い通路を進む。

「フラン・ランの研究室」

 なんとも場違いな丸い筆跡の札がドアにかかっている。マサシは2回、そのドアをノックした。

「ワシだ。フラン君、入ってもいいかね」

「え、ええ、どうぞ。時間どおりですね。へへへ、地下だと時間感覚が無くなってしまって」

 ドアが薄く開けられ、珍しい黒い長髪とテウヘルのような耳が生えた研究員が顔を出した。

 フラン・ラン。名字がランで名前がフラン。1桁区の貴族出身者の命名規則はややこしい──貴族やら貴族院という組織もこの惑星の入植を主導したエンジニアたちとその末裔であることが原因らしかった。フランのあの耳は、まだ治すことができていないらしい。

「少佐、いまお茶をお淹れしますね」

「いや、お構いなく。今日は進捗状況を確かめに来たんだ」

 マサシは手近な丸椅子に腰掛けた。天板部分が薄いアルミ製の安っぽいやつだ。

「し、進捗ですか。それはもう、順調です」

 嘘だ。何か隠している。順調とか万全とか、即答する者には隠し事がある。軍務省内の権力闘争で学んだノウハウだ。

「具体的に?」

「ああ、あの、順調です。ホントです。濃度は10%、臨界実験も成功しています」

 フランが指さした先──ポリカーボネイト製のゲージの中に、黒く蠢くナニかがいた。

「あれは?」

「ネズミです。ネズミだったナニかです。施設の地下で見つけたネズミで、月齢はおよそ18ヶ月、体重は……」

「ワシはネズミの生理学には興味が無いんだ、フラン君」

「あわわ、すみません。ボク研究のことになるとつい……少佐の兵士が、ボクといっしょにアレンブルグから回収した侵食弾頭(しんしょくだんとう)の設計図なのですが、ボクの専門の生命応用工学と基本理論が同じなのです」

 フランはかかとを引きずりながら移動して透明なボードの前に移動した。小難しい方程式やグラフが右上から左下までぎっしり殴り書きされている。

「ボクの専門の生命応用工学では命のあり方を科学的に分析し外的要因によって身体強化をします。この惑星への入植以前から続く、数十万年に渡って繰り返した入植の遺伝子改変と遺伝子の劣化を防ぐことが目的です。ほら、ボクたちヒトはブレーメンと比べると非常に貧弱で寿命も半分しかないでしょ? こちらの式が一般的なヒトの遺伝子。そしてこちらがブレーメンのような完璧な種族の遺伝子。本人たちは神に見初(みそ)められた、なんて言いますけど、神なんてものはありません。進化とは偶然であり結果です。必然性はありません」

 フランは図式を指さしながら必死に説明している。しかしその話の1%も理解できない。しかしこれから続く話のために、この冗長な説明が必要なのだろう。

「フラン君。君が懸念するのはどこなんだい?」

 なるほど。侵食弾頭(しんしょくだんとう)の開発はうまく行っている。彼女が懸念しているのはそこ以外だ。

「例えば、です。少佐、爆薬の仕組みはご存知ですか」

「ああ、一兵士だったころはよく使っていた。可塑性爆薬。電極を差し込み、あとは遠隔式か有線式の電気信号で爆破する」

「え、ええ。そうです。爆薬は瞬時に燃焼し、化学エネルギーが変換され熱が生み出されそれが兵器として利用されます。つまり爆薬自体が安定的な高エネルギーを維持しそれが瞬時に変換されます。しかし侵食弾頭(しんしょくだんとう)はそれとは逆。弾頭自体はエネルギーを保持していません。それが石であれヒトであれ、それ以外のものを瞬時に分解してしまいます。そしてそこにエネルギー放射が起き壊滅的な被害が出ます。わかります?」

「いや、まったく」

 フランがふるふると震えた。犬の耳がせわしなくきょろきょろしている。

「熱力学に反しているということです。エントロピーは必ず高いところから低いところへ。エネルギーの総量は変わらず、無から有は生まれません。侵食弾頭(しんしょくだんとう)は何もないところから莫大なエネルギー放射を生み出します」

「それは知っている。50年前の実験では濃度1%で海岸線が消し飛んだ。で、濃度10%ではどの程度、威力があるんだい?」

「い、い、威力ですか。概算ですが、弾頭ひとつでオーランド規模の都市であれば吹き飛ばせます」

「ほう、すばらしい」

「いえ、問題はそこじゃないんです」フランの犬の耳がぺたんと閉じた。「石ころでさえ爆弾に変わるんです。安定した分子結合からでも巨大なエネルギーが抽出できてしまう」

「ワシは科学者じゃないから、そこは君の生涯の研究テーマとしてゆっくり研究するといい。今は兵器として使えるならそれでよい。もしまだ懸念点があるのなら結論から話したまえ。ワシは、いや連邦(コモンウェルス)に残された時間は少ない」

「生命のバランスすら、崩壊しかねないんです」

 フランは透明なゲージの前へ行き、ネズミ“だったもの”を指さした。

「従来の、つまり入植後のヒトが“再発見”した物質─反物質の理論では“釣り合う”ものとされてきました。しかし旧人類の知識では、宇宙とその外側は、水の中の“泡”と“水”と表現されます。ボクらの存在する宇宙はその外側の大量のエネルギー体に包まれているんです。それは物質の質量に寄るのではなく一種の複雑さに起因しているとされています。化学式だったりヒトの精神だったり魂だったり、宇宙に存在しうるものなら何でもです。侵食弾頭(しんしょくだんとう)はその宇宙の外側からエネルギーを取り出します。だからエントロピーを無視したエネルギー放射が可能ですが一方で、ヒトあるいはテウヘルの生き物と宇宙のバランスが崩壊しかねません。あの黒くうごめくネズミだったもののように。まずいことが起きるかもしれません」

 なるほど───よくわからないが、

「フラン君。君の懸念点はよくわかった。ところで地上に知り合いや家族はいるかね」

「い、いえ。縁を切った家族はこの間のテウヘル化の騒ぎで行方不明になったぐらいです。あ、でもあのブレーメンの男の子、やさしくていい匂いがしたなぁ」

「テウヘルというのは容赦がない生き物だ。君の見たヒト知ったヒトそのすべてが蹂躙される。ちょうどそこに生き物のようなナニかがいるね。戦場では生き物だったナニかがそこら中にぶちまけられる。手足、臓物、脳みそ。テウヘルは降伏なんて認めない。ヒトであれば殺す。そう調教されているんだ。フラン君はどちらを選ぶのかね? テウヘルが生き物モドキに変化してしまう懸念と、ヒトが肉片に変えられてしまう現実と」

「いえ、問題は、獣人(テウヘル)だけにとどまりません! ヒトやしいては宇宙全体に……」野生司少佐が鋭い眼光を向けると、フランの耳が直立し、「すみません。ボク、がんばります」

 たやすい。研究者は理想ばかり喋る。彼らの作る世界はいい面も悪い面もある。だからコチラの望む世界のいい面を、望まない世界の悪い面を示せばころりと動いてくれる。

 フランは隣の部屋へ移動した。コンソールパネルがあり、その奥は分厚いガラスの壁で区切られている。放射線のハザードマークがどんな愚か者にもわかるよう示されている。

「少佐は部屋の外から見るだけにしてください。子供ができなくなっちゃいますよ。ボクは半分、身体強化薬でテウヘル化しているので放射線耐性があるので」

 ロボットのアームが緻密な部品を組み立てている。フランは薄いテレビ画面に直接指を触れ操作し、完成図を示した。

侵食弾頭(しんしょくだんとう)自体の重量は、技術部の要求通りの重量に仕上げることができました。極低温さえ維持できれば、あとは外側のカプセルを割るだけで作動します」

 画面上の映像が切り替わる。

「多弾頭式弾道弾」フランはボソリといった。「旧人類の遺産のリバースエンジニアリングとはいえ、こう短期間で作ることができるとは正直思っていませんでした。発射後20分でロフテッド軌道に達し、8つの弾頭に分かれそれぞれが都市を破壊します。都市の座標は、各地から集めた捕虜から、終末誘導は旧人類の人工衛星を使います。それぞれ侵食弾頭(しんしょくだんとう)を搭載します。」

「すばらしい」

 マサシは仕事中は見せない笑みを浮かべた。右頬だけが釣り上がる。

「近衛兵団とあの侍従長ネネは少し怖い人たちですね。でも彼らがアレンブルグ地下の量子コンピューターと光速回線を繋いでくれました。試算では88%の確率で打ち上げが成功し戦術的効果は85%以上だと。つまりテウヘル総人口の9割を“駆除”できます」

「すばらしい」

 マサシはまるで近所の犬を撫でるように、フランの耳と耳の間をごしごしと擦った。

「模擬弾頭を積んで発射実験を来週行います。そうすれば成功確率はもう少し上がるかと」

「残念だが、液体水素の製造プラントが被害を受けている。もうこれ以上時間の猶予はない。侵食弾頭(しんしょくだんとう)が完成し次第発射する」

 フランは押し黙った──それを決定できるのはロケット組み立ての技術主任か、野生司マサシだけだった。

「予備と8発の弾頭が完成するまであと10日です」

物語tips:弾道弾サイロとミサイル技術

固体燃料ロケット兵器の技術はあり、命中率の低いがコストの安い兵器だと認識されている。

人類の惑星入植から1000年間は開拓とブレーメンとの抗争に腐心したせいで宇宙を目指すロケット技術は開発されてこなかった。

入植時代に物資輸送のためのミサイルサイロがいくつか建設され、砂漠の地下に埋もれていた。王宮の地下の軌道往還機を、マサシがお抱えの学者たちがリバースエンジニアリングを行い、中距離弾道弾(射程1000kmほど)を完成させる。仕組みはロケットだが原理は砲弾に近い。一旦高度数百kmまで打ち上げた後、弾道運動で落下する兵器。8つの弾頭が内包されていて、1発あたりの威力は大都市をすべて蒸発させる事ができる。

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