参謀の戦術 #24
ティオが作戦参謀となって二日目も、粛々と傭兵団の強化は進んでいった。
起床から就寝まで、食事の時間も、休憩も、はっきりと分単位で決められ管理させるようになった。
サラが団長に就任してから、それまでだらけがちだった傭兵団に活気が出て皆張り切って訓練をするようになっていたが、ティオによる改革はもっと明確で厳しく、全てにおいて規律正しいものとなった。
「点呼ー!」「点呼ー!」「番号、はじめ!」「一!」「二!」「三!」
凛とした朝の空気が満ちる食堂に団員達の声が響き渡り……
「第一小隊、全員揃いました!」「第三小隊、全員揃いました!」先を競うような小隊長の報告を受け、副団長のボロツが、まとめてサラに報告を上げた。
「サラ団長、傭兵団、全員揃いました!」
「了解!……じゃあ、みんな、今日も一日頑張ろうー!……いただきます!」
サラの合図で、皆が異口同音に「いただきます!」と発して、一斉に朝食を食べ始める。
こうした、点呼からの、班長、小隊長、副団長、団長と報告をあげる方式は、訓練の前や後、起床時、消灯時など、随時行われるようになった。
初日はとまどう者も多かったが、一日に何度も行われる内に、皆自然と慣れてゆき、やがて、息をするように自然と行うようになっていった。
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時間は、ティオが宿舎の中庭に設置した日時計によって、基本的に管理されていた。
「チェレンチーさん、これをどうぞ。」
「これは……携帯用の日時計?」
「使い方は分かりますか?」
「ああ、うん。今は……大体七時だね。」
ティオは、二日目の朝、チェレンチーに鎖のついた日時計を渡した。
直径15センチ程の金属盤に、太陽の動きを影で示す指示針が立ち、放射線状に目盛りが刻まれている。
鎖を腰のベルトに下げる事で、チェレンチーはいつでも時間を確認出来るようになった。
「精度は高くないですが、ないよりはマシでしょう。俺が居ない時に時間を管理してもらいたいので、使って下さい。」
「あ、ありがとう、ティオ君!……この時計、一体どうしたの?」
「今朝街に用事で行った時に、ついでに探してきました。」
「ええ!? もう街に行って帰ってきたの? いつの間に?……ティ、ティオ君、ちゃんと寝てる? 疲れがたまったりしてない?」
「俺なら平気です。心配要りませんよ。」
ティオがサラの部屋に移るまで、ティオと同室で二段ベッドを一緒に使っていたチェレンチーは、傭兵団の中でも特にティオと親しかったが……
それでも、作戦参謀となったティオの働きぶりには、驚かされる事が多々あった。
「……こ、これ、僕が使ってしまっていいのかな? ティオ君も、時計を持っていた方が便利なんじゃない?」
「いえ。……実は、ここだけの話、中庭に日時計を作りはしましたが、あれはみんなにはっきりと時間を意識してもらうためのもので、俺自身は使っていないんです。俺は体感で分かるので、時計は要りません。」
「ええ!? そ、そうなの? す、凄いんだねぇ!」
傭兵団の一日の予定は、細かく時間が決められていたが、その時間を知らせる役は、ほとんどティオが担っていた。
ただ、ティオは、だんだんと傭兵団の改革が軌道に乗るにつれて、訓練をずっと見ている事が少なくなり、訓練時間中も城下町まで出かけていって、物資の調達や情報収集に費やすようになっていった。
そんなティオが不在の折は、代わりにチェレンチーが、ティオから貰った日時計で時間を計っては「後少しでお昼休みは終わりになりますー!」と時報を叫んでいた。
団員達も時間を気にして、宿舎の中庭に設置された日時計を見たり、ティオやチェレンチーに都度時間を尋ねる者も増えていった。
「今は、夜九時四十八分ですね。もう後十二分で消灯時間です。」
ただ、いつ尋ねても即座にピタリと細かい分数まで答えるのは、ティオのみだった。
□
弓を専門とする小隊を設けた事は傭兵団にとって画期的な出来事だったが、それは、ティオの構想の一端でしかなかった。
ティオは、次々と各小隊に新しい戦闘方法を割り振っていった。
「うわっ! でかっ! なんだ、この盾! 前が見えねぇ!」
「どうやってこんなもの持って戦うんだよ? 剣が振れねぇぞ?」
訓練用の大盾を支給された第七小隊の隊員達は、自分の体がスッポリ隠れる程もある大きな長方形の盾に驚きとまどっていた。
第七小隊は、戦闘力は劣るが、協調性のある者が特に多く選び出された隊だった。
「これからみなさんには、いくつかの陣形を覚えてもらいます。」
「大盾は防御に特化した武具です。状況に応じて陣形を変える事で、敵の攻撃を効果的に防ぎ、味方の兵を守るのが主な役目となります。」
「現在、実際の戦闘で使う大盾の制作を急がせている所です。実際の大盾は訓練用の木で出来たものよりもずっと重いですが、今はとりあえず大盾の大きさと取り回しに慣れて下さい。」
ティオは、盾の裏側に剣を取りつけて携帯出来る事や、動きに慣れてきたら弓部隊など他の部隊との合同訓練がある事を説明した。
基本的な戦術の説明は、紙に書き起こしてチェレンチーに渡し、ティオが居ない時でも確認出来るようになっていた。
初めの頃はティオ本人が指導していたが、慣れてきた頃には、部隊長に指示を任せて、その日の訓練メニューだけ伝えるようになっていった。
もちろん、その日その日の訓練メニューも、ティオが書きとめて朝にはチェレンチーに渡してあった。
ティオは、日中頻繁に城下町に赴くようになっても、各部隊の訓練を全く見ていない訳ではなく、時間のある限り訓練場に顔を出して、満遍なく各部隊の様子を見て回っていた。
その時に、訓練方法を直接指示する事もあれば、夜の会議で小隊長に気になった点を話す事もあった。
皆、最初の内は、ティオの厳しい指導に怯えて、彼が回ってくると萎縮していたが……
「おおい、ティオ! 手が空いてたら、こっちも見てくれ! この前上手くいかなかった所なんだが、良くなってるかな?」
次第に新しい戦闘訓練に慣れるにつれ、積極的にティオに意見を求めるようになっていった。
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「槍は剣よりも離れた距離から攻撃が出来ます。剣の間合いに入らず攻撃を当てられる強力な武器です。ただ、扱いに癖があるので、慣れが必要になります。」
「一人一人独立して戦うやり方もありますが、それには熟練と個人の腕前が要求されるので、今回の戦いでは使いません。陣形を組んで、集団で戦う方法を訓練をします。」
「大盾部隊が防御に特化した部隊なら、槍部隊は攻撃に特化した部隊です。集団で息を合わせ、一つの大きな武器のようになって攻撃を繰り出せるよう、練習を繰り返して下さい。」
槍などほとんど持った事のない傭兵達が、なんとか振り回そうとして、ゴツゴツとお互いの武器をぶつけ合ったり、柄で他の人間の頭を殴ってしまっている様子を見て、ティオが手を叩いた。
「では、少しずつやってみましょう。」
「槍を右手で持ち体にピッタリと沿わせて立てた状態が基本姿勢になります。……そこから、体とは垂直に両手で槍を構えた攻撃の準備態勢に変わります。……構え!……直れ!……構え!……直れ!……」
「動きがバラバラですよ! 槍は武器が長いので、少しでも動きがズレると他の隊員に当たってしまったり、邪魔になったりと、役に立ちません。しっかりと小隊長の号令に合わせて、全員の息が揃うようになるまで、練習を繰り返して下さい。」
第六小隊の槍部隊は、協調性と共に、大盾部隊程の腕力はないものの、代わりに俊敏さのある者が選ばれていた。
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「第一小隊から第四小隊までは、剣を扱う部隊となります。」
「今までは、それぞれ好きな形状の剣を使っていましたが、扱いやすさと防御面も考慮して、片手剣に統一しました。左手に盾、右手に剣を持って戦う一般的なスタイルです。剣で攻撃するだけでなく、盾による防御も可能です。」
「そして何よりも、片手剣部隊に要求するのは、機動力です。」
「もちろん鎧も身につけますが、盾である程度防御が可能なので、なるべく軽鎧にして、素早く動けるようにしました。戦場を疾風のように縦横無尽に駆け回って、攻撃や撹乱を旨とします。状況に応じて素早く進軍し、敵の弱点への一点突破を狙います。逆に後退も簡単に出来、不利な状況下では味方の守る安全な陣地まで速やかに戻る事も可能です。」
「よって、皆さんは、剣の扱いだけでなく、走り込みを多くおこなって、いつでも機敏に動けるよう、体を慣らしておいて下さい。」
サラやボロツといった、もう自分の戦闘スタイルが固まっている剣豪は例外として、それ以外の一般兵は、片手に剣、片手に盾という形態になった。
盾は片手で扱える程度の大きと重さの丸盾で、さすがに大きな戦斧などの一撃は無理だが、ある程度の攻撃はこれでしのぐ事が出来る。
同じく、剣も、片手で扱うのにちょうど良い大きさと重さの長剣に統一された。
この様式は、王国正規軍の基本戦闘態勢でもあり、ハンスの専門分野なので、剣の扱いの技術的な指導は引き続き彼に任せる事になった。
小隊ごとに、部隊長が競って短距離走も繰り返した。
「走って、即攻撃! のろいのろい、もっと速く!」
「第二小隊に負けんなよ! オラ! すぐ体勢を立て直せ!」
各小隊長達の檄が訓練場に休みなく響いていた。
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「第五小隊は重装歩兵隊になります。」
「頑丈な鎧に全身を包む事で、弓矢、片手剣といった比較的軽い攻撃を防御する事が出来るようになります。その代わり、鎧の重さにより、移動速度がかなり落ちます。間違った場所に進んでしまうと元の場所に戻るのに時間がかかってしまうため、行動は必ず隊長の指示に従って、正確にムダなく行って下さい。」
「重装歩兵は防御にも攻撃にも力を発揮出来ます。味方が敵に取り囲まれている所に切り込んで助け出す場面もあるでしょう。逆に、敵の守りの固い箇所を強行突破する事も可能です。」
「スピードは遅くとも、確実に敵をなぎ倒して道を作り、また、味方の盾となって退路を確保する、それが皆さんの役割です。」
第五小隊には、重い鎧を身につけるのに耐えうるよう、特に体が頑丈で力のある者が選ばれていた。
武器も大きさと重さを兼ね備えた戦斧となり、一撃の破壊力は爆発的に上がった。
しかし、武器防具を合わせた重量はかなりのものとなってしまうため、その状態での動きに慣れる事が課題となった。
「大盾部隊と共に、最優先で武具を作らせていますので、出来次第、本物の武器防具を身につけての訓練となります。」
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「おい、ティオ! これはどういう事だ?」
ティオが重装歩兵隊となった第五小隊に説明を行っていると、ジラールが大股で訓練場を横切ってやって来た。
「ジラールさん、どうかしましたか?……弓部隊には、今揃えられるだけの武器は渡しましたよ。明日にはもっと数が揃うと思うので、今日はある分だけで交代で訓練を行って欲しいのですが。」
「そういう問題ではない! いいから、ちょっと来い!」
そう言うと、ジラールはティオの腕を引っ掴み、弓部隊である第八小隊が訓練を行っている場所まで強引に連れていった。
ジラールは、弓部隊の兵士が持っていたものをバッと奪い取ると、ティオの目の前にかざした。
矢の先端が怖いらしく、ティオさり気なくスッと視線を外していた。
「一体これはなんだ!?」
「弓です。」
「弓は弓でも……石弓ではないか! こんなもの、弓と呼べるか!」
「遠く離れた場所から、矢をつがえて敵を射る。立派な弓ですよ。」
どうやら、弓の名手であるジラールは、弓部隊に配備された弓の種類が、長弓ではなく石弓であった事が不満なようだった。
ジラールが使っている弓は、文字通り弓なりになった大きな柄を体に沿って立て、それを軸として弦を引き絞って放つ方式の武器だったが、石弓は同じ弓とは言っても、長弓とは大きく形状が異なっていた。
木で出来た軸を足で地面に固定して、弦を引き矢をセットし、後は、構え直して的に向かって撃ちだす。
長弓よりももっと人工的かつ機械的であり、使い方さえ覚えてしまえば、誰でも均一な威力で矢を射る事が出来るものだった。
「まず、威力が足りん! 飛距離もだ! おまけに速射性も劣る!……石弓より長弓の方が遥かに優れているだろうが!」
「それは、俺もそう思いますが……石弓は長弓に比べるとずっと扱いが簡単なので。今まで一度も弓に触れた事のない者や、力の弱い者も、使用する事が可能です。」
弓部隊には、部隊長である長身痩躯のジラールをはじめとして、ひょろりとした体格の者が多く配置されていた。
大盾や重装は言わずもがな、剣や槍といった武器を振るうのにあまり適してない、腕力の弱い者が弓部隊に集められていた。
そんな彼らでも、訓練すれば短期間で石弓を扱う事が出来るようになり、十二分に戦力になると考えたからだった。
「ジラールさん。我々が戦場に駆り出されるまで、もう時間がありません。」
「長弓は、確かに、攻撃力も飛距離も優れています。矢をつがえて撃つまでの動作を熟練させれば、素早い連射も可能でしょう。弓の中では最高の攻撃性を誇るものだと、俺も思っています。」
「しかし、その代わり、扱いに慣れるまで、長い時間を必要とします。昨日今日弓を持ったばかりの人間には、的に当てるどころか、真っ直ぐ前に飛ばす事さえ難しいでしょう。」
「それに比べて、石弓は、誰にでも扱えて、均一な攻撃力と飛距離を出す事が可能です。……戦本番までもう二週間強しかなく、長弓の訓練をしている余裕がない現状、石弓を使用するのが最善と思って選ばせてもらいました。」
「もちろん、ジラールさんは例外です。使い慣れた愛用の長弓を駆使して、遠くから指揮官を狙い撃ちしてもらう事を期待しています。」
ティオが冷静かつ論理的に説明をし、同時に、ジラールの弓の腕前の良さをしっかりとフォローする事で、思わずカッとなっていたジラールも、だんだんと落ち着きを取り戻していった様子だった。
まだ、拗ねたようにそっぽを向いて「そんな事、言われずとも俺にははじめから分かっていたわ!」などと言っていたが。
「ジラールさんは、石弓の扱いもご存知ですよね? 第八小隊の皆に、指導をお願いしたいのですが。」
「フン! 長弓よりも劣る石弓の扱いなど、俺にかかれば赤子の手をひねるようにたやすいわ!……まあ、お前がそこまで言うのなら、指導してやらんでもない。」
「ありがとうございます! ジラールさんだけが頼りです!」
こうして、ジラールがヘソを曲げかけるという一幕はあったものの、ティオの説得により機嫌を直して指導に当たるようになり……
いよいよ、傭兵団は、新しい体制の元、訓練に本腰を入れていく事となった。
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☆The 13th Sage ひとくちメモ☆
「弓兵部隊」
傭兵団の第八小隊は弓を扱う部隊である。
小隊長は弓の名手であるジラールが担っている。
扱いやすさから、弓兵部隊の武器は石弓となった。




