サリアの災いを呼ぶ姫 11
「どうして枯れた花ばかり持ってくるの!」
「申し訳ありません、王妃様! 先程迄美しく咲いていたのですが」
平伏する侍女を苛立たしく、イザベラは叱りつける。宮中の薔薇がみんな枯れてしまう。
薔薇はフェリスの治めるシュヴァリエの名産で、フェリスは薔薇の騎士、その妃は薔薇の姫と称えられるそうだ。
可愛いアドリアナに、お母様が貴方を薔薇の姫にしてあげますからね、と約束したばかりなのに。
口さがない者達が、レティシアの呪いだとか、レーヴェ神の呪いだとか騒ぎ立てる。
「あなたの力で何とかしなさい、ミゲル!」
「む、無理です、王妃様。私は魔導士では……」
「どういうことなの、レティシアは本当に呪われてるの!?」
「そ、そんなことは……」
最初に、レティシアを不吉な姫と占おうと提案したのは、夫ネイサンだ。後継者争いでまさか五歳の娘に負けるわけにはいかない、と躍起になったのだ。
その頃はイザベラはそこまでやらなくても勝てるんじゃないの、相手は五歳の子供なのよ、馬鹿馬鹿しい、いくら貴方が昼間から酒と姦淫に耽る評判の悪い王弟殿下でも勝ちなさいよ、と思っていた。
イザベラは、王太子妃になれなかったけど、王弟妃としてのんびり幸せに暮らすつもりが、王弟ネイサンは浮気性の酒好きな男だった。彼との結婚は幸せとは言い難かった。
なかなか子宝に恵まれずとも、王太子妃のソフィア一人を愛し続けた兄のアーサーとはひどい違いだった。
アドリアナとアレクをソフィアより先に授かったことだけが、イザベラの密かな自慢だった。
このままソフィアに子が生まれなければ、もしかしたら、と思っていたら、レティシアが生まれた。
待ちに待っていた赤子のレティシアを、アーサーとソフィアはそれはそれは可愛がった。
やっと生まれた子供が女子でも、アーサーはソフィアを責めることもない。
何故これほどに違うのか? と思っていたら、流行り病で、アーサーとソフィアが亡くなった。
ネイサンの戴冠、王妃としての生活に夢見心地になりながら、イザベラはレティシアに怯えた。
本ばかり読んで訳の分からぬことばかり言う、不気味な娘。もともと苦手だった。
だが、不気味な娘だが、レティシアは美しかった。
母であるソフィアの面影もあったが、ソフィアよりもっと美しかった。
いまでさえ輝くような金髪に零れ落ちんばかりの琥珀色の瞳で、大人を見上げるレティシア。
大きくなったら、この姫の為に命を懸ける騎士もあまた現れよう。そんなことは迷惑だった。
ディアナという大国との縁談が纏まり、レティシアにはもったいない程だとは思ったけれど、
相手は冷飯食いの変人王弟だと言うし、きっとレティシアもイザベラのような惨めな結婚生活を送るのだ。憐れなことだ、と思いながら、不安の種となるレティシアを遠くへやれて清々していた。
なのに、夢にすら見たこともないような美しい青年がレティシアを連れてやってきて、レティシアの婚約者のフェリスだと名乗り、レティシアの為に愛馬を連れて行きたい、というではないか。
(フェリス様はフローレンスでもっとも美しい王弟殿下と謳われる御方。何と羨ましいレティシア姫。ぜひお近づきになりたいもの)
先日の友人の言葉が木霊する。
美しい横顔も、幼すぎる婚約者のレティシアを優しく気遣う声も、優雅で落ち着いた立ち居振る舞いも、何もかもイザベラがこれまで見たこともないようなものだ。
レティシアの婚約者を、イザベラが目にした瞬間の敗北感は、少女の頃に、王太子の婚約者候補から外れた悪夢に匹敵する。
何故、ソフィアの娘までも、イザベラを惨めにさせるのだ。
やっと、やっと、罪もないソフィアを羨まなくてすむようになったのに。
フェリスから贈られた紅玉石の美しい首飾りが重い。
この首飾りは、もとからこんなに重かったろうか?
「お母様。大丈夫なの? 侍女たちがレーヴェ神殿にお祓いお願いしてみてはって言ってるわよ」
「何を言うの、アドリアナ。まるでそれじゃ本当に私がレーヴェ神の怒りを買ってるみたいじゃないの」
「でも。ご挨拶もなくては、レーヴェ神も御機嫌よろしくないかも」
アドリアナはフェリスに逢ってはいないが、フェリス殿下は、小さなレティシアにすら優しい青年で、美貌の男神と謡われるレーヴェ神そっくりと聞いて満更でもない。
「そうね。そうかも知れないわね。貴方がお嫁に行くところですものね。御酒でも奉納するかしら」
紅玉石の首飾りが重い。でもこれはフェリス殿下から頂いた大切な品。
「イ、イザベラ様! ディアナ魔法省と、レーヴェ神殿より、魔法の書が参りまして……!」
「まあ何かしら。きっと花嫁交換の承諾の文よ。……待っててね、アドリアナ。お母様が必ず、
あなたをあの美しいフェリス様の妃にしてあげますからね」
イザベラの分身とも言える愛娘のアドリアナがあの夢のように美しい王子の妃になれたら、ネイサンとの結婚で疲れ果てたこの心も少しは癒される気がする。
(どうしたの、イザベラ? お茶にしましょう? 桜のお茶を煎れるわ)
春の陽ざしのようなソフィア王妃が失われてのち、王妃になっても少しも満たされぬこの心が。
レティシアにそんな幸せは渡さない。
ソフィアの娘ばかりが大切にされるなんて、サリアの女神様は不公平だ。
イザベラとアドリアナにも祝福をくれるべきだ。
枯れていく薔薇の紅をすべて吸ったように、紅玉石の首飾りがイザベラの胸元で輝いていた。
私達、活躍してるわ! と得意げな薔薇の精霊たちです(笑)
たぶんレティシアが彼女たちの頑張りを知ったら
枯れちゃダメだよ、せっかく綺麗に咲いてたのにもったいないって心配する筈
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