参謀の戦術 #21
「初日は無事終わりましたね。みなさん、お疲れ様でした。」
「それでは、定例の幹部会議を始めましょう。」
夕食が済んだ後、朝の会議室に再び集った傭兵団幹部を前に、作戦参謀兼議長でもあるティオがさっそく切り出した。
「明日からは、いよいよ、各隊ごとに本格的な戦闘訓練も始める予定ですが、まずは今日の訓練の反省と報告からしていきましょうか。……では、第一小隊長から順に……」
「ねえ、ティオー。ティオってばー。ねえねえねえー。」
ティオは、少し固まった後、隣の席のサラに向き直った。
「サラ団長、何か発言のある時は、まず、挙手をお願いします。」
「はい! はいはいはいはい、はーい!」
「……」
サラの、シュバシュバシュバッと高速で手を上げ下げしての大声の挙手に、さすがのティオも眉をしかめ、渋々サラに発言権を与えた。
「サラ団長、何か?」
「ねえ、ティオ。」
「あそこまでやる必要あるのー? ちょっと厳し過ぎないー?」
団長という立場ではありつつも、愛くるしい無垢な少女であるサラの素朴な発言に……
その場に集まった一同は、ハッと息を飲んでいた。
サラ以外、ここまでストレートにティオに疑問をぶつけられる者は居なかった。
□
サラは、昼間、団員達がティオの陰口を言っているのを聞いていた。
午前中の訓練も終わりが近づいた所で、ティオは一旦「十分休憩!」と皆に言い渡して、足早に訓練場の入り口の渡り廊下の方へと歩いていった。
そこに、朝食の後姿を見せていなかったチェレンチーがやって来ているのに気づいたためだったようだ。
休憩時間となった事と、ティオが集団から離れた事で、傭兵達は心底ホッとした顔をしていた。
休憩時間中は私語が許されているので、さっそく、溜まった鬱憤を晴らすように、口々に喋り出す。
とはいっても、ティオに聞こえるのを恐れてか、ある程度声は抑えているようだった。
「……なんだよ、ティオ、あの野郎、いきなり威張りだしやがってよう!……」
「……自分は剣の一つも持てないダメ傭兵のくせに!……」
「……サラ団長やボロツ副団長達が何も言わないから、こっちも文句が言えねぇってだけで、アイツ一人なら、ぶん殴ってやる所だぜ!……」
ティオへの不満の意見が上がるたびに、皆ウンウンと同意していた。
確かに、昨日までは傭兵団で一番の下っ端の役立たずといった印象だったティオが、いきなり「作戦参謀になった」と言いだし、傭兵団全体に指示を出し始めたのだから、とまどう者、面白く思わない者も多かった。
しかし、ティオの行動が、サラをはじめとした傭兵団の幹部達に認められている以上、一兵卒の立場では大人しく従う他ないといった所のようだった。
サラは特に聞き耳を立てた訳ではなかったが、身体能力が高く聴力も人並み以上にあるせいで、団員達の愚痴が自然と耳に入ってしまっていた。
綺麗な弧を描く金の眉をひそめて、サラはそっとその場を離れた。
当人の居ない所で悪口を言う行為そのものも、正義感の強いサラは嫌っていたが、それ以上に……
(……ティオ……)
ティオが悪く言われているのを聞くと、胸の奥がシクシク痛んだ。
□
一方ティオは、訓練場の端の日陰になっている渡り廊下で、一枚の紙を眺めながらチェレンチーと話し込んでいた。
集団から少し距離をとったサラは、支柱にもたれて休みながら、何気なく二人の会話を聞いていた。
「……言われた通り、目星をつけてあった鍛冶屋であいみつを取ってきたんだけれどもね、どうもその内容が……」
「ああ、これは舐められてますね。この原料を使ってこの工程の加工をするのに、人件費を多く見積もっても、こんな価格はないでしょう。そもそも、納期が遅過ぎる。武器防具は、戦が始まる前に揃えないと意味がないというのに。」
「や、やっぱり、そうだよねぇ。僕も頑張って交渉したんだけど、強面の職人さん達に鼻で笑われちゃって、まともに相手にしてもらえなかったんだ。……ごめん、ティオ君! 僕の見た目がこんなだからいけないんだ!」
「いえいえ、チェレンチーさんは、精一杯頑張ってくれていますよ!」
ふっくらした赤い頬と柔らかな巻き毛が元々の童顔に輪をかけているチェレンチーは、ガックリ肩を落として落ち込み、それをティオが必死に慰める。
朝からチェレンチーの姿が見えないと思っていたが、どうやら城下町の鍛冶屋街まで行っていたらしい。
本番の戦で使う傭兵団用の武器防具の発注をティオに頼まれていたようだった。
「分かりました。俺が行ってきます。」
ティオは、悩む間もなく、キッパリと言い切った。
チェレンチーが小さな丸い目を見開いて驚く。
「ええ!?……で、でも、ティオ君は、今日は一日訓練に参加する予定だったよね? ティオ君が居ないと、せっかくの新しい体制が実行出来ないよ?」
「大丈夫です。訓練にはちゃんと出ますから。」
「昼休みが、昼食の時間を含めて四十五分ありますから、その時に行って、午後の訓練までには帰ってきますよ。」
「えっ! 城下町の鍛冶屋街まで、片道三十分はかかってしまうよ?」
「走ればもっと早く行けるでしょう。」
「は、走……ええぇ?……そ、それに、お昼ご飯はどうするつもりなんだい、ティオ君?」
「俺なら、一食ぐらい抜いても平気です。」
「ダ、ダメだよ、そんなのー! ティオ君はまだまだ育ち盛りなんだから、しっかり食べないとー!……や、やっぱり、僕がもう一度行って話を……」
「大丈夫です。チェレンチーさんこそ、城下町まで行って疲れているでしょう? もうすぐ昼食ですし、ゆっくり休んで下さい。」
ティオは、目を白黒させているチェレンチーを安心させるかのように、ニッコリと笑っていた。
その後の昼休みには、時間になった途端に、ティオはどこかに姿を消していた。
そして、午後の訓練が始まる少し前に、いつの間にか帰ってきて傭兵団に合流していた。
団員達を指揮するティオの張り詰めた横顔には、微塵の疲れも気の緩みも感じられなかった。
サラは、黙って、そんなティオの姿を見つめていた。
□
「少し会議を中断させて下さい。」
ティオは会議室に集まった幹部の面々にそう断ってから、さっきからグイグイと自分のマントを引っ張っているサラに向き直った。
ハアッと一つ大袈裟な程大きなため息をついた後のティオは、傭兵団の作戦参謀としての顔ではなく、いつもサラと話す時の表情に戻っていた。
「なんだよ、サラー。今忙しいから、後にしてくれよー。」
「ヤダー!」
「ヤダってお前、ホント、ガキみたいな事をー……」
「だってー……」
「今日の訓練、一回も剣振ってないんだよー。ずっと点呼とかー、並び方とかー、歩き方とかー、そんなのばっかりー。」
「あんな事して、本当に役に立つのー?」
サラの率直で素朴な疑問を受けて、ティオは真顔で即答した。
「役に立たなきゃやってない。」
「しかも、もう戦本番まで二週間ちょっとしかないだろうっていうこんな時間のない時に、丸一日潰してまでやってるんだぞ。今日の訓練は、軍隊としての重要な基礎だからこそ、そこまでして徹底的にやってるんだよ。」
「軍隊の基礎?」
今まで軍隊に入った事のないサラは、ティオの頭に描いている事が未だ把握出来ず、眉根を寄せて首を傾げた。
「いいか、サラ。……戦場で、兵士が全員、自分勝手にバラバラに動いたら、もうそれは軍隊じゃない。戦略性は皆無で、軍団としての戦力も大きく落ちる。個人個人の戦闘力だけが頼りの、ただの兵士の寄せ集めだ。」
「でも、それぞれの兵士、あるいは部隊が、指示に従って素早く的確に動けるなら、いろいろな作戦が練れるし、効果的な布陣や戦略が使える。」
「個人一人一人の力の寄せ集めじゃない、全体としての強さも持つ事が出来るんだ。」
「ただ、それには、指示通りにテキパキと動けるようになるために、集団行動の基本を徹底的に叩き込む必要があるんだよ。それが、今日の訓練でやった事だ。」
ティオは、厳しい口調だが、全く迷いのない言葉で語った。
「戦場では、いつ剣で斬りつけられるか、どこから矢が飛んでくるか分からない。刻一刻と変化していく戦況を見極め、素早く判断を下さなきゃならない場面がたくさんある。」
「そんな戦場で、兵士一人一人がそれぞれ自分の頭で考えながら動くなんて無理なんだよ。あれこれ考えたり迷ったりしている僅かな隙が、死に直結するからな。」
「だからこそ、上官から指示が出たら、反射的にその指示通り動けるようにしておかなきゃならない。右と言われたら右。左と言われたら左。進むのも止まるのも、全て上官の指示で行う。」
「頭では考えない。ひたすら忠実に上官の指示に従う。……それが戦における一兵卒の役目だ。」
「そんな兵士達に代わって、しっかり頭で考えて、戦況を見極め、的確に自分の部下に指示を出す。それが上官である、小隊長、副団長、団長、そして、作戦参謀である、俺の役目だ。」
「一般の兵士達が軍隊の手足なら、俺達上官は、軍隊の頭だ。」
「上官は、ただ漫然と命令するだけじゃダメなんだ。なぜなら、上官の指示一つで、部下の兵士の生死が決まるからだ。そんな重大な責任を、上官は担ってるんだ。」
「サラも、俺も、ここに居る幹部のみんなも、上官である俺達の肩に傭兵団の一般兵の命がかかってるって事を、いつもしっかり胸に刻んでおかなきゃいけない。そして、的確に、素早く、次々と、自分の部下に指示を出さなきゃいけない。」
「分かったか、サラ?」
「……うん。」
サラは、ティオの言葉の重みを感じて、ギュッと両の拳を膝の上で握りしめながら、力強くコクリとうなずいた。
□
「ティオが目指しているこれからの傭兵団のあり方とかー、今日みたいな訓練が必要って事はなんとなく分かったけどー、でもー……」
一通りティオの話を聞いて納得したサラではあったが……
まだ、心に引っかかっている事があり、モゴモゴと口ごもった。
「なんだよ? なんか言いたい事があるなら、はっきり言えよ、サラ。お前らしくないな。」
不思議そうな顔をしてるティオを見つめて、サラは少し戸惑ったものの、思い切って言った。
「今日みたいな事してたら、ティオは、みんなから嫌われちゃうよ!」
「……」
思わず口を半開きにしたまま言葉を失ったティオだけでなく、その場に居合わせた皆が、一瞬固まっていた。
そして、次に、なんとも言えない雰囲気が流れた。
生きるか死ぬか、やるかやられるか、そんな戦を間近に控えて自然とピリピリした気持ちになっていた一同だったが……
サラの、酷く場違いではあるが、まるで無垢な子供ような感想に、一気に毒気を抜かれた感じだった。
傭兵団一の剣豪であり、尋常でない怪力と運動神経を備えた猛者でもある団長のサラだったが、その脅威的な強さに反して……
心は、見た目通り、まだどこか子供っぽいあどけなさが残っていた。
汚泥にまみれた世間の荒波にいくら揉まれようとも、全くけがれる事を知らないその透明な心を感じて……
ボロツをはじめとした傭兵団の幹部達やハンスは自然と、彼女を(なんとしても守りたい!)という気持ちに駆られていた。
ティオはフイッと、少し拗ねたような態度で、そんなサラから視線を外した。
「別に、嫌われたっていいんだよ、俺は。」
「むしろ、俺の役割的には、団員達から嫌われてるぐらいの方がいい。」
ティオは、まるで他人事のように淡々と続けた。
「この傭兵団の象徴は、サラ、団長であるお前と、ボロツ副団長だ。二人は、団員達から充分に慕われて、求心力があるのが理想の状態だ。」
「だから、サラ、お前は、団員達の事だけを心配してろ。俺の事はどうでもいい。嫌がられるような厳しい命令は、嫌われてもいい立場の俺が出すから、お前はするなよ。お前は、不満を溜めている団員が居たら、優しく声をかける方の役割だ。」
「飴と鞭ってヤツだな。俺が嫌われれば、むしろ、相対的にサラとボロツ副団長の好感度が上がるだろうから、ちょうどいいんだよ。」
「……」
サラは、ティオの言葉をしばらく黙って聞いていたが……
一文字に引き結んでいた桜色の唇が、ググッとへの字に曲がったかと思うと……
「バカッ! ティオのバカ! バカバカ、バカァー!」
「……え? ちょっ……痛っ! サラ、やめろ、バカ! コラ、叩くな! 痛いってー!」
サラは、クシャクシャに歪めた真っ赤な顔で、ポカポカとティオの肩や腕を叩き出していた。
もちろん、サラとしては充分手加減しているつもりだったが、それでもかなりの勢いがあり、叩かれたティオは本気で痛がって悲鳴をあげていた。
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☆The 13th Sage ひとくちメモ☆
「傭兵団の兵舎」
屋外の訓練場に併設して、食堂や宿舎がある。
食堂では、兵士に、朝、昼、晩、無料で食事が振舞われる。
お金を出せば、もっと良い料理や酒などを頼む事も可能。




