参謀の戦術 #25
「ズルイ! みんなズルーイ! 私も何か新しい訓練するー!」
次々と傭兵団の各部隊が、新しい武具や戦術を得て訓練を始めている様子を見て、サラがブーブー不満を言い出すまで、さほど時間はかからなかった。
「あー、分かった分かった。じゃあ、これはサラ専用の特別な訓練なー。」
「やったぁー! 私も、もっともーっと強くなっちゃうぞー!」
傭兵団幹部の面々がダダをこねだしたサラの扱いに困る中、ティオがサラに新しい訓練方法を考えた事で、なんとか丸く収まったのだった。
こうして、サラは、周りを取り囲む剣を持った複数の兵士を相手にしつつ、弓の攻撃を想定した、投げつけられる小石をかわす、という特訓を開始する事になった。
常人より遥かに運動神経の良いサラは、すぐにコツを覚え、日を追うごとに順調に相手をする兵士の人数を増やしていっていた。
それでも未だに、たまに様子を見に来たティオが、石を投げる係を交代すると、彼が投げてきた石は、見事に全弾、サラの背中やら、手の甲やら、ふくらはぎやらに命中し続け……
そのたびに、サラは、悔しさで顔を真っ赤にして、ギリギリ歯ぎしりする羽目になった。
□
「ティオ、今日も昼ご飯の時居なかったよねー? どこに行ってたのよー?」
サラは、訓練の休憩中にふらりと姿を現したティオに向かって、唇を尖らせた。
ティオは、サラが休んでいた、訓練場の片隅にある木々の植えられた場所までやって来ると、そこに置いてある大きな桶の蓋を取り、香草が浸かった清水の入っている中の様子を確認した後、軽く一杯器に汲んで一息にあおった。
「予算の交渉に行ってたんだよ。」
「王国正規軍に対しては、ちゃんと毎年予算が組まれてるんだが、傭兵団は今年内戦が始まったせいで、つい最近出来た部隊だからなぁ。一応、団員には雀の涙程の報酬が支払われて、寝食の保証もされてはいるんだが、軍隊としての必要経費は、今まで全く考えられていなかったんだよ。」
「武器防具も、それぞれが持っている物をそのまま使ってくれって感じでさ。でも、それじゃあ、この先まともに戦えないだろう? 何しろ、武器はともかく、防具なんて持ってないヤツの方が多いんだからな。」
「それで、軍隊の会計を仕切っている人物に、傭兵団にもきちんと予算を出してくれって話に行ってきたんだよ。」
「お金、ちゃんと貰えたのー?」
「まあ、その辺は、俺のこの交渉術で、なんとか認めてもらったぜ。近衛騎士団の大隊長さんの口添えもあったしなー。」
「それは、良かったけどー……アンタ、まだあの近衛騎士団の大隊長さんにお願い聞いてもらってるのー? 弱みを握ってるからって、どんだけ利用するつもりなのよー?」
「まあ、使えるものはなんでも使わないとな。資金は多いに越した事ないからなぁ。……どうせ、正規兵が内戦と流行り病でごっそり減って宙に浮いてた予算なんだ。居なくなった兵士の代わりに補充された俺達傭兵団が使うのが、一番理にかなってるだろー?」
ティオは、ニシシと少し腹黒い笑みを浮かべていた。
サラは、そんなティオの言動に呆れつつも、もはや口を挟む気はなく、腕組みをしたまま唇を引き結んでいた。
□
作戦参謀となったティオの実務は、多岐に渡っていた。
ティオは、はじめの内は、主に傭兵団内の改革にいそしんでいた。
傭兵団を八つの小隊に分け、更に各小隊を八つの班に分け、小隊長や班長というリーダーをそれぞれの隊や班に置いて、細かく分割して管理する方式に団員達を慣れさせた。
各部隊は戦闘においても、剣、弓、槍、大盾など、扱う武具によっての役割を明確にさせ、今までにない戦略的な訓練に変わった。
しかし、そんな内部の組織編成や新しく設けた規範、各部隊ごとの特殊な訓練が軌道に乗ると……
ティオは、傭兵団の運営管理の方面を、主に小隊長達や副団長のボロツに任せるようになっていった。
また、ティオが書いたその日の訓練メニューを渡されている作戦参謀補佐のチェレンチーも、幹部達と共に傭兵団の運営に良く貢献していた。
ティオは、作戦参謀補佐に就任した当初から、傭兵団の改革と並行して、武器防具などの物資やもろもろの資金の調達に駆け回っていたが……
傭兵団内の新体制が整うにつれて、いよいよ、外に出て、様々な交渉や情報収集に時間と労力を割く割合が多くなっていった。
それでも、傭兵団の状態には隅々まで目を光らせており、朝晩の定例会議では、副団長のボロツをはじめ各小隊長が見落としている箇所を指摘する場面も多く見られた。
また、その日の早朝にティオから渡される訓練メニューは、各部隊の訓練の進行度合いをしっかりと把握した内容になっていた。
唐突に「作戦参謀」という役職に就き、次々と今までになかった試みを始めて傭兵団の改革を推し進めていくティオが、次第に団員達の支持と信頼を得ていったのは……
そんな彼の、熱心にして優秀な働きぶりを皆が目の当たりにしたためだった。
「……ティオ、アイツ、一人で十人分ぐらい働いてんじゃねぇのか?」
個人的にはティオの事を未だあまり良く思っていないボロツさえ、思わずポロリと漏らす程だった。
また、訓練用の武器にはじまり、様々な物資をどこからか確実に調達してくる手腕も、団員達のティオに対する見方が変わった大きな要因だった。
口だけなら誰でも出せるが、それを実現させる事は難しい。
そんな中、ティオが、次から次へと真新しい武器防具を用立ててくる様を見てしまっては、ぐうの音も出なくなる。
やはり、現物の迫力と影響力は絶大であり、傭兵団に明確な富をもたらす存在であるティオの言葉に、皆自然と耳を傾け、従うようになっていっていた。
□
ティオがどうやってポンポンと新しい用具や武具を調達してくるのか、皆不思議がっていた。
おそらく、その実情を知っているのは、彼の補佐をしているチェレンチーと、後は、彼の秘密を知っているサラぐらいだったろう。
ティオが交渉や商談に強いのは間違いなかった。
頭がいいだけでなく、思考の回転が速く、知識も豊富で、しかも肝が座っているため堂々とした態度が崩れる事がない。
弁舌に長け、論理的に話を進めつつも、相手の心情を察し、機転を利かせて落とし所を決める柔軟さも持ち合わせている。
サラも、およそ口論でティオに勝てる気がしないので、ムッとした時は無言で彼の背中を叩いたり足を蹴ったりするのが習慣になっていた。
ティオが傭兵団の作戦参謀となった翌日、サラは、ティオがチェレンチーと二人きりで話している所を目にした。
「ティ、ティオ君、ご、ごめん! 君から渡されていたお金、武器防具の発注の手付け金としてほどんと使ってしまって、もうほとんど残ってないんだよ!」
「ああ、いえいえ、いいんですいいんです。元からそのつもりでしたから。……それより、少し余ったという事は、チェレンチーさん、ずいぶん頑張って交渉してくれたんですね。本当に助かります。」
「ぼ、僕なんか、ティオ君に比べたら全然だよ!……あ、残ったお金は、ティオ君に返しておくね。」
「いえ、そのままチェレンチーさんが持っていて下さい。これから先俺は、手を尽くしてあちこちから資金を掻き集めてくるつもりですが、それも出来たら全てチェレンチーさんに管理して欲しいんです。傭兵団の出納や会計を全面的に任せてしまってもいいでしょうか? 手が回らないようなら、もちろん俺も手伝いますので。」
ティオとチェレンチー、傭兵団において、読み書きソロバンの技能を持っているのはこの二人しかおらず、必然的に、資金繰りはこの二人に全ての仕事が任される事になった。
サラも、そんな二人のやりとりを、(二人とも頑張ってるなぁ。大変だなぁ。)などと思いながら見ていたのだったが……
ティオがチェレンチーに再び預けていた豪華な刺繍の入った財布を見て、ピーン! とくるものがあった。
疾風のように走り寄ると、ティオの腕を引っ掴み、驚いてポカンとしているチェレンチーの前から、問答無用で連れ去ったサラだった。
チェレンチーに話を聞かれない場所まで離れると、サラはようやくティオの腕を放した。
「な、なんだよ、サラ? いきなり?」
「……ティオ、アンタ、さっきの財布、あれ、一体何ー?」
「あ、しまった!」
「しまったじゃなーい!……あれは、アンタが街でチンピラに絡まれてた時スった財布の一つでしょー!」
「……チッ。ホント、サラは、余計な所で記憶力がいいよなぁ。容量少ないんだから、その貴重な脳みそ、もっと別の事に使えってのー。」
「バカで悪かったわねー!……って言うか、さり気なく話を逸らして誤魔化さないでよねー!」
「ティオ、アンタ、私に『あの時盗んだお金は、もう全部使っちゃったー。』とか、言ってなかったっけー? 本当は、まだ持ってたのねー!」
サラに噛みつく勢いで問い詰められて、ティオはあっさりと吐いた。
「ああ、うん。実は、チェレンチーさんに預けておいたんだよなー。あの人だったらくすねたりしないから安心だしなー。一昨日の夜、なんか嫌な予感がしたんで、有り金全部渡しておいたんだよー。おかげで助かったなぁ。」
「そ、そっかー。それで、私の部屋に住むようになった時、身体検査してもなんにも出なかったのねー?……もう! よくもまたしれっと嘘ついてくれたわねー!」
「まあ、でも、今はもう本当にほとんど使っちまったぜー。」
「あの時盗んだ財布に入ってた金は、傭兵団の新しい武器と防具を作るための手付金にしたんだ。」
「やっぱり、武器防具はなるべく早く揃えておきたいだろー? ちょうど俺が金を持ってて良かったなぁー。あの金があったから、すぐに鍛冶屋と交渉出来たんだ。傭兵団のために有意義に使ったんだからさー、許してくれよー、サラー。」
「まさか、今更返せとか言わないよなー? まあ、言われても無理だけどー。」
「……ンググググッ!……」
サラは、思いっきり苦虫を噛み潰したような顔で、ドンドンと地面を踏みしめていた。
ティオに騙されていたのは悔しいし、盗んだお金を使うというのもサラの掲げる正義にもとる行為だ。
しかし、もう回収は無理そうであり、しかも傭兵団のために使ったとあっては、責めるに責められなくなっていた。
サラは、相変わらず全く罪悪感など感じていなさそうなティオの顔をビシッと指差して言った。
「……こ、今回だけなんだからねー! しょ、しょうがないから、今回だけは大目に見てあげるわよー!」
「サンキュー! サラちゃん、やっさしー! 話が分かるぅー! さすがは、世界一の美少女剣士ー!」
「こ、こんな時ばっかり、心にもない褒め言葉をペラペラとー! ほんっと良く回る舌よねー!」
サラは、ひとしきり愚痴った後、フウッと息をついて気分を切り替え、腰に手を当てて改めてティオに向き直った。
「……でも、さっきの話だと、もう持ってたお金全部使っちゃったんでしょー? 手付金って、まだ全部の代金は払ってないって事だよねー? 残りのお金は一体どうするのよー?」
「その辺はちゃんと考えてあるってー。まあ、鍛冶屋に発注した武器防具が出来上がるまでしばらくかかるから、その間にきっちり用意するさー。」
「盗むのはダメよ! またどっかから盗んでくるのだけは、ぜーったいダメなんだからねー!」
「分かってるってー。ちゃんと合法的に調達してくるから、安心してくれよなー。」
「つーか、金の事なんか、サラが心配する必要はないんだよー。そういうのは、作戦参謀の俺の役目だってのー。」
「サラは団長なんだから、いつでもドーンと構えて、自分と傭兵団の事だけ考えてろよ。な!」
そう言いながら、ティオは、相変わらず緊張感のない飄々とした笑顔で、ポンポンとサラの肩を叩いた。
(アンタがそんなヤツだから、いつまで経っても私の心配事が尽きないのよー!)と、ちょっとイラッとしたサラではあったが、再びハーッと息を吐いた。
「……まあ、いいわ。ティオに任せるって、決めた事だもんね。それに、今は、傭兵団を強くして戦で勝つのが、一番大事だもんね。」
「そうそう。良く分かってんじゃん、サラー。」
「で・も! 本当に悪い事はダメよ! 私の目の黒い内は絶対アンタに悪い事はさせないって言ったわよねー? 忘れないでよ、ティオー!」
「もちろん、忘れてないってー。約束は守るぜー。」
「……」
不安な気持ちは残ったままだったが、その時は苦渋の選択でティオの行動を容認したサラだった。
しかし、ティオが他にも、サラの好まない方法で物資を調達していた事実をサラが知るのに、それ程時間はかからなかった。
読んで下さってありがとうございます。
ブクマ、評価、感想、いいね等貰えたら嬉しいです。
とても励みになります。
☆The 13th Sage ひとくちメモ☆
「ティオの持っていた財布」
街でチンピラに絡まれた際くすねたもの。
サラが身体検査をした時には、チェレンチーに預けていたので見つけられなかった。
おかげで、傭兵団の武具を新調する手付金として有効的に使われた。




