夢に浮かぶ鎖 #32
(……あ! 人の気配がする! やっぱり誰か居るんだー!……)
宙に浮かびキラキラと様々な色に光り輝く鎖を辿って歩き出して、体感五分とかからない内に、サラは、ハッと気がついた。
今回は、途中で長くさまよったり、自分の意識が虚無の闇に溶けて認識出来なくなりそうな危うい状態になる事もなかった。
やはり、以前やって来た所までは、簡単に行く事が出来るようだった。
一度経験した過程は、まるで迷路の出口を知っているかのごとく、スムーズに抜けられるらしい。
(……やったー! 一体、どんな人がこの先に居るんだろうー?)
サラは喜び勇んで走り出していた。
もちろん、相変わらずサラの肉体はなく、意識だけが「走る」ように目的地に向かって急いでいたのであるが。
もう、夢中で駆けても、宙に浮かんでいる鎖を見失うような事はなかった。
それだけ鎖との繋がりが強くなっているのか、闇の中に浮かぶ煌びやかな鎖が、自分の向かう先へと真っ直ぐに伸びていくのがはっきりと見えていた。
(……この先に辿り着けば、きっと何か分かる筈! ずっと探していた私の失くした記憶への手がかりが、そこに絶対にある!……)
サラは、自分の過去が分かるかもしれないという期待に、胸を躍らせた。
三ヶ月前、森の奥で一人目を覚ました時、サラがたった一つ持っていたもの、それが、くすんだ赤い石のついたペンダントだった。
そのペンダントの赤い石は、この夢の中では、磨かれた美しい宝石のごとくキラキラと輝いていた。
それどころか、鼓動を思わせるゆっくりと明滅する光によって、鎖のありかを照らし出してくれた。
まるで、自らの意思を持ち、サラを助け、導いてくれているかのようだった。
サラは三ヶ月前から、時折この「何もない夢」を見ていた。
森の中で目覚める前の事は何も記憶がないので、それ以前も同じ夢を見ていたのかは分からない。
けれど、この三ヶ月、何度も見ていた不思議な夢の中で……
目覚めた時、たった一つ身につけていたペンダントの赤い石が、明るく光りサラを導いてくれている。
サラは、そこに、何かの関係性を想像しないではいられなかった。
自分の失った過去に繋がるかもしれない、唯一の手がかりであるペンダントの赤い石。
その赤い石が、特別な夢の中で導く先には……
きっと、自分にとって、とても重要な事柄が待ち受けているに違いない。
そんな確かな予感に、サラの胸は苦しい程ドキドキと高鳴っていた。
□
(……あ、あれ?……何か、ある?……)
鎖を追って進んでいたサラは、ふとある事に気がついた。
自分が辿っている鎖以外にも、何かが虚空の闇の中に浮かんでいる気がする。
胸元のペンダントの赤い石をギュッと握りしめて、そちらに意識を集中させると、ジワリとその姿が闇の中から浮かび上がってきた。
(……え?……く、鎖?……もう一本、別の鎖がある?……)
確かに、それは鎖だった。
サラがずっと追ってきた鎖とは、間違いなく全く別の鎖である。
しかし、その見た目は……様々な色合いのまばゆい光に彩られてキラキラと煌めいており、サラの追ってきた鎖と見分けがつかない程そっくりだった。
その新たに見つかった鎖も、どうやら、サラが追ってきた鎖と同じ方向に向かって伸びている様子だった。
サラは、戸惑ったものの、二本の鎖を辿ってそのまま足を進めていった。
すると、程なく、また別の鎖が、いつの間にか現れていた。
やはりその鎖も、既に見つけた二本の鎖と同じ場所に通じているように感じられた。
(……え? え? えー??……この鎖、一体何本あるのー?……)
サラが歩みを進めるたび、鎖は次々に増えていく。
最初は、二本、三本、四本と数えていたサラだったが……
途中から、あまりに数が多くなったので、数えるのをやめてしまった。
空虚な闇に浮かぶ無数の鎖。
そのどれもが、色とりどりの光をまとい、燦然と輝いていた。
無数の鎖は、サラのすぐ横を、頭上を、足元を……
こちらから、向こうから、遠くから、近くから、右から、左から、下から、上から……
ありとあらゆる方向から、縦横無尽に伸びてきていた。
もはや、サラの周りの空間は、あちこちから伸びてきた無数の鎖の群れに覆い尽くされていた。
サラは、そのキラキラとまばゆい鎖の光で目がくらみそうだった。
そして、その鎖の群れは、一見バラバラに宙に浮かんでいるように見えるが……
皆、どこかの同じ一点に向かっているイメージがあった。
まるで蜘蛛の巣の糸のように、数え切れない程多くの鎖が集まる中心が、この先のどこかにある気がした。
その一点に、何かがある。
いや、誰かが居る。
その場所に近づけば近づく程に、鎖の数が増えれば増える程に……
強く、人の気配を感じるようになっていった。
漂ってくる匂いのように、溢れ出る光のように、サラは、「誰か」の存在をはっきりと感じ取っていた。
(……もうすぐ……もうすぐだ! きっともうすぐ、「その人」に会える!……)
サラは、更に速度を上げ、無数の鎖が集まる一点に向かって、夢中で走っていった。
□
(……い、居たぁ!……あの人だ!……)
そして、ついに、サラは見つけた。
煌めく無数の鎖の終点を。
そこに居る「誰か」を。
「その人」がどんな人間なのかは、今はぼんやりとしか分からない。
男なのか、女なのか、年はいくつぐらいなのか、どんな見た目をしているのか……
そういったイメージは、まだサラに伝わってこなかった。
おそらく、その人物との「繋がり」が、完全に確立していないからなのだろう。
ただ、間違いなく「自分以外の誰か」であり「人間」である事だけは、うっすらと感じ取る事が出来た。
サラは、緊張と興奮で破裂しそうにバクバク音を立てる「心」を押さえながら、慎重に、けれど、なるべく早く、「その人」の元に近づこうとした。
初めは一本きりだった鎖が、今は空間を埋め尽くす程の数に増え、サラの行く手を塞ぐ勢いなので、手で掻き分けるように必死に進んでいく。
鎖達は、相変わらずキラキラと煌びやかに美しく輝いていたが……
同時に、数が増えたせいか、「縛りつける」「拘束する」という、その存在意義のイメージも強く感じられるようになっていた。
無数の鎖の中に居るだけで、サラの「存在」や「意識」が締めつけられ、全身が重苦しく、息が詰まる感覚に襲われる。
(……「あの人」は、こんな鎖の真ん中に居て、大丈夫なのかな? 辛くないのかな?……)
(……と言うか、「あの人」は、どうしてこんな所に居るの? なんでこんなたくさんの鎖の中に?……)
(……まかさ! 誰かに、縛りつけられて、動けないとか!?……)
(……大変! は、早く助けてあげなきゃ!……)
「その人」が何か悪いものに捕まって囚われているのでは?
……という考えが、パッとサラの意識に浮かぶ。
その瞬間、反射的に、サラの強い正義感が動き出していた。
この無数の鎖の中から、「その人」を助け出す事が……
自分の「使命」であり「運命」のように、ピリピリと肌を刺すように感じられた。
(……あの人は、私の「運命の人」なんだ! そうだよ、きっとそうに違いない!……)
(……私は、あの人を助け出すために、ここに来たんだ!……)
(……そう! 私が凄く「強い」のは、「誰かを助けるため」だって、ずっと思ってた! 誰かを助けたいって、助けなきゃって、心の奥でずっとずっと感じてた!……)
(……私がそう思ってたのは、きっと、あの人を助けるためだったんだ!……)
(……私が「助けなきゃいけない誰か」は、「あの人」なんだ!……)
ここが、現実とは違って、サラの存在と意識だけがある夢の中であるためか……
サラの感情は、いつもよりも大きく揺れ動いていた。
「心」だけの「存在」であるために、「心」の動きが、いつもよりずっと直接的に、強く、サラに響き、サラを動かしていた。
(……待ってて! すぐ、この鎖を私の力で千切って、助けてあげるからね!……)
サラは、目の前を埋め尽くす無数の鎖の一つに、手を伸ばし、力を込めてグッと掴んだ。
□
……やめろ……
サラが色とりどりの光に煌めく鎖を壊そうと手に掴んだ瞬間、どこからか、誰かの意思が伝わってきた。
それは、声でも、言葉でもなく、イメージとして、サラの意識に響いてきた。
……それに、触るな……
サラは、思わずハッとなって、掴んでいた鎖を放した。
そのイメージをサラに送ってくる「誰か」は、この夢の世界に一人しか居ない。
そう、この無数の鎖のまさに中央に居る人物だった。
サラが、この夢の中でいくつもの困難を乗り越えて、探し当て辿り着いた、「運命の人」だった。
「その人」からのメッセージを受け取ったためか、サラの中で、今までぼんやりとしていた「その人」のイメージが、みるみる鮮明になってゆく。
「その人」は、やはり、無数の煌めく鎖のただ中に居た。
両腕を鎖に捕らわれて、宙に浮くように縛りつけられている。
それどこから、両足にもたくさんの鎖が絡んで、四方から引っ張られるように空中にはりつけになっていた。
いや、鎖は、その人物の首にも、肩にも、腰にも、頭にも、全身に巻きつき……
まるで、その人物と一体化しているかのようだった。
無数の鎖が、その人物の体から、四方八方に生え出しているようも見えた。
サラは、その姿の痛々しさに、針で刺されるように胸が痛んだ。
そして、「鎖」と「その人」が、簡単には切り離せない状態である事を感じ取って、どうしたらいいのかと途方に暮れた。
……人?……
……誰かが、居る?……
……まさか!……ここに人が来れる筈がない!……
……いや、でも、この気配は……間違いなく「人」だ……
……誰だ?……
……誰だ?……誰だ?……誰だ?……誰だ?……
サラの存在を感じ取ったらしい「その人」から、疑問の感情が溢れ、ドッと、波のごとく、サラに押し寄せてきた。
ビリビリとしたその感覚から、「その人」がサラの存在を強く警戒している事が感じられる。
どうやら、その意識の主は、かなり用心深い性格のようだった。
簡単に他人には心を開かず、酷く慎重で、常に周りを警戒し、心を張り詰めた状態にあるようだった。
(……あ、あの! 私は、あなたの敵じゃないよ! あなたを助けたいの!……)
サラは、「その人」の「心」から感じる固い殻のような警戒心を解きたくて、必死に訴えかけたが……
ハッと、今の自分が「姿」も「声」も持っていない事を思い出した。
(……ずっと、ずっと、あなたに会いたかったの! あなたに会いたくて、一生懸命、ここまで来たんだよ!……)
それでもサラは、夢中で「その人」に自分の「気持ち」を訴え続けた。
□
そんな、サラの純粋で必死な呼びかけが伝わったのか……
「その人」はゆっくりと、閉じていた目を開いていった。
そう、その人が、頭を垂れた状態で、四肢を鎖に拘束され、空中にはりつけになっている姿が、徐々にはっきりとサラの目に浮かんでくる。
やがて、静かに開かれた目は、サラの「存在」をジッと見つめてきた。
ようやく、「その人」と真っ直ぐに向き合う事が出来たサラは、胸が張り裂けそうな喜びを感じていた。
同時に、なぜか、思わず涙が零れそうな程切なく悲しい気持ちが、どこからかこみ上げてきていた。
「サラ?」
その人に名前を呼ばれて、サラはハッとなった。
その人に名前を呼ばれた瞬間、それまでは「何もない夢」のなかで、「存在」と「意識」しかなかったサラに……
みるみる、「体」が、いや「姿」が、作られていった。
気がつくと、サラは、いつもの、オレンジ色のフードつきのコートを着て、長い金の髪を後ろで三つ編みにした見た目を持っていた。
(……え? ええ?……ど、どうして、私の名前を知ってるの?……私の事、知ってるの?……)
(……やっぱり、あなたは、私の「運命の人」なんだね!……)
サラは、ドキドキと胸を高鳴らせながら、つい先程形作られた自分の「体」を使って、「声」を発し、目の前の人物に話しかけようとした。
「……あ、あの、わ、私……」
「サラ、お前、なんでこんな所に居るんだよ?」
「……え?……」
やや不機嫌そうな声でそう言われて……
サラは、その声が、あまりに聞き覚えのあるものだと気づいた。
サラを真っ直ぐに見つめる、深い森を連想させる鮮やかで独特な緑色の瞳。
その瞳を覆う、細かい傷が無数について白濁して見える分厚く丸いレンズがはめ込まれた眼鏡。
ボサボサの伸ばしっぱなしの黒髪を、首の後ろで無造作にまとめ、185cmを超える長身の体には、色あせた紺色のマントを羽織っている。
「ティオ!?」
サラは、そう叫ぶと同時に、気がついた。
「その人」を縛っている無数の鎖が、色とりどりのまばゆい光で煌めいているのは……
その数え切れない程の鎖が全て、様々な種類の「宝石」で出来ているせいなのだと。
ティオは、キラキラと輝く一面の宝石の鎖の真ん中で、不審そうに黒い眉をしかめて、こちらを見つめていた。
「なんでティオがここに居るのよぅ!!」
「いや、それ、俺のセリフだからな。」
「サラ、お前、なんでここに居る? どうやってここに来たんだよ? 誰もここには入ってこれない筈だぞ?」
「……」
矢継ぎ早に疑問を投げかけてくるティオを前に、サラは、深くうつむいてしばらく沈黙していた。
が、やがて、クルリとティオに背を向けて、スタスタと歩き出した。
「もう一回やり直そーっと。ティオが私の『運命の人』とか、ありえないもんねー。アハハハハー。」
「え? 何? ちょ、どういう事だよ? ちゃんと説明しろって、サラ! おーい、サラー!」
虚無の闇の中に無数の宝石の鎖が煌めくその空間に、ティオの慌てた声が響き渡っていた。
読んで下さってありがとうございます。
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とても励みになります。
☆The 13th Sage ひとくちメモ☆
「サラのペンダントの赤い石」
古びたガラスに良く似たくすんだ赤い色をしている。
サラの夢の中では、美しい宝石のような見た目で明るい光を発していた。
ティオがとても欲しがっている事からも、ただの石ではないようだ。




