作戦会議
チハヤに連れられて向かう先は、初心者が集まる拠点の中でも、より街の端の方に位置する場所。
住宅地とは区画が分けられた冒険者用の拠点であり、「スラムではないけど」と言われる程度には治安が悪い。女性冒険者であるならば、できるだけ大通りに近い(ただし家賃は割高な)場所か、女性冒険者が集まって暮らしている集合拠点のような場所に住むのが一般的だ。
女性冒険者が集まって暮らす場所から、2つほど離れた場所という立地にあった。
「あ、自分が住んでるとこが、あの場所ですよ」
「へえ、あれがまーちゃんさんの」
「……いや、さんはいらないです。まーちゃんって呼んでいただけると」
「へえ、あれがちゃんさんの」
「うわー、性格悪いなーこの人。やっていけるか不安になってきた」
そのやり取りを見たワタシは目を輝かせて入ってくる。
「……! ……」
いや、入ってこれなかった。
もとが生真面目な生活だからか、言葉にならないままアガサとまーちゃんの視線が集まる。
「そ、そんなに見られても困る」
「ワタシが私を見つめてましたって状況なんですかね、これ」
「人の名前を茶化すなんて良くないぞ、ちゃんくん」
「オーケー、味方にならない場合もあることは分かりました。共通の敵はアガサさんの方でしたか」
「そんな馬鹿な。仲良くやっていこうぜ」
「じゃれあいはそこまで。酒場よりは人の耳がないってだけで、ここも夜には人が返ってくるんだから」
「おお、リーダー以外にも住人がいるのか」
「リーダー? まあ、変な人はいないよ。追い出したし」
「まじか、大丈夫なのか?」
「代わりにアガサも住んでるし、大丈夫なんじゃないの?」
「てめえ!!」
「兄弟が考えているようなことはなんもないぞー」
「はいはい、時間ないって言っただろうが。今は親交を深めるよりも情報交換」
親交を深める冗談にしてはキタムラの勢いは強すぎると思ったが、ひとまずで流すくらいには冷静だったようでアガサも一息ついた。そのまま直近の課題について思考を巡らせる。
「今わかっている情報だと、翼が折れた逸れ竜ってくらいか?」
「先遣隊の一党が撃退されたって話もあるな。正攻法では勝てるようには思えないな」
「あくまで情報を持ち帰ることが目的だったって話だし、死んでるとまでは聞いてない。住処の位置までは分からないけど、街道が縄張りの中にあることは確認されてる」
「竜って……火炎ブレスが有名ですよね。燃え残った痕跡とかで位置が掴めるんじゃないですか?」
「あー。どの程度の炎かは分からないけど、燃えたとなると煙が上がって見えるか」
「今回の相手は飛竜だからな。火竜と違って、火は噴かないと聞いている」
「ん? そこまでの情報は出てたか?」
「確かな情報のはずだ。それもあって、森林火災のような大規模な被害想定がされていない」
「街の周りが燃えるとなれば、騎士団が動かないのもおかしな話だしな」
「そして、想定するなら火よりも毒だ。爪に引っかかると拙い」
大まかに目標の情報は出そろった。住処の範囲を、ワタシが机に広げた地図の上に描きこむ。
そして街道の場所に×印を付けた。
「これは?」
「襲われた場所だ。他何件も、この辺りで襲われたと聞いている」
どこからだと思ったが、ここで話の腰を折るのはアガサも本意ではない。
誰よりも最初に、竜を倒すと息巻いていただけあってか、想像以上に知らない情報が出てくる。
「あたしの聞いた噂だと、商人ばっかりが襲われてるっていうのは本当?」
「うむ、そのせいで商人が出ることも入ることもままならなくなっている。蓄えはあれど、街の物資は減る一方だ」
まーちゃんが唸った。
「……単純に、商人が一番出入りするからって話じゃないんですか?」
「ここは冒険者の街だ。出入りだけなら冒険者もやっている。それで商人ばかり襲われるのであれば、明確な理由があるはずだ」
「ああ、それなら分かる。馬を捕食するからだろ。それも馬車を引いたやつ。どうしたって積み荷があれば速度は落ちるからな」
「あ、確かに。よく思いつくな」
「盗賊なんて職業をやってるとどうしてもな。戦うよりも、いかに素早く動けるかを意識させられるんだ。積み荷を奪ってもいくんなら、なおさら馬が引いてる荷車を狙うだろう」
「というか、竜が奪うような金目のものなんてあるのか?」
「冒険者が富を築くとなれば狩猟か迷宮探索だからな。この変は旧市街も多いし、人の生活圏だったって場所は意外と多い」
「過去には伝説の剣を手に入れたって話もあるわけだからな。それこそ竜殺しの剣が、教会には置かれている」
「剣聖が振るってたという一振りですよね。鋼のような鱗をも切り裂いて、竜の血を浴びたという曰くつきの剣!」
まーちゃんが一番に反応を示したのは、アガサからすると少し意外に思った。魔法使いと剣、という組み合わせに違和感を覚えただけだが。
「竜の素材に興味があるとか言ってたな。なにか特別な効果があるのか?」
「うぐ、素材として見すぎるのもよくはないと思うんですが……魔法使いの中では、竜は素材の宝庫! 噂に聞くと、竜の血は剣に魔を宿らせると聞きます。魔剣ですよ、魔剣! ちなみに方法は焼き入れとして剣の熱を冷ますときにつかうとかで――って、焼き入れに使うのであれば、竜を倒した剣っていうのは矛盾してるのか」
「案外、ブレスで焼けた剣を竜の血で冷やした……なんてオチだったりしてな」
「戦闘中に余裕ありすぎじゃないですか?」
「現実の方が奇なりってやつだろ」
チハヤが腕を組んでキタムラを見ながら親指でサインを出す。
「教会行って剣奪ってきてよ」
「……ちょっと何言ってるのか分からない」
「盗賊だろ? 寧ろ本業じゃんか」
「職業差別だ! 隠密行動が得意な斥候としての側面が強いだけだっつの!」
「やるやらないってか、できるできないの話だもんな」
戦士がものを奪うってなると、強盗になることが多い。それ以上に盗賊という職業の犯罪率が多いのは否めないところにある。……だからこそ騎士団と冒険者の仲はあまりよろしくない。
そもそも盗賊ギルドなんて非合法な名前でしかない。実際に、クランや一党で盗賊をそのように運用することも珍しくない。街という社会の中でこそ輝くのだから、しかたのない部分ではあった。
戦うのは苦手なりに、器用さで生き残ろうという生存意欲も盗賊が一番強いといってもいい。
一党のリスク管理を一手に引き受ける盗賊の話も聞いたことはあるが、そうした名声が転じて、味方を見捨てて金品だけ剝ぎ取った、なんて話になることも多い。偏見の多い職業である。
そもそも冒険者自体がチンピラの集まりであるのに、そんな目を向けられるのも可哀そうだとは思う。それでも盗賊の職に就く者が途絶えないし、一党に一人は盗賊がいるのだから、必要な存在であることは確かだ。
「……オホン。一応私は教会に所属する身だ。あまり滅多なことを言わない様に」
「内通者じゃん。教会側が味方に入れば剣をすり替えるなんて訳ないでしょ」
「本当に滅多なことを言うなよ!? そんな悪事に手を貸すはずもないだろう!」
「ダメか。竜殺しねえ。そんな大層なものがありながら使われないっていうんだから、まさしく持ち腐れってやつだ」
「性能以上に、聖遺物としての側面が強いですからね。管理責任を問われるのは教会ですから」
「儀礼用として使われてはいるんだから、全くの無価値というものではないんだ。信仰を集めて奇跡を振るう触媒としても機能するのだから、用途が変わったと見るべきだろう」
「まさに魔法剣……というより聖剣か!」
「うむ、気持ちが昂るのは理解できる。冒険者とはいえ、曲がりなりにも聖騎士を名乗る以上は、いつかは名誉ある剣を振るいたいものだ」
「武器なんて殴れればそれで充分だろうが……」
「魔法を使えるってだけで、剣である必要もないですしねぇ」
「売り払うには高名過ぎるしな。金に換えたが最後、街からは全力で逃亡することになる」
ひとしきり盛り上がったところで、まーちゃんが手を挙げた。
「そもそもの話に戻りますが、勝算ってどのくらいなんでしょうか?」
まーちゃんが周りを見渡す。誰が答えるべき問いなのか。
キタムラではない。純粋な戦闘職とはいえないからだ。
となると、残る前衛三人組に視線が集まる。竜殺しを宣言したアガサ、そこに賛同したワタシ、そしてそれを一党の目標に掲げたチハヤである。
その数秒の沈黙で不安になったらしく、手を下げる。
「す、すみません。みんなどんな風に考えてるんだろうって、気になっちゃって」
すかさずチハヤがフォローする。
「いやいや、討伐を掲げるなら当たり前の問いだから。大事だよそういうの。それぞれどう考えてるかね。あたしも同じ疑問は持ってる。竜となんて、戦ったことないし」
「それでも、討伐を目標にしたんですよね」
「やる気があるってのは、馬鹿にできないからかな。だから、こうして集まった仲間が竜を倒したいって考えがあるなら、そうでないよりは確率は高いと思ってる。比較的って話だけどね」
そうしてアガサとワタシの方へと視線を送る。
「結局、前衛が前に出れない状況が詰みなんさ。二人のモチベーション次第ではあるけど、自信のほどはどう?」
先に出たのはワタシだ。
「無論だ。誰かがやらねばならないなら、私がやる。竜討伐は譲れない――」
「――そういうことじゃないだろ。譲るとか譲らないとか」
遮ったのはキタムラだ。ワタシも意外な人物からの否定に面食らう。構わず続ける。
「俺たちがやろうとしたって、成功する未来が見えるかって話。経験も装備も、足りてるかすら分からねえ。未知の相手に挑もうっていうんなら、そりゃ無謀だろ。自殺に付き合うつもりはないぞ」
「だがキタムラ、君も竜に挑まんと賛成して着いてきたんじゃないのか?」
「綺麗どころの一党に入ったからには活躍してモテたいさ! けどよ、俺にできる支援はせいぜいが弓引きと偵察ってくらいだぜ。勝てるのか、挑めるのか、信頼がないからこそ応えて欲しかったのさ。ただ一言、”できる”ってよ。どうなんだ。何が何でもやるってのか?」
「私、は……」
「あわわ、喧嘩になっちゃいましたよ。どうしよう……」
「どうすんのさ、アガサ」
「そりゃ挑むだろ。出来たらカッコいいし」
「それ! キタムラさんに向けて説得してくださいよ!」
「兄弟が求めてるのはそういうことじゃないと思うけどな」
「だねー、覚悟がどうとか、熱血な性格でもなかったわけだし」
冒険者が明日の命を気にするほど、馬鹿らしいこともない。ドラゴンだろうと亜人だろうと死ぬときは死ぬ。
ボウガン一つ持ってるだけで、子供ほどのサイズの敵でも致命傷を与えられる可能性はある。
命をベットし続けながら夢を見るロクデナシが冒険者だ。
もちろん竜討伐を目指さない冒険者だっている。それでも、最初に教わる心構えがある。
「「”派手に死ね”だもんな」」
「あー……まあ、魔法使いも”探求の果てに死ね”とは言われてますが」
ニュアンスに差はあれど、臆病になって街に引きこもってしまえば、絶えず人が集まるここではスラムとして無駄に人口が増えて、治安の悪化を招くだけ。人間の命に価値を見出さないのが、冒険者の街である。
さっさと外に出て死ね。ここで死ぬな。金を稼いで死ね。富を抱え込んで生きようと思うな。遺産は街の銀行が受け取ってやる。ベテランも新人も、効率よく死んでいけ。
冒険者への街からの待遇は決していいものではない。死んだ冒険者から剥ぎ取った武具を、新人の冒険者に下げ渡してまた死地へと送り届ける。
だから冒険者ギルドがある。戦う力を持たない人間は街に引きこもると目に見えているから、冒険者になるために借金をさせて訓練して、外で死ぬように仕向けられ続けている。
「だから、おかしいのはワタシの方だ。みんな死ぬにしても、自分のための目的があって冒険者をやっているというのに、ワタシだけが誰かのためを理想としている。そもそも――」
「――聖騎士ギルドなんて存在しないしな」
「え゛っ、じゃあワタシちゃんて」
「騎士団で訓練を受けてはいるんだろう。それでいて自由を許されている人物」
「……それって死なせちゃまずいんじゃないですか?」
その言葉が聞こえているのだろう。目に見えてワタシは動揺する。それを見逃すほど、アガサもチハヤも善良な冒険者ではない。
「わはは、もう俺たちは街から目をつけられてる冒険者なわけだ」
「辛いわー本当辛い。こりゃ追放した方がいいかもしれないわー。仲間にする利益よりも不利益の方が目立つんだもの」
「自分だけ、やっぱり騎士団に帰る! なんて言い出された日には堪ったものではないな」
「騎士団として居場所がなくなるように、それでいて我々の利益になる行動といえば」
「聖、剣……?」
「よかったなワタシ、聖騎士の端くれとして聖剣を握る時が来たぞ」
そういうことになった。




