残る記憶、そして戦い
山道を進んでいた真銀たちは、夕方頃になって、深い森へ入っていた。
「少し休むか?」
真銀がそう言った、その時。
ララがぴくっと耳を動かした。
「……誰かいる」
ライも同時に顔を上げる。
「前方だ」
アイシィが周囲を見回す。
「魔物ではありませんね」
ユラも反応した。
「人型の魔力反応を確認しました」
「……人?」
真銀が前を見る。
木々の隙間。
そこに。
一人の少女が立っていた。
白銀の髪。
鬼の角。
紅い瞳。
「……!」
真銀の息が止まる。
向こうも。
こちらに気づいた。
鬼月姫。
千乃だった。
「千乃……」
真銀が呟く。
鬼月姫は動かない。
ただ、真銀を見つめている。
誰も声を出さなかった。
ララも。
ライも。
アイシィも。
カイルさえも。
ただ、二人を見ていた。
真銀が一歩、前へ出る。
「千乃」
「……」
鬼月姫の瞳が揺れる。
その瞬間。
何かが、千乃の中で弾けた。
「……」
唇が、僅かに動く。
「……真銀」
かすかな声。
けれど。
確かに。
その名前だった。
「……!」
真銀の目が見開かれる。
「今……」
「真銀?」
カイルも驚く。
ユラの声も、僅かに震えた。
「主……今、制作者が――」
その言葉が終わる前に。
鬼月姫は、後ろへ飛び退いた。
「待って!」
真銀が叫ぶ。
しかし。
鬼月姫は振り返らない。
一瞬で木々の間を駆け抜ける。
「千乃!!」
真銀が追いかけようとする。
だが。
鬼月姫は地面を蹴った。
身体が宙へ浮かぶ。
そのまま木々の上を飛び、あっという間に遠ざかっていく。
「待ってくれ!!」
真銀の声が森に響く。
けれど。
返事はない。
ただ。
最後に聞こえた言葉だけが。
真銀の耳に残っていた。
「……真銀」
真銀は、その場に立ち尽くす。
「……名前を」
カイルが呟く。
「ちゃんと呼んだな」
「ああ」
真銀は拳を握る。
「俺の名前を……呼んだ」
ユラが静かに告げる。
「主」
「……なんだ?」
「制作者は、主を認識しています」
「……」
「少なくとも、完全に記憶を失っているわけではありません」
真銀は遠ざかっていった鬼月姫の姿を見つめる。
もう見えない。
それでも。
今度は、確信できた。
「……千乃は、まだいる」
その声には。
昨日までにはなかった確かなものがあった。
「絶対に取り戻せる」
真銀は、再び歩き出す。
今度は。
迷わなかった。
それから数日。
真銀たちは、いくつもの山を越え、森を抜け、荒野を進んだ。
道中、何度も魔物と遭遇した。
だが。
災害級を相手にしても、以前ほど苦戦することはなかった。
ララ、ライ、アイシィ。
そしてカイル。
それぞれが力を合わせ、確実に前へ進んでいった。
そして。
「……見えた」
真銀が足を止めた。
遠く。
雲を突き抜けるほど巨大な黒い城が見える。
空は暗く、城の周囲には禍々しい魔力が渦巻いていた。
「……あれが」
カイルが息を呑む。
「魔王城……」
ララが耳を立てる。
「大きい……」
ライが低く唸った。
「ここからでも分かるな」
アイシィも静かに見上げる。
「凄まじい魔力です」
ユラが解析を開始する。
「魔王城周辺に、非常に強力な結界が展開されています」
「突破できるか?」
「可能です」
ユラが即答する。
「ですが、主」
「なんだ?」
「城内には、さらに強い魔力反応があります」
真銀は城を見る。
「……魔王か?」
「その可能性が高いです」
カイルが剣を抜く。
「いよいよだな」
真銀も剣を握る。
けれど。
真銀が見ているのは、魔王城そのものではなかった。
その中にいる。
一人の少女。
「……千乃」
その名前を呟く。
すると。
「主」
ユラが静かに声をかける。
「制作者の魔力反応を確認しました」
「……!」
真銀が顔を上げる。
「どこだ?」
「魔王城内部です」
「……間違いないか?」
「はい」
真銀の目に、強い光が宿る。
「……いる」
カイルが笑う。
「なら、行くぞ」
ララも拳を握る。
「千乃を迎えに行こう!」
「当然だ」
ライが答える。
「ここまで来たんだ」
アイシィも頷く。
「必ず会えます」
真銀は、魔王城を見上げた。
その先にいるのは。
魔王。
そして。
鬼月姫。
かつて、自分と結ばれた妻。
今も簪を持ち、腕輪を身につけている。
「……待ってろ、千乃」
真銀は一歩踏み出した。
「今度こそ、迎えに行く」
六人は。
巨大な魔王城へ向かって歩き始めた。
魔王城の大扉が、重い音を立てて開いた。
ギィィィ……。
真銀たちは、ゆっくりと中へ入っていく。
広大な謁見の間。
高い天井。
左右に並ぶ巨大な柱。
そして、その最奥。
玉座に座る魔王。
その隣に。
「……」
鬼月姫が立っていた。
真銀の足が止まる。
「……千乃」
紅い瞳が、こちらを向く。
鬼月姫も真銀を見る。
「……」
しばらく。
二人とも動かなかった。
遠く離れていた時間が、まるで一瞬に縮まったようだった。
「制作者……」
ユラの声が小さく響く。
鬼月姫の視線が、真銀の腕へ移る。
そこにあるブレスレット。
千乃が作ったもの。
「……」
鬼月姫の瞳が、ほんの僅かに揺れる。
真銀は一歩前へ出た。
「千乃」
鬼月姫は答えない。
「俺だ」
「……」
「真銀だ」
その名前を聞いた瞬間。
鬼月姫の指が、僅かに動いた。
懐にある簪。
そして腕にある腕輪。
どちらも、今もそこにある。
真銀はそれを見た。
「……まだ持っててくれたんだな」
鬼月姫は、簪を守るように懐へ手を添える。
だが。
「魔王」
真銀が玉座へ視線を向ける。
「千乃を返してもらう」
魔王は静かに笑った。
「……返す?」
「千乃は、お前の所有物じゃない」
「ほう」
魔王が立ち上がる。
「面白いことを言う」
その隣で。
鬼月姫が静かに立っている。
「鬼月姫」
魔王が呼ぶ。
「……」
「目の前の者たちを見ろ」
鬼月姫の視線が、真銀たちへ向く。
「侵入者だ」
「……」
「お前が排除しろ」
鬼月姫の瞳が、真銀を捉える。
真銀も、まっすぐ見返す。
「千乃」
鬼月姫の表情は変わらない。
しかし。
ほんの僅かに。
その手が震えた。
魔王が告げる。
「――侵入者を排除しろ」
静寂。
鬼月姫が一歩、前へ出る。
真銀が剣を抜く。
ララが身構える。
ライが低く唸る。
アイシィの周囲に冷気が集まる。
カイルも剣を構えた。
ユラが告げる。
「主」
「……ああ」
鬼月姫が拳を握る。
真銀も構える。
二人の視線が交差する。
そして。
鬼月姫が地面を蹴った。
――戦いが、始まる。




