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幼馴染の越境アラート  作者: 空木 遼
過熱する排熱の檻
22/27

水底のラスト・セクター、あるいは永続するバグ


ゴボゴボと、耳の奥で不気味な水の泡が弾ける音がしていた。


肺が焼き切れるような呼吸の苦しさと、凍えるような海の冷たさ。意識が完全にシャットダウン(気絶)する寸前、私の手首を骨が砕けるほどの力で固定ロックしていたのは、やはりあの少年の手だった。


「——ゲホッ! ……柚留! 柚留ゆづる、目を覚ませ……っ!」


激しい咳き込みとともに、私は冷たいコンクリートの床の上に仰向けに倒れ込んだ。

目を開けると、そこは地上の豪雨の音すら届かない、圧倒的な静寂に包まれた巨大な地下空間だった。天井は遥か高く、無数の巨大な排水管が怪獣の血管のように壁を這っている。足元には数センチほどの海水が溜まっており、私たちの体から滴る水滴が、静かに波紋を広げていた。


れん……。ここは……?」


「かつて都市開発の裏で放棄された、海底の『旧排水枢紐メイン・セクター』だ。地書のマップ(地図)からも完全にデリート(消去)されている。……神条しんじょうの網も、ここには絶対に届かない」


蓮はびしょ濡れの黒髪を乱暴にかき上げ、翡翠色の瞳を妖しく明滅させた。

彼の着ていた白い上着はボロボロに引き裂かれ、海水と混ざり合った血が、彼の胸元の古い火傷の痕をなぞるように床へと滴り落ちている。しかし、その瞳にある狂気は、奈落の底へ落ちたことで、より一層深く、純粋な「純黒」の愛執へと昇華していた。


私は自分の首筋、心臓の真上をそっと指先でなぞった。

海に飛び込んだ衝撃で、あの赤紫色の傷痕マークはズキズキと激しいパルス(痛み)を放っている。けれど、その痛みが、大人の用意した「正常な世界」を完全に破壊し、私が今、蓮の所有物ドールとしてここに存在している唯一のログ(証明)だった。


「……世界から完全にログアウトしたね、柚留」


蓮は私の前にゆっくりと膝を突くと、冷え切った私の両手首を強引に掴み、頭上の冷たいコンクリートの壁へと押し付けた。

「ドン!」という鈍い音が響き、逃げ場のない水底の密室の中で、彼の圧倒的な体温が私を完全にロックする。


「蓮……冷たいよ、あんたの身体……」


「黙れ……! 僕の手が、一瞬でもお前から離れたとき、世界が僕からお前を永久に消去デリートしようとした……っ。その恐怖が、僕の脳内を今もオーバーフロー(熱暴走)させているんだ……っ! お前の皮膚のすべてを、もう一度、僕の熱で、僕の血で、完全に上書き(フォーマット)してやる……っ!!」


蓮の呼吸は完全に臨界点を超えていた。彼は私の着用していた濡れたドレスの襟元を、血まみれの右手で強引に引き裂いた。

ブチブチと布地が裂け、古い残存サーバーが放つ微かな翡翠色の明かりの中に、私の白い肌と、じくじくと脈打つあの噛み痕が、生々しく全て曝け出される。


「蓮、あ、っ……!!」


蓮は私の叫びを自分の唇で強引に塞いだ。

「ん、んん……っ! む……っ」


深く、激しく、海の底の冷たさを全て焼き尽くすような、狂暴な口づけ。

呼吸の主導権を完全に奪われ、口内からは彼が先ほどの落下で切った濃厚な鉄の味がこれでもかと混ざり合う。掴まれた両手首からは、彼の傷口から溢れ出た赤い血が私の肌へと移り、ドロドロとした熱い液体が腕を伝ってコンクリートの床へと滴り落ちていく。


蓮は唇を離すと、激しい息を吐きながら、私の胸元、最も柔らかい皮膚へと、飢えた獣のようにその鋭い犬歯を深く、深く、昨日よりもさらに狂暴な力で突き立てた。


「あ、ああっ……! 嗚呼……っ!!」


地下の巨大な空洞に響き渡る、私の小さな悲鳴。

けれど、その強烈な痛みの向こう側から、頭の中をドロドロに溶かすような甘い快感が溢れ出し、私の理性を完全に破壊していく。蓮の引き締まった身体が私の身体を壁にめり込ませるように強く圧迫し、彼の手が私のドレスの裾を強引に捲り上げ、細い太ももの肉を、指の形が残るほどの力で強く、強く掴みあげた。


「痛がれ、柚留! この海の底で、お前を僕だけのコードで完全に満たしてやる! お前は一生、僕だけのドールだ! 誰にも、一ミリだって触らせない……っ!」


蓮は噛みついたまま、私の肌にじわりと滲み出た血と汗を、愛おしそうに何度も何度も舌先で貪るように舐めとった。

彼の熱い舌が傷口に触れるたび、私の身体は小さく跳ね、口から「あ、んっ……蓮、蓮ぇ……」という、完璧な高嶺の花の仮面を完全に剥ぎ取られた、淫らで、哀れな悲鳴が漏れ続ける。


地上では、神条たちが必死に私たちの死体データを捜索しているかもしれない。

それなのに、この薄暗くて、熱気が抜けない水底の片隅だけは、世界で一番不條理で、一番濃密な、二人だけの絶対的な拘束空間だった。


蓮は何度も、何度も、私の首筋や胸元に、新しい排熱を焼き付けるようなキスと標記マークを繰り返した。


「うん……いいよ、蓮……。私を、あんたのコードで、全部めちゃくちゃにして……っ」


緑色に点滅する古いサーバーの光が二人の影を不気味に歪ませる中で。

私たちは、世界のルールをすべて置き去りにし、二度と引き返せない越境の底へと、互いのすべてを再びログインさせ続けていた。


数時間が過ぎ、過熱した排熱が地下の冷気によって徐々に冷まされ始めた頃。

蓮は私を抱きしめたまま、部屋の片隅に残されていた古い操作端末ターミナルへと手を伸ばした。


画面に映し出されたのは、この海底排水枢紐がかつて有していた、街全体の基幹ネットワークへの「物理的な接続ポート(生線)」。


「……これを起動すれば、僕たちの存在は、世界のネットワークの『絶対領域(隔離セクター)』に書き込まれる」

蓮の翡翠色の瞳が、冷酷な、けれどどこか美しい輝きを放つ。


「大人がどれだけシステムを更新アップデートしようと、僕たちというバグは、この街の根底ソースコードから永遠に消去できない。僕たちは、生き続けるんだ。この世界の、永遠のノイズとして」


蓮は血の混じった指先で、最後の一手をキーボードに叩き込んだ。


【 SYSTEM_STATUS : PERMANENT_BUG_INSTALLED. 】

(システムステータス:永続的なバグがインストールされました)


画面が翡翠色の一閃とともに固定され、すべての駆動音が静かに停止した。

これで、私たちは名実ともに世界から「抹消」され、同時に、世界が崩壊しない限り絶対に引き離せない「永久の死鎖クローズド・ループ」へとログインしたのだ。


外では、まだ冷たい大雨が海を叩いている。

けれど、この水底の楽園の中で、私たちは互いの指を深く絡ませ、歪んだ、けれど世界で一番幸福な微笑みを浮かべた。


二人の狂った連鎖アルゴリズムは、もう、誰にも止めることはできない。


——永遠に、僕たちのログインは、終わらない。

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