表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
十三番目の賢者  作者: 綾里悠
第五章 参謀の戦術 <前編>参謀の誕生
71/441

参謀の戦術 #1


「どうして、宝石を盗むのかって?」


 サラの問いに、ティオはわざとらしい程真剣な表情をしてアゴに手を当て、しばらく、うーんと考え込んでいた。


「そう、始まりは、俺が五歳の時だった。俺は、かねてから気になっていた山の中の洞窟に行こうと決心したんだ。その洞窟はとても古くからあるもので、村では『危険なので絶対入ってはいけない』という事になっていた。しかし、俺の勘が言っていたんだ。そこにはきっと『凄いもの』があると。そこで俺は、村が年に一度の祭りで盛り上がり、大人達の注意が散漫になっているタイミングを狙って、洞窟に入る事にした。ちなみに、友達も冒険に誘ったが、ことごとく断られて、結局一人で行く事になった。そうして、俺は、長く険しい山道を歩きつめた末、ついに洞窟に辿り着き……」

「長い!」


 サラは、相変わらずベラベラと喋るティオを短く制して、睨みつけたままジリッとにじり寄った。


「短く! 簡潔に!って、言ってるでしょ!」

「いや、でも、サラー、俺にもいろいろ複雑な事情があってだなー……」

「十秒以内に収まるように答えて。」

「ええー!?」


 ティオは、サラの無理難題を前に、腕組みをして悩んだのち、ハッと何かを閃いた様子で口を開いた。


「サラ! 俺、実は、宝石を身につけてないと、死んじゃう体なんだよ!」


「んな訳ないでしょ、バカ!」

 サラは、思わず、ピョンと飛び上がって、ゆうに頭一つ分自分より身長の高いティオの頭をパシッと叩いた。

「言い訳にしても、もうちょっとマシなの考えなさいよねー!」

「えー? 俺、本当の事話してるぜー? マジマジ。……イテ!」

 またピョンと飛び飛び上がったサラに頭を叩かれ、ティオは、背中を丸めてゴシゴシと脳天をこすっていた。


「他に、もっとちゃんとした理由はないのー?」

「ちゃんとした理由かぁー。」


 ティオは、再び腕組みをして、今度は天井を仰ぐように、上方の虚空を目を細めて見つめていたが……

 しばらくして、底抜けに明るい表情で笑いながら言った。


「俺が宝石を集めないと、世界が滅んじゃうかもしれないんだよー!」


 その直後、サラは、ティオの足を、思い切り踏んづけてやった。

 ティオは大袈裟に「痛い! 痛い! 絶対骨折れてるぅー!」などと騒いでいたが、完全に無視した。


 ティオに何を聞いてもムダだと判断したサラは、それ以降彼に「宝石を集めている理由」を尋ねる事はなかった。



 サラは、両手に剣を構えて、意識を集中していた。


 剣は二本共木で出来た訓練用のものである。

 一本は、ごく一般的な長剣、もう一本は、その半分程の長さの短剣だった。

 この二本を選んだのは、普段サラが愛用している二振りの剣の扱いと近いためだった。

 サラが所持しているののは、スタンダードな長剣と、やや珍しい形状の、刀身の反った片刃の曲刀だった。

 その二本に見立てた木の剣を手に、実戦に近い形で戦闘訓練に挑む。


 目の前で木の剣を構えていた兵士が、「やあ!」と掛け声と共に勢い良く突っ込んでくる。

 それを、右手の長剣で、カーン! と弾いてかわすと、サラは素早く上体をひねった。

 前方の兵士が襲いかかってくると同時に、死角になっていた後方の兵士が、示し合わせたようにサラに迫っていたのだ。

 こちらは、声を上げず、足音も最小限に、密かにサラを狙ってきた。

 サラが真っ向から切りかかってきた前方の兵士に気を取られている隙を突こうという戦法だろう。

 しかし、これも、サラは、左手の短剣で、ガキン! と受け止め、バッと払いのける。

 兵士は、サラの怪力に押されて吹き飛ばされたのち、ザザッと地面に尻餅をつく事になった。


 更に、「せやぁ!」「とう!」と二時と八時の方向から、矢継ぎ早に残った兵士が切りかかってくる。

 それも、サラは、素早く体の向きを変え、あるいは、視線を切ったまま背中に剣を回して、カン、カーン! と弾きかわした。

 途中、ビュッと顔をめがけて飛んできた石は、剣の柄部分で、ガッと叩き落とした。


(……よーし! だいぶ慣れてきたなぁ!……)


 サラは、時にクルクルと舞うように軽やかに回転し、時にドンと力強く地面を踏みしめて直進し……

 ぐるりと360度、全方位から五人構えで仕掛けられる攻撃を次々とさばき続けた。



「サラ用の特訓かぁ。」


 ティオは、「自分も特訓をして、もっと強くなりたい!」というサラの主張を受けて、少し考えたのち、こう言った。


「そうだな、サラは、まあ、今の時点でも超人的に強いんだが……敢えて言うなら、複数の敵を同時に相手にするのに、少し慣れておいた方がいいんじゃないか?」


「サラの強さなら、一対一で戦えばほぼ敵なしだ。でも、この先俺達が赴くだろう場所は、不特定多数の人間が敵味方入り乱れて戦う戦場だ。周囲をぐるりと複数の敵に取り囲まれる事もあるだろうし、思わぬ方向から矢が飛んでくる事もある。」


「そういう状況を想定して、実戦的な訓練をしておくといいと思うぜ。」


 サラは、そんなティオの意見に、あからさまに不満な顔をした。


「えー! 私、なんか、こう、『必殺技』みたいなのを覚えたいんだけどなー。剣の型や技を磨いて、『奥義』を伝授してもらうとかー。」

「いや、サラはそういうのは逆効果だから、やめといた方がいい。」

「ええ!? な、なんでよー!」

「いや、だって、サラ、お前、戦ってる時、99%ぐらい本能で動いてるだろ? いっつも驚異的な身体能力と怪力だけで相手を押さえ込んでるじゃないかよ。まあ、野生動物みたいなもんだな。」

「や、野生動物ってー!」

「とにかく、勘と本能で反射的に動けるのがサラの強みなんだからさ、そこに、剣の型がどうのとか決まった技を使うだのとか、ゴチャゴチャ頭で考え出したら、自由な動きが縛られて、かえって弱くなっちまうぜ。」

「……ンググググ!……」


 サラは歯ぎしりして悔しがったが、その場に居合わせた者達も概ねティオの意見に賛成だった。

 特に、剣の扱いや戦いに長けた経験豊富なボロツとハンスが深くうなずいてティオに同意したので、サラはぐうの音も出なくなってしまった。


「まあ、良い師匠についてしっかり剣の修行をする事で、正しい剣の型を身につけたり奥義を習得したりっていうのも意味のある事だと思うし、サラがそうしたいならすればいいと思うぜ。でもな、今は、そんな悠長な事をしてる時間はないんだよ。」


「内戦の起こっている月見の塔の戦場に、俺達傭兵団が駆り出されるまで、長く見積もって二週間強ってとこか。やるなら、その短い間にしっかり結果が出るような訓練方法を選ぶべきだ。」


 サラはぷうっとほっぺたを膨らませてテーブルを囲んでいる傭兵団の主要メンバーをぐるっと見回した後……

 興奮して中腰になっていた姿勢から、ドカッと椅子に腰をおろして言った。


「分かったわよー。じゃあ、それでいいわよー。……えっと、『複数の敵を同時に相手にする練習』? をすればいいんだよねー?……で、それって、どうやるのー?」

「そうだな、じゃあ、二人を相手に実戦形式で始めてみるか。……で、慣れてきたら、三人、四人と人数を増やしていくって感じで。」

「なーんだ! そんなの超簡単じゃーん!」


 サラはティオの説明に、意気揚々と顔を輝かせ、パチーンと指を鳴らした。



 その後、傭兵団の訓練場に移動したサラは、さっそく特訓を開始する事になった。


 ティオは、剣の訓練をしていた兵士の中から二名を選出して、彼らに特訓の意図を伝えた。

「思いっきりやっちゃって下さい。サラ相手に手加減とか、一切要らないので。もう、本気でタマを取るぐらいの勢いでお願いします。……あ、そうそう、一人が攻撃している間にもう一人は順番待ちをするような事は、決してしないで下さいね。逆に、一人が攻撃してサラの意識がそっちに向いている隙に、もう一人が後ろから斬りかかるような感じで、人数を生かした連携攻撃を上手くやっていきましょう。」

 ティオは他にも何か作戦を伝え、二人の兵士はウンウンと真剣に耳を傾けうなずいていた。

 サラは、自分の剣に合わせた木の剣を用意しながら、そんなティオ達の様子を横目に見ていたが……

 このぐらい軽くこなせるだろうとタカをくくっていた。


 やがて準備が整って、訓練場の一角でサラ用の強化特訓が始まった。

 中央にサラ、そのサラを中心に円を描くようにジリジリと移動する剣を構えた二名の兵士。

 そして、そこから少し離れた場所に立ち、腕組みをして様子を眺めているティオ。


 カカーン! カーン!

 二人の兵士が、示し合わせたように同時にサラに襲いかかってきた。

 それをサラは、二本の剣で軽くあしらう。

 サラの反射神経、運動神経、腕力をもってすれば、やはりたやすい事だった。


(……なるほどなるほどー。ちょっとは考えてるじゃない!……)


 今までもサラは、傭兵団の訓練の中で、数人同時に剣の指導をしていた。

 しかし、それは、サラの周りを複数人の兵士がぐるりと囲んでいるのは同じだが……

 一人が手合わせをしている間、他の兵士は大人しく待っているような雰囲気があった。

 特に申し合わせている訳ではなくとも、団長であるサラに敬意と畏怖を感じているのか、遠慮して、無言の内に自分の順番を待っている感じだった。


 しかし、ティオの指示を聞いた兵士二人は、なるべく同時にサラに襲いかかってきた。

 加えて、グルグルと常にサラの周りを円を描くように動き回り、サラを挟んで向かい合うように位置取るようにしているようだ。

 いくら数が多いとはいえ、攻撃してこない止まっている点を相手にするのと、隙あらば斬りかかってくる動き回る二点を同時に把握し、その攻撃に対処するのでは明らかに難易度が違う。


(……でも! その程度の小細工じゃ、まだまだ私の足元にも及ばないんだからねー!……)



 自信満々のサラが何度目かの二人の兵士の同時攻撃を、カン! カーン! と軽々弾き飛ばした時だった。

 ピシッという小さな音と共に、膝の裏に痛みを感じて、サラはハッとなった。


(……な、何?……)


 何が起こったのか分からず、キョロキョロ辺りを見回すサラの目が止まったのは、5m程離れた場所に立ってこちらの様子を見ていたティオの姿だった。

 ティオは、ポンポンと片手で小石を投げ上げてはキャッチする動作を繰り返しながら、呆然とした顔をしているサラに、ニカッと笑いかけた。


「隙ありー!」

「えっ!? ちょ、ズルイ! 二人を相手にするって言ってたじゃないー!」


 剣を持った兵士の攻撃をさばく事に気を取られていた所に、ティオが投げた小石が当たったのだと気づいたサラは、カッとなってズカズカと彼に詰め寄っていった。


「別にズルじゃないですー。戦場だったらいつどこから矢が飛んできてもおかしくないもんねー。隙だらけのサラちゃんがいけないんですー。あーあー、今のが小石じゃなくって本物の矢だったら、足に大ケガしてたなー。ヤバイなー。」

「むぐぐぐぐぐ!……ティオ、アンタねぇー!」


 ポンポンと石をお手玉しているティオに大股で歩み寄ったサラだったが、その途中、また、パシッと小さな音がして、二の腕に小石が当たっていた。


 (ええ!?)と思って、ティオの様子を目を見開いて確認したが、片手でポンポン投げ上げている小石はなくなっていない。

 もっと良く観察すると、もう片手で、マントの陰に隠すようにして、ピン! と別の小石を弾いたのだと気づいた。

 どうやら、片手でお手玉していた石はサラの注目を引くためのもので、本命は、マントの陰に隠したもう片手に持った石だったようだ。


「はい、二発目命中ー! ハハハハハ!」

「ズ、ズルイわよ!もう!……やるんだったら、正々堂々とやりなさいよー!」

「戦場で正々堂々と正面から向かってくる敵なんて、そうそう居ないと思うんだけどなぁー。……まあ、分かった分かった。じゃあ、今度は俺もちゃんと参加するから、それでいいだろう?」


「ああ、後、サラはその短気を、戦いでは少し抑えた方がいいぜ。」


「怒りで強くなるって話は、巷で読まれる娯楽小説の冒険譚には良くあるけどな、現実は大体頭にカッと血がのぼって、冷静な判断が出来なるなるのがオチだ。戦う時はいつでも、心は凪いだ湖面のように鎮めておく方がいい。怒りや憎しみの感情があっても、戦闘中は一時的にどこか遠くに置いておく事。『なんとしてでも倒したい!』っていう自分の欲求が強くなり過ぎると、相手を客観的に見れなくなって、強引に攻めるようになる。動きが大きく雑になって、それが敗因に繋がる。」


「フンだ! またゴチャゴチャ難しい事言っちゃって! 私に説教するのは、勝ってからにしなさいよねー!」

 サラは、唇を尖らせて反抗した。


 ところが、その後、正式にティオも加わって特訓が再開されたが……


「ほい、脇腹ガラ空きー。」

「キャッ!」

「後ろに意識が行ってないぜー。」

「んぐっ!」

「どうも足元が隙だらけになるなー。」

「むうっ!」


 同時に襲いかかってくる二人の兵士を軽くあしらう事は出来ても……

 まるでサラの意識が届いていない場所が見えているかのように的確に隙をついて小石を投げてくるティオの攻撃は、ことごとくサラの体に命中していた。


 ティオが投げてくる小石は、小指の先程の小さなもので、当たっても少し痛い程度なのだが……

 サラの自信はバキバキに折れそうなダメージを受けていた。


「じゃ、こんな感じで続き頑張れよ、サラー。俺は忙しいからもう行くぜー。後でまた様子を見にくるからさー。」

「……」


 サラがあまりのショックで言葉も出ない程大人しくなったのを見計らってか、ティオは、もう一人兵士を呼ぶと、今の要領で小石を投げるよう指示を出した後、その場を立ち去ろうとした。

 サラは悔し紛れに、なんとか一矢報いようとして、ザッと素早く足元の小石を拾い上げ、そんなティオの後ろ姿に向かって、ビュッと思い切り投げた。


 が、ティオは、こちらを振り返る事も、歩みを止める事もなく、スッと上体を横に逸らしてかわした。

 続けざまに放ったもう一投も、ヒョイと頭をさげて同様にかわされた。

 「ハハハ。」と呑気に笑いながらスタスタ立ち去っていくティオの後ろ姿を、サラは歯ぎしりしながら見送る事しか出来なかった。


読んで下さってありがとうございます。

ブクマ、評価、感想、いいね等貰えたら嬉しいです。

とても励みになります。



☆The 13th Sage ひとくちメモ☆

「サラの剣」

ごく一般的なロングソードと、刃の反り返った短い片刃の曲刀の二本。

一応二刀流であるが、ロングソードのみを用いる事も多い。

二ついっぺんに使うものとしては、ちぐはぐな印象。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ