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無傷の世界、その代償

静かだった。


壊れているはずの戦場は、何も壊れていない。


地面は平らなまま。


木々も、建物も、人の痕跡さえそのまま残っている。


世界だけが、異常に“綺麗”だった。


その中心で、千乃が倒れている。


血まみれだった。


服は裂け、腕には焼けたような痕。


呼吸はあるのが不思議なレベルで、体はもうほとんど動かない。


それでも――死んでいない。


真銀が駆け寄る。


「……おい」


声が出ない。


目の前の光景が、理解を拒否している。


ララが固まる。


「なにこれ……」


ライが低く唸る。


「全部……消えてる」


アイシィが静かに言う。


「違う」


その一言で空気が変わる。


「消えてない」


「“全部、ここにある”」


真銀が振り向く。


「どういう意味だよ」


アイシィは千乃を見る。


血の量。


裂けた痕。


歪んだ呼吸。


その全てが“戦いの結果”そのものだった。


「この世界で起きた戦いの傷」


「全部、この子に集まってる」


沈黙。


ララが一歩引く。


「は……?」


でも、視線を逸らせない。


千乃の腕が微かに震える。


その震え方すら、普通の怪我じゃない。


“世界規模の負荷”を一人で抱えた揺れ方だった。


真銀の拳が震える。


「ふざけんなよ……」


声が荒れる。


「なんでこいつだけだよ」


「俺らは無傷で、こいつだけ血まみれって」


誰も答えない。


答えが出せない。


ノートが千乃の横に落ちている。


ページは閉じているのに、まだ微かに光っている。


アイシィが続ける。


「結界は守るためのものじゃない」


「全部の“代償の向き”を変えた。」


ララが呟く。


「向き……?」


「被害をゼロにしたんじゃない」


「被害の行き先を一箇所にまとめた。今まで、建物や地面、私達が受けた攻撃で、本来ついたはずの傷が全部千乃に行ってるの。」


真銀が千乃を見る。


血まみれの身体。


折れたように動かない指。


それでも、まだ生きていること自体が異常だった。


「……じゃあ」


真銀の声が低くなる。


「これ全部」


「こいつが受けたってことかよ」


アイシィは否定しない。


沈黙が答えだった。


その瞬間、千乃の指がほんの少し動いた。


真銀の袖を、弱く掴む。


ララが息を飲む。


「動いた……」


でも、それは回復じゃない。


“まだ終わってない”というだけの反射。


千乃の目は開かない。


血の中で、かすかに呼吸だけが続いている。


真銀は歯を食いしばる。


「……いい加減にしろよ」


「全部一人で背負うとか、誰が許したんだよ」


風が吹く。


何も壊れていない世界。


でもその“無傷”の理由は、あまりにも重すぎた。


真銀は千乃を抱き起こす。


軽い。


中身がすくない。もともと軽いけど。


「戻す」


「絶対に、戻す」


誰に向けた言葉でもない。


この世界そのものへの宣言だった。


ノートが、閉じたまま小さく脈打つ。


まだ終わっていない。


終わらせる気もない。


ただ一つだけ確かなことがある。


この無傷の世界は、千乃の血の上に立っている。

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