神聖な校舎のバグ、あるいは独占のアルゴリズム
「——椎名さん、おはよう。今日も風紀委員のシステムは、君の『完璧な美しさ』を正常に観測しているよ」
翠鳳高校の格式高い大理石の廊下。
銀縁眼鏡を冷酷に光らせた生徒会長、神条 律が、生徒会の管理端末を片手に私に声をかけてきた。
「おはようございます、神条先輩。今日も素晴らしい朝ですね」
私は全校生徒が憧れる「高嶺の花」としての完璧な微笑みを貼り付け、一ミリのバグ(乱れ)もない優雅な動作で一礼した。周囲の生徒たちは、その「偶像」としての私の姿にため息を漏らし、崇めるような視線を送ってくる。
大人の作った完璧な進学校。その頂点に立つ私。
けれど、この無菌室のように綺麗な制服の内側、心臓の真上の皮膚には、昨日の深夜に刻まれたばかりの、ドロドロとした熱い痛みがじくじくと脈打っていた。
「おい、そこの生徒。廊下での立ち話は風紀プロトコル(校則)に違反している。速やかに教室へ移動しろ」
冷徹で、一切の感情を排した声。
廊下の向こうから歩いてきたのは、腕に「風紀委員長」の腕章を巻いた少年——一之瀬 蓮だった。彼は私と神条先輩の間に割り込むように立ち塞がると、その前髪の隙間から、凍りつくような翡翠色の瞳を神条先輩に向けた。
「一之瀬くん、私はただ椎名さんと朝の挨拶をしていただけだよ」神条先輩は不快そうに眼鏡のブリッジを押し上げる。
「挨拶のログ(記録)はすでに15秒を超えている。これ以上の対話はノイズだ」
蓮はそう言い放つと、神条先輩を無視して、私の手首を「校則違反の取り締まり」という大義名分の下、骨が軋むほどの強い力で掴み、誰もいない旧校舎の理科準備室へと強引に引っ張っていった。
「ガチャン」と古い木製の扉が閉められ、内側から蓮の手によって鍵が掛けられた。
放課後の夕暮れ、オレンジ色の斜光が実験器具のガラス瓶を不気味に赤く染める、二人だけの隔離セクター(密室)。
「……蓮、痛いよ。そんなに強く掴んだら、また手首にログ(痕跡)が残るじゃない」
「うるさい! あの神条が、お前を自分の視線で観測していた……っ。全校生徒が、お前という偶像を消費しようと汚い目を向けている……っ! それが狂おしいほどに許せないんだ……っ!!」
蓮は激しい呼吸を繰り返しながら、私の身体を古い実験机の上へと強引に押し倒した。
ドン! と机の上の試験管が揺れて不協和音を奏で、彼の引き締まった身体が、逃げ場のない空間の中で私を完全にロックする。
「蓮……ここは学校だよ? 風紀委員長がそんな暴走を起こしていいの?」
「お前が他の男に1秒でも多く観測されるくらいなら、学校のシステムごとすべてデリートしてやる……っ! お前の皮膚のすべてを、僕の熱で、僕の血で、完全に書き換えて(フォーマット)やる……っ!!」
理性を完全に焼き切った蓮の独占欲。彼は私の綺麗なセーラー服の襟元を、容赦のない力で引き千切った。
ブチブチとボタンが弾け飛び、赤い夕暮れの光の中に、私の白い肌と、消えかけていたあの心臓の真上の噛み痕が、生々しく全て曝け出される。
「蓮、あ、っ……!!」
蓮は私の叫びを自分の唇で強引に塞いだ。
「ん、んん……っ! む……っ」
深く、激しく、昼間の静寂をすべて叩きつけるような、狂おしい口づけ。
放課後の静かな校舎の中で、衣服の擦れる音と、互いの舌が絡み合う濃厚な音が響く。掴まれた両手首からは、彼の指先が私の肌に食い込み、ドロドロとした熱い感情が腕を伝って机へと染み込んでいく。
蓮は唇を離すと、激しい息を吐きながら、私の胸元、一番柔らかい皮膚へと、飢えた獣のようにその鋭い犬歯を深く、深く、肉を抉るほどの力で突き立てた。
「あ、っ……! 嗚呼……っ!!」
理科準備室の壁に響き渡る、私の小さな悲鳴。
けれど、その強烈な痛みの向こう側から、頭の中をドロドロに溶かすような甘い快感が溢れ出し、私の理性を完全に破壊していく。蓮の身体が私の身体を完全に固定し、彼の手が私の制服のスカートを強引に捲り上げ、細い太ももの肉を、指の形が紫色の痣になるほどの力で強く、強く掴みあげた。
「痛がれ、柚留! この痛みが、お前が僕だけのドールであることの消えないログだ! 誰にも、一ミリだって触らせない……っ!」
蓮は噛みついたまま、私の肌にじわりと滲み出た血と汗を、愛おしそうに何度も何度も舌先で貪るように舐めとった。
彼の熱い舌が傷口に触れるたび、私の身体は小さく跳ね、口から「あ、んっ……蓮、蓮ぇ……」という、完璧な高嶺の花の仮面を完全に剥ぎ取られた、淫らで、哀れな悲鳴が漏れ続ける。
校内放送のチャイムが遠くで鳴り響き、大人のルールが下校時刻を告げている。
それなのに、この夕闇の密室の中だけは、世界で一番不條理で、一番濃密な、二人だけの絶対的な拘束空間だった。
「……いいよ、蓮。学校のシステムなんて全部壊して、私をあんたのコードだけで、全部めちゃくちゃにして……っ」
数十分後、私たちは何事もなかったかのように制服を整え、誰もいない夕暮れの校門を出た。
校門の影には、私たちのログを解析しようと、依然として冷徹な視線を送る神条先輩の影があった。彼は私たちの背後に潜む「バグ」に気づき始めている。
だが、私の手首には、蓮の指の形をした赤紫色のホールド(痕跡)がしっかりと刻まれており、私の心臓の真上には、新しい彼のスタンプが熱を持って脈打っている。
大人たちの作った神聖な翠鳳高校。
その完璧な日常の裏側で、私たちは誰にも解読できない「独占のアルゴリズム」を同期させ、世界のルールを嘲笑うように、静かに、けれど確実に暴走を続けていく。
二人の狂った連鎖は、この偽りの日常(ifのセクター)であっても、もう、誰にも止めることはできない。




