参謀の戦術 #20
「簡単に、今日から新しく始まった事を話しておきます。」
そう言って、ティオは、食堂に集まった団員達に、傭兵団の新しい組織編成がなされたという事を、簡潔に説明した。
その内容は以下の通りだった。
これからの傭兵団は、団長サラ、副団長ボロツの元、八つの小隊に分かれ、それぞれの小隊は小隊長が管理する。
小隊は更に八つの班に分かれ、班員は班長が管理する。
班員を班長がまとめ、班長を小隊長がまとめ、小隊長達を、団長サラと副団長ボロツがまとめる、という構図である。
加えて、ティオが作戦参謀となり、サラやボロツと同等の立場で傭兵団全体に指示を出す。
この体制は、訓練時だけでなく、寝起きや食事など普段の生活全てにおいて徹底される事になる。
「これからは、訓練中の私語は厳禁とします。」
「また、こうして、団長、副団長、小隊長、班長など、自分より上の立場の人間が話している時も、私語は慎んで、真剣に聞くように。」
「移動は素早く、規則を守って、常に規律正しい行動を心がけて下さい。軍記の乱れは心の乱れにつながるものと心得ましょう。」
「俺からは以上です。……何か分からない事があったら、自分の班の班長、そして隊長に聞いて下さい。」
傭兵団、総員三百五十人弱が息を飲んで注目する中、ティオは話を終えて席に着いた。
そして、隣に座っていたサラを促す。
ティオからその場を引き継いだサラは、ガタンと席を立つと、グッと拳を頭の上に突き出して、元気良く声を響かせた。
「みんなー、今日も一日頑張っていこうー!……それじゃあ、いただっきまーす!」
サラの号令に応えるように、ボロツとティオが「いただきます」と声を合わせ、それを見て、他の団員達も繰り返した。
何を始めるにしても、食事でさえも、まず団長の号令から、というのが新しい方針だった。
サラが席に着いてパクパク自分の朝食を食べ始めると、先程と同じように、ボロツ、ティオ、小隊長の順で、皆習って食べ始める。
しばらく、食堂の中に、木製の食器の擦れる音と料理を口に掻き込む音だけが満ちていた。
ティオは、ふと手にしていたスプーンを止め、眉をしかめて言った。
「あの、みなさん。食事の時は自由に喋っても構いませんよ。きちんと休憩や自由時間もありますので、安心して下さい。もちろん、その間も会話は自由です。」
ティオの発言に、緊張でこわばっていた団員達の顔がホッとほころんだのも束の間……
「あ、今日はちょっと時間が押してしまったので、素早く食事を終えて、十五分後には訓練場に集合して下さい。遅れた人間の出た小隊は、全員で訓練場を十周走ってもらいますから、そのつもりで。」
淡々と厳しい発言をするティオの言葉に、団員達は再び青ざめ引きつった表情になっていた。
「十五分後って、そんな細かい時間、どうやって測るんだ?」
という、豪快に食事を口に掻き込みながらのボロツの質問に、ティオは、コの字状になった宿舎の中央の小さな中庭を、窓越しに指差して説明した。
「時間が良く分かるように、日時計を作っておきました。時間のチェックは俺がマメにしていますので、ご安心を。俺が忙しい時は、チェレンチーさんに時間の管理を頼んであります。」
サラやボロツは、それを聞いて「へー」「そうなのか」と納得していたが……
そんなやりとりを聞いていた一般の団員達は、(余計なものを作りやがって!)と、分単位で細かく行動を管理される恐怖に内心震えていた。
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「はい、第四小隊、二名が遅れましたね。それでは、予告通り、第四小隊全員で、訓練場を十周走ってもらいましょう。」
「ゲー!」「マジかよー!」という不平の声が上がったのを聞いても、ティオは、一ミリも笑顔を崩さずにつけ加えた。
「訓練中の私語は厳禁ですよ。さあ、早く走って下さい。」
慌ててバラバラと、小隊長を先頭に第四小隊の団員が訓練場の端を走り出す。
それを見て、訓練場に集まっていた団員達の中から、思わずつぶやきが漏れた。
「……ティオのヤツ、本当はあんな性格だったのかよ。……」
「……厳し過ぎじゃねぇのか。鬼かよ。……」
しかし、そんな小声のヒソヒソ話も、しっかりティオの耳に拾われていた。
クルリと笑顔で振り返ったティオは、喋っていた人間を的確に見つめて言った。
「今の私語は、第六小隊、第二班ですね。……訓練中の私語は禁止だと言いましたよね? 規則違反のため、第二班は全員、その場で今すぐ腕立て伏せを三十回して下さい。」
「ええ!?」
「ちょっと喋っただけじゃねぇかよ!」
「指示に従わなかったので、更に十回足して、腕立て伏せ四十回。『第六小隊』全員で、今すぐ始めて下さい。」
「ぐうっ!」
ティオの指示に反したせいで、罰に服する人間は、班から隊の単位に増えていた。
連帯責任で被害を被った形の、同班や同小隊の人間から睨まれて、ムダ口を叩いていた団員二人は首をすくめる。
小隊長と班長から、「バカ野郎、規則を守れ!」「ちゃんと指示に従え!」とさっそく叱咤されていた。
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それからも、ティオは、訓練場に集った団員達に次々と指示を出していった。
「それでは、まず、点呼から始めましょう。」
「点呼?」「点呼ってなんだ?」と、声をひそめた混乱のざわめきが広がったが、ティオがジロリと見つめると、すぐに皆キュッと口を閉じていた。
「では、第一小隊からやっていきましょう。……他の小隊も順次行いますので、先にやっている小隊の様子を良く見ていて下さい。」
ティオの説明を聞いて、程なく、第一小隊の団員達が、一、二、三……と声を上げ始める。
「もっとハキハキと、大きな声で!」
一! 二! 三!……手直しを何度か受けて、だんだんと様になってきた。
班員点呼の後、「第一班、揃いました!」「第二班、揃いました!」「第三班、揃いました!」と班長による報告があり、締めに小隊長が、声を張った。
「第一小隊、全員揃いました!」
「いいですね。何度も練習して、スムーズに素早く出来るように練習して下さい。……では、第二小隊!」
ティオは第二小隊の列に移動し、指導を開始した。
その間、先程点呼のやり方を習った第一小隊は、さっそく復習を始め、それを見ていた第三小隊以下他の隊でも、次々自主的に練習を始めていった。
ティオは、一通り、各小隊の点呼を指導した後、前方中央に戻って、声を掛ける。
「では、全体で、点呼開始!」
各小隊が一斉に点呼を取り始め、終わった隊の小隊長から、先を争うように声が上がった。
「第三小隊、全員揃いました!」「第五小隊、全員揃いました!」「第六小隊、全員揃いました!」
各小隊長はビシッと直立不動で、団長のサラに真っ直ぐに向き、報告を果たした。
その様子を見て、ティオは、満足げに微笑んで言った。
「これからは、随時点呼を取る事になりますので、いつでも対応出来るようにしておいて下さい。各小隊長は、自分の隊の管理をお願いします。」
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続いて、ティオは整列の指導に入った。
今度は、先程とは逆に、第八小隊から順に見ていく。
「前に向かって腕を真っ直ぐに伸ばした距離が、前の人間との距離です。しっかりと等間隔で並んで下さい。……そこ、曲がっていますよ! 列は必ず真っ直ぐに! 乱れる事のないように!」
小隊が班順に一列に並び終えると、今度は二列で並ぶよう指示を出す。
「二列縦隊!……並ぶ場所によっては一列だと入り切らない事もあります。一列縦隊と二列縦隊、どちらも素早く列を整えられるように訓練しておいて下さい。」
何回か、「一列縦隊!」「二列縦隊!」と隊列形式を変える練習をさせた後、ティオは第七小隊に移り、点呼の時と同じく順次他の小隊も見て回っていった。
そして、全ての小隊の指導を終えると、再び前方に戻った。
「では、全体でやってみましょう。……全体、整列! 一列縦隊!……全体、整列! 二列縦隊!……」
「必ず、団長であるサラを前方中央にして列を整えるように。整列する時は、団長の位置が基準になります。……では、もう一度! 全体、一列縦隊にて、整列!」
ティオの号令の元、整列を何度か繰り返し、次第に形になっていった。
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団員達が整列に慣れてきた所で、今度は整列後の細かな動作についての指導となった。
「まず、基本姿勢ですが、背筋を伸ばし、両腕は体に添わせて真っ直ぐに伸ばします。足はかかとをつけ、つま先は約60度に開きます。……こんな形です。」
ティオが、ピシッと見本を見せ、団員達はそれを真似る。
「次に、『休め!』と言われた時の姿勢です。……手を後ろに回し腰の位置で組みます。足は肩幅に開きます。背は伸ばしたままで。……この姿勢は、整列後に団長などの話を聞く場合にとります。基本姿勢よりも少し楽な体勢で、話に耳を傾ける時などに使います。『直れ!』と言われたら、先程の基本姿勢に戻ります。」
何度か、「休め!」「直れ!」の号令に合わせて、姿勢を変えて練習する。
「『右向け、右!』と言われたら、体を右に向かって90度回転させます。足さばきはこうして、右に向き直ったら、再びかかとをつける格好になります。練習してみましょう。……『全体、右向け、右!』」
最初は、オタオタと不揃いだった動きも、何度も何度も繰り返す内に、ジャッジャッと音まで整うようになっていった。
「同様に、『左向け、左!』で、左を向きます。要領は『右向け、右!』と同じです。……こうですね。」
ティオの動きを見本に、続いて、「左向け、左!」の動きを習う。
「次は、『まわれ、右!』です。180度体を回転させて、真後ろに向き直る動作です。……必ず右回りで。まず右足を後ろに引き、体を回転させ、そして、再びかかとを揃える形で姿勢を整えます。」
ティオは、スッスッとムダなく動いて体を回転させた。
団員達は、慣れない足さばきに混乱しながらも、必死に練習を繰り返していた。
「『座れ!』と言われたら、このように膝を揃える形で腰を下ろします。『休め!』よりももっとくつろいだ態勢になりますが、軍事行動中である事を忘れずに、姿勢は正して、腕もしっかりと膝の前に揃えて組みます。長い話などを聞く時にこの体勢になる事が多いです。……では、やってみましょう。『全体、座れ!』」
一通り基本的な動作を教えたのち、ティオは、今度は各小隊ごと、あるいはいくつかの小隊に同時に号令を掛けて、訓練を繰り返した。
「第四小隊、右向け、右!」「第二小隊、左向け、左!」「第五小隊、回れ、右!」
凛とした良く通るティオの号令が、訓練場に響き渡った。
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「続いて、整列したままの移動を行います。」
その後も、ティオは粛々と傭兵団の訓練を続けていった。
「腕をもっと上げて! 足並みを揃えて! 背筋は真っ直ぐ、顔は正面をきちんと向く!」
ザッザッザッと、団員達は整然と列をなして、行進をし……
「声が小さい! かけ声はもっとハキハキと元気良く、全体でしっかり合わせて!」
一、二、一、二……のかけ声と共に、訓練場の縁に沿って走り続けた。
訓練の途中、サボろうという素振りを見せた者、ムダ口を叩いた者、やる気のなくダラダラした態度を取った者は、もれなくティオに見つかり……
班ごと、もしくは隊ごとの連帯責任によって、腕立て、腹筋、走り込みなどの罰を次々課されていった。
何度かの休憩と、昼休みも挟んで、その日はほぼ一日、基本行動の訓練に明け暮れたおかげで、西の空がうっすらと夕焼けに染まる頃には……
全体での隊列や行動が見事に揃うようになっていた。
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「全員集合! 整列!」
ティオの号令で、訓練場全体に散っていた兵士達が、ザアッと波が寄るように駆け足で向かってくると……
サラを前方中心に捉えた状態で、隊ごとに分かれ、ビシッと整列する。
「全員、団長に注目!」
ジッと真剣な眼差しで、総員三百五十人弱の傭兵団全員に見つめられ、サラは思わず背筋にゾワゾワとした感覚が走った。
「えー……みんな、お疲れ様! 今日の訓練はこれで終わります! また明日も頑張りましょう!」
ティオが即席で用意してくれた木箱の上に立ってサラが発言すると、「はい!」という綺麗に揃った活きのいい返事が団員達から返ってきた。
「それじゃあ、解散!」
サラの声に、ホッとした笑顔を見せる団員達だったが、兵舎へと向かおうとした所にティオに声を掛けられて、あからさまにビクッとなっていた。
「第一小隊と、第二小隊は、残って訓練場の整備をしていって下さい。自分達の使う場所なのですから、自分達でしっかり管理するように。……ああ、安心して下さい。一日交代で、他の隊にもしてもらう予定ですので。」
「はい!」とさっそく第一、第二小隊が駆け足でティオの元にやって来る。
他の隊の団員達は、自分達にもいずれ順番が回って来ると知って、げんなりした表情のまま兵舎に歩いていった。
あちこち指を差して整備の指示を出しているティオを横目に見ながら帰っていく団員達の顔に、畏怖と嫌悪の感情が浮かんでいるのを、サラは見ていた。
たった一日で、傭兵団に属する者達のティオを見る目は、大きく変わっていた。
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☆The 13th Sage ひとくちメモ☆
「ハンス」
傭兵団の管理を任されている王国正規兵。
本来はハンスが傭兵団を仕切る予定だったが、荒くれ者達をまとめるのは無理だったようだ。
現在は団長のサラ、副団長のボロツが傭兵団をまとめ、ハンスは監視役に徹している。




