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十三番目の賢者  作者: 綾里悠
第五章 参謀の戦術 <後編>参謀の手腕
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参謀の戦術 #22


「バカティオー!……私とボロツは、みんなに好かれてなきゃダメだから、嫌な事はするな! その代わり嫌な事は全部俺がやって嫌われるから、ってー! 何よ、それー! そんなのダメー! ヤダー! ヤダヤダヤダー!」

「お、おい、サラー! ガキみたいなワガママ言うなよー! お前は、仮にも、この傭兵団の団長だろー?……後、割とマジで痛いから、叩くのやめてくれー!」


 感情に任せてポカポカティオを叩き続けるサラを、ティオだけでなく、一同あっけにとられて見つめていた。


「そうだよー! 私は団長なのー! ここで一番偉いんだからー! だから、ティオも私の言う事聞かなきゃ、ダメー!」


「ティオが嫌われる事で、私とボロツがもっとみんなに好かれるとか、そういうの嫌なのー! 誰かが犠牲になって、そのおかげで他のみんなは幸せーっとか、そんなの、私は許さないー!」


「ティオだって、この傭兵団の一員でしょー! 仲間でしょー! だから、みんなと仲良くやってほしいのー! みんなに好かれて欲しいんだってばー! ティオも一生懸命頑張ってるのに、悪口言われるなんて、嫌だよー!」


 しかし、だだっ子のような状態になったサラがいくら訴えても、ティオは、呆然とし戸惑いはするものの……

 決して折れる事はなかった。


「だーかーらー、俺は別にみんなと仲良くしたいとか、好かれたいとか思ってないっつってんだろー!」


「俺の仕事は、『傭兵団を強くして、戦で勝たせる』事なんだよ! 仲良しこよしで強くなれるなら、いくらでもそうするけどな、そうじゃないから、こうして厳しくしてるんだろうが!」


「サラ、お前も、もう少し事態の深刻さを理解しろ! 俺達傭兵団が内戦の前線に送られるまで、後いくらも時間がないんだぞ! いつまでも仲間ごっこ気分でいるんじゃねぇ!」

「ごっこじゃないもん! 私にとっては、本当に、みんな大事な仲間だもん!」



 頑ななティオの言葉と表情を目の当たりにして、サラは思い出していた。


『……俺は、特にこの世に未練はない。……』


 そう言っていた、ティオの事を。


『……元々俺は、いつ死んでもいいような人間だしなぁ。ただ「それが今だった」ってだけの事だ。むしろ、これで全部終わってスッキリするかもな。……』


 その言葉を、サラに責められて、ティオはその時はすぐに撤回した。

 ティオ本人も「気の迷いだった」「やけになってた」と、感想を漏らしていたし、その言葉に嘘はないだろう。

 もちろん、今は、「もういっそ、死んでもいいかな。」などとは微塵も思っていないに違いない。

 傭兵団を勝利させるために、ティオなりに、最善と思える方法で、最大限の努力をしているのだろう。

 けれど、そんなティオの選んだ方法にも目標にも……

 彼自身の幸福が含まれていないのを、サラは感じ取っていた。


(……ティオ、今日は、お昼ご飯どころか、夕ご飯だって食べてないじゃないのよー!……)


 昼食の休憩前にティオがチェレンチーと話していた内容から推察するに……

 ティオは、傭兵団用の武器防具の発注の交渉のため、昼食の時間を割いて、城下町の鍛冶屋街まで行ってきたのだと思われる。

 同様に、夕食の時も、いつの間にか姿が見えなくなっていた。

 チェレンチーが、空いたままのティオの席をチラチラ見つめながら心配そうな顔で夕食を食べていたのを見て、また同じような事情なのだろうとサラは想像していた。


(……ティオは、自分を犠牲にしてるって、全然思ってない! その自覚がない!……)


(……だから、自分がみんなから嫌われてもなんとも思わないし、用事があればご飯の時間も平気で削る!……)


(……でも! それじゃダメなのー! 自覚がないのが、一番悪いのよー!……)


(……こんな……こんな、ティオばっかりつらい目にあって、それでみんなが勝って幸せになったって、私はちっとも嬉しくないんだからー!……)


(……わ、私は……ティオだって、ちゃんと幸せになって欲しいのにー!……)


 サラの目に映るティオは……

 揺るがない強い意志を持ち、冷静で、頭脳明晰で、判断力、決断力、行動力を兼ね備えた、非常に優秀な人間だった。

 ティオの行動は、論理的かつ合理的で一切のムダがなく、おそらく彼の決めた方針は、常に最良の選択なのだろう。

 そんな、精神にも行動にも一部の隙もない人間に見えるティオの事を……

 なぜか、サラは、この傭兵団の団員の、誰の事よりも心配していた。


 完璧な聡明さと強さの裏に潜む、ティオの危うさを、サラは敏感に感じ取っていた。



「おお、いいぞいいぞ! 好きなだけ嫌われろ! ティオ!」


 ガッハッハッという豪快な笑い声が突如会議室に響き渡った。

 ボロツが、その分厚い手の平をパンパンと打ち合わせながら、サラとティオの会話に割って入ってきたのだった。


「ティオ、お前が嫌われる代わりに、俺とサラがますますみんなの人気者になるってか。悪い話じゃねぇな。俺は賛成だぜ!」


「確かに、この傭兵団は、サラと俺様の二人が仕切ってるもんなぁ。……なあ、サラ。いっその事、俺達付き合わねぇか?」

「ちょ、ちょっと、ボロツー! 邪魔しないでよー! 私、今、ティオと話してるんだからー!」


 馴れ馴れしい態度で肩を抱こうとしてきたボロツの腕を、サラは素早くパシッと払いのけて、彼をギッと睨んだが……


「サラ。ここまでティオの野郎が言ってるんだ、黙って聞いてやれよ。」

「ええ?」

「男が腹をくくって何かでっかい事をしようとしてるって時には、何も言わずに見守ってやるのが、いい女ってもんだぜ。」

「……ボロツ?」


 茶化してはいるが、ボロツがティオに助け舟を出しているのに気づき、サラはムムッと目をしかめた。

 ボロツは改めてティオに向き直って、真剣な眼差しで彼を見た。


「まあ、俺も正直、ティオ、お前が作戦参謀になるって初めて聞いた時には、なんでだよって思ったぜ。」


「どうせ、その面の良さと口の達者さで、上手い事サラに取り入ったんじゃないかってな。」


 ボロツの発言に思わず、サラをはじめあちこちから声が上がった。

 「いや、確かにティオは口先で人を丸め込むのは超得意だけどー、顔は別に良くないよー?」と言うサラ。

 「いえいえ、ティオ君は凄くカッコいいですけど、自分の容姿を利用してサラさんに取り入るなんて事は、絶対しない人ですよ!」と反発するチェレンチー。

 その他の団員の多くは「ティオのツラじゃあ、女は落とせねぇんじゃねぇか?」という意見だった。


 そんなバラバラな感想を聞いたティオは、クリッと首を回して隣の席のサラを見た。

「俺、見た目は、至って普通だよな?」

「いや、ゼンッゼン普通じゃないからね! 悪い意味で普通じゃないからね!……もう、なんで、ボロツとチャッピーだけは、ティオの顔がいいって言い張るんだろうー?」

「うーん。」

 サラとティオは、お互い不思議そうに首をかしげていた。


「とにかく、だ。」

 ゴホンと咳を一つして、ボロツは、ズレかけている話題を元に戻した。


「ティオ、今日一日お前の様子を見ていて、俺は分かった。お前は、マジで真剣で、マジで覚悟を決めてるってな。俺は、覚悟の決まってるヤツってのは、嫌いじゃねぇ。」


「まあ、俺個人としては、お前の事は気にくわねぇし、応援する気も更々ねぇ。後、サラとの事も、俺はゼッテェ認めねぇからな!」

 スバッとティオの鼻先に指を突きつけて宣言するボロツを見て、サラはげんなりした顔で「だから、ティオとはなんでもないってー。」と言っていたが、ボロツには完全に無視された。


「サラの頼みは断れねぇからな、一応今日の所は様子を見て、ダメなようなら、ソッコーお前を引きずり下ろそうと思ってたぜ。だが……」


「気が変わった! お前の覚悟は、どうやら本物らしいな、ティオ!」


「だから、俺も、お前の賭けに乗ってやるぜ! 存分に、好きなようにやってみろ!」


 胸を張って腕組みをし、会議室に響き渡る声で発せられたボロツの言葉に、「おおっ!」と団員達がざわめき、にわかにその場の雰囲気が熱を帯びていた。


「ボロツ副団長。ありがとうございます。」


 ティオはニコッと笑って、ボロツに向かって丁寧に頭を下げたが……


「でも、俺は『賭け』なんてしてないですよ。ちゃんと計算して、確実だと思うからやっているのであって、一か八かみたいな『賭け』ではないです。」

「だぁー! ティオ、テメェは、一言多いんだよ! 今いいとこだっただろうが! ビシッと決まったと思ったのによう!」



「ティオ、私も驚いたぞ! あれだけ完璧な軍隊式の訓練を指導出来るとは!」

 ボロツが発言した事で、それまで言いたい事をこらえて黙っていたらしいハンスも、口を開いた。


「ティオ、君はひょっとして、以前軍隊に所属していた事があったのか?」

「はい。まあ、ほんの二ヶ月程でしたけど。」

「そうか! やはりそうだったか!……しかし、意外だ。君の見た目からは全く想像がつかなかったな。いや、失礼。」

「いえ。俺も、全然自分に合ってないなって、ずっと思ってましたから。剣も持てないのに何をやらされてるんだろうって。凄い嫌だったんで、すぐ辞めました。」

「ええっ! ティオ、軍隊に居た事があったのー? 私も初めて聞いたんだけどー?」

「だから、二ヶ月弱しか居なかったんだって、サラ。そんなのいちいち人に話さないだろう、普通。」

「しかし、ティオ、剣が持てないというのに、どうやって軍隊で訓練をしていたのだ? 武器がなくては練習にならないだろう?」

「ああ、それは、木の棒を持って。」

「木の棒って! そんなの武器って言えないよー!」


 ハンスとサラは、驚きをもってティオの話を聞いていたが……

 もう一人ティオの軍隊経験について、口を挟んできた者が居た。


「フン。俺はすぐに気づいたぞ。ティオ、お前が軍隊経験者である事にな。」

「ジラールさん。……いや、でも、俺、本当に二ヶ月も居なかったんですけど。」


 弓兵部隊の小隊長であるジラールが、腕組みをして目を閉じ、しみじみとうなずいていた。

 ハンスを除けば、唯一この中で正規の軍隊に所属していた事のあるジラールは、ここぞとばかりに意見を言ってきた。


「なかなかいい指導ぶりだったぞ、ティオ。」


「ここの連中は、やる気はそこそこだが、お前の言う通り軍隊の基礎が全くなっていない。軍隊としては、下の下だ。この烏合の衆に、集団としての意識を植えつけ、規範を叩き込むのは、実に良い方向性だ。」


「この先、短い期間でどこまで鍛え上げられるか、お手並み拝見といった所か。楽しみにしているぞ、ティオ。」

「はい。頑張ります。」

「フン。せいぜい俺の期待を裏切らないよう精進する事だな。」


 ジラールは、口調自体は相変わらずプライドの高さが目立っていたが、話している内容や態度は、すっかり軟化していた。

 特にティオに対しての好感度が著しく上がったのが感じられ、会議に集った一同があっけにとられる程だった。


(……うっわぁー。朝はあんなに素っ気なかったジラールさんが、たった一日でこんなに心開いてるよー。……)


(……ティオってホント、こういうとこ上手いよねー。……)


 二人の会話する様子を見ていたサラも、感心を通り越して呆然としていた。


(……私は、元々ティオに作戦参謀として頑張ってもらうつもりだったしー、ボロツも、なんだかんだ言いながらティオを認めたみたいだしー、ハンスさんとジラールさんも、ティオのイメージがすっかり変わったっぽいよねー。……あ、幹部じゃないけど、チャッピーは元からティオの事、物凄く信頼してたっけー。……)


 団長のサラ、副団長のボロツ、傭兵団監視役の王国正規兵のハンス、小隊長の一人であるジラール、そして、参謀補佐のチェレンチー。

 会議のメンバーであるティオを除いた十二人の内、もう半数近い五人がティオを作戦参謀として認めている状況になっていた。

 しかも、団長のサラ、副団長のボロツ、監視役のハンスといった発言力のある主要メンバーが揃ってティオに賛同しているとなると、もはやティオの行動に異を唱えられる者は居なかった。


読んで下さってありがとうございます。

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☆The 13th Sage ひとくちメモ☆

「ボロツ」

筋骨隆々たるいかつい大男で、身の丈を超える巨大な大剣を愛用している。

見た目はいかにも粗暴そうだが、実は意外と細かな気遣いが出来る人物である。

破格の強さだけでなく、面倒見のいい人情家な性格もリーダーシップの源となっている。

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