夢に浮かぶ鎖 #31
「じゃあ、ティオ。」
ティオからこのナザール王国の城下町で初めて会った時の真実を聞き出した後、サラは、また別の疑問を彼に突きつけた。
「アンタが、傭兵になったのは、このお城の王宮にある宝物庫が狙いだったの?」
「うん?」
「ほら、傭兵になれば、堂々とお城の中に入れる訳だから、盗むのが簡単になるんじゃない?」
「あー……いや、俺が傭兵になったのは、単なる気まぐれだな。たまたま街でサラに出会って、その流れって言うかー。うーん、正直自分でも、なんで傭兵なんて面倒なものになっちまったのか、良く分かんねぇんだよなぁ。まあ、成り行きー?」
「嘘! アンタ絶対、最初からお城のお宝を狙ってたでしょう! それで、ちょうど私が傭兵になりたがってるって知ったから、一緒にお城に来て、どさくさ紛れに傭兵になって、お城の中に入り込もうと思いついたんでしょう? そうなんでしょう?」
サラは、ティオがごっそりと王宮の奥の宝物庫からお宝を盗んできた事を知って、それが前から計画されていたものだと考えたのだったが……
ティオの主張によると、違っていた。
「いや、だから、俺は、別に、ここの城の財宝なんか、元々狙ってなかったんだってー。ただ、なんとなく傭兵になっちまったから、ついでに盗んどくかーって感じでさー。」
「つ、ついでで、お城の奥の奥にある、警備が厳重な宝物庫に盗み入ったりする訳ないでしょー!」
「ホントに『ついで』なんだってー。……ほら、最近、毎日毎日傭兵団の訓練で忙しかっただろー? 新しい宝石を手に入れる機会が全然なくってさー。それで、ついつい禁断症状が出たって言うかー。宝石が欲しくて欲しくてたまらなくなっちまったんだよなー。だから、まあ、身近な所でパパッと取ろうと思ったんだよー。」
「いやいや、これ、本当に本当だぜー。……俺、普段盗みに入る時は、もっと入念に下調べするからなー。今回は軽く城の中を調べただけだったんだけどー、我慢出来なくなって衝動的にやっちまったんだよー。おかげで、宝物庫を出た所で警備の兵士に見つかっちまうしさー。なんとかこの兵舎のそばまで逃げてきた所でまた見つかりそうになってー、慌ててこの部屋に隠れたんだよー。」
「あ! そう言えば、アンタ、私のベッドの下から這い出してきたんだったわねー! あれって、兵士に追われて逃げてきたせいだったのー? なんで私の部屋に隠れるのよー?」
「たまたまだってー。ちょうどいい感じの場所にサラの部屋があったってだけで、深い意味はないってのー。追っ手をやり過ごしたら、こっそり自分の部屋に戻ろうと思ってたよー。」
「で、でも、私、ちゃんと窓にもドアにも鍵を掛けてたよねー? どこからどうやって入ったのよー?」
「ハハ! この部屋のちゃちい鍵なんか、俺にとってはあってもなくても同じようなもんだってのー。普通に、窓から入って、鍵を掛け直して、ベッドの下に隠れたんだよー。」
「あ、でも! 鍵はちゃんと掛けといた方がいいぜ、サラ。いろいろと物騒だからな。」
うんうん、と真顔でうなずくティオを前に、サラはガックリと肩を落として、また一つハァーッと大きなため息をついていた。
ティオはどうやら本気でサラを心配している様子だったが、楽々と鍵を外して部屋の中に侵入してきた本人に言われると、どうにも複雑な気持ちになる。
(……そう言えば、チャッピーが、「朝まで絶対起こさないでほしい。」ってティオに頼まれたって言ってたなぁ。……)
(……それから、「もう限界だ!」とか「禁断症状が!」とか、フラフラしながら口走ってたって。……あれって、傭兵団の訓練に体力的についていけなくって辛いのかなーとか、雨に濡れて寒くて風邪でもひいちゃったのかなーとか、いろいろ心配してたのにー……)
(……本当は、新しい宝石が欲しくてたまらなかっただけだったなんてー! どんな禁断症状よー! こんの宝石バカー!……)
サラは、ティオが早めに休んだと聞いて、彼の体調を案じていた何時間か前の自分を思い切りぶん殴りたい気分だった。
まさか、サラが食堂でティオの事を考えてソワソワしたいた時、当の本人は、ルンルン気分で王宮の宝物庫を荒らしている真っ最中だったとは。
自分が一方的に勝手に心配していた事とはいえ、事実を知ったサラは、はらわたが煮え繰り返る思いだった。
□
「嘘つかないで!」
「本当は、私の事、利用してたくせに!」
「ええ?」
「私が剣が強くって傭兵に採用されそうだから、私についてくれば自分も傭兵になってお城の中に入るチャンスがあるって思ったんでしょう?」
「い、いや、だから、違うってー!」
ギュッと拳を握りしめ、怒りで顔を赤くして睨みつけてくるサラを前に、ティオは少しとまどった様子で、顔の前で両手をパタパタ振った。
「サラの事を利用するとか、そんなの本当に一度も考えた事ないって!」
「つーか、俺、別にどさくさ紛れに傭兵になれた訳じゃないぞ? 前にも言ったけどな、俺が入団試験に受かったのは、単純に実力だぜ?」
「それに、ここの王宮の宝石を狙うだけだったら、別にわざわざ傭兵なんて面倒なものにならなくてもいいだろー?」
「傭兵になる利点なんて、城の外周の城壁を越える必要がないぐらいのもんでさー。このぐらいの城壁だったら、俺、簡単に登れるしなー。それに、サラも知ってると思うけど、傭兵団の居るこの兵舎の場所からは、王宮の方に入れないよう厳しい警備が敷かれてる。 宝物庫に盗みに入る場合、王宮の中へ人目につかないように忍び込むのが一番難しいポイントなんだよ。それは、傭兵になってもならなくても変わらない。傭兵は王宮には入れない決まりになってるんだからな。」
「だから、俺はサラの事を利用するつもりも、その必要も全然なくってだなー……」
「嘘つき!!」
サラは、いつものようにペラペラと喋り続けるティオの言葉を、途中で遮った。
自分が「宝石怪盗ジェム」であり、今夜王宮の宝物庫に盗みに入った泥棒であると発覚したにも関わらず、全く動揺した様子のないティオの能天気な顔を見ていると、サラは、ジワジワ怒りが込み上げてきて仕方なかった。
サラの怒りに、論理的な理由はなかった。
そもそも、怒りという感情は論理性から最も遠い性質のものなのかもしれないが。
サラの中には、ティオの正体を知った事で、ずっと彼が自分に嘘をついていて、自分を騙してきたのだという感情が、嵐のように渦巻いていた。
(裏切られた!)という思いは、サラの心を傷つけ、同時にその心から、激しい怒りを溢れさせた。
「い、いや、まあ、確かに俺は、正直な人間じゃないし、嘘も良くつくけどな。でも、今話したのは、嘘なんかじゃ……」
「嘘、嘘、嘘! あれも、嘘、これも、嘘! みーんな嘘! 嘘だらけ! アンタの話は、嘘ばっかりじゃないのよー!」
「お金持ちのお坊ちゃんだって言ってたのも、嘘! 強い男になりたいから傭兵になりたいって言ってたのも、嘘! 持ってたお金は盗んだものだし、さっきも王宮の宝物庫に盗みに入ったくせに、ずーっと嘘ついて誤魔化そうとしてたわよね?」
「嘘つき! ティオの嘘つき! 大嘘つき!!」
サラは、高ぶる感情のままに、床にあぐらを組んで座り込んでいるティオに歩み寄り、ガッとその胸ぐらを掴んだ。
ティオを思い切り睨みつけるサラの大きな水色の瞳には……
うっすらと涙が浮かんでいた。
その涙は、怒りで興奮して目が潤んだだけではなく……
子供のように純粋なサラの心を傷つけ悲しませたせいなのだとティオが悟るまで、それ程時間はかからなかった。
「……ごめん、サラ……」
自然にポツリと謝罪の言葉がティオの口から零れたが、もはやサラの耳には届いていなかった。
「私! アンタの事は、初めっから信用ならないと思ってたわよ! ペラペラ良く喋るし、口先だけでこすっからく人を動かそうとするし、その場その場でコロコロ態度も言う事も変わるし! こんなヤツ、絶対絶対信用しないって、心の中で誓ってたんだからねー!」
「で、でも、一緒にお城に来て、傭兵になって、傭兵団で過ごす内に、だんだん、ちょっとずつだけど、なんか、警戒してた気持ちが緩んできちゃって……」
「今でも、ティオの事なんて、信用してないわよ! 信用してない、けど……だけど……」
「私の知らなかった『異能力』の事について教えてくれたり、いろいろ忠告してくれたり……私が雨に濡れるのを、かばってくれた、り……」
「そういうアンタを見てる内に、なんか、少しずつ思えてきちゃったのよ!『ティオは、本当は、悪いヤツじゃないんじゃないかな?』って!『まだ知らない事もいっぱいあるけど、ひょっとしたら、ティオにも、いい所はあるんじゃないかな?』って!」
「だって……だって、もう同じ傭兵団の仲間だし!」
「私は、ティオの事、『仲間』だって、そう思ってたのにー!」
「ティオの事、信じてたのにー!!」
声を震わせて叫ぶサラを目の当たりにして、ティオは伸びっぱなしの長い前髪に隠れている黒い眉を歪めた。
普段はあまり自分の本当の感情を表に出さないティオの顔に、罪悪感を覚えているらしい辛そうな表情が浮かんでいた。
「……サ、サラ、聞いてくれよ。」
「聞かないわよ! アンタの言う事なんか、聞きたくない! もう、絶対にアンタの言葉には騙されないんだからー!」
サラは怒りに任せて、胸ぐらを掴んだ状態で、ティオの体を前後にガックンガックン揺さぶった。
ティオは、特に抵抗する様子は見せず、サラにされるがままになっていたものの、さすがに目を回したらしく、必死に訴えてきた。
「……ちょ、ちょっと! ちょっと待てって! 落ち着け、サラ!」
「……サ、サラ! 信じられないかもしれないけどな、俺が傭兵になったのは、本当は、お前の事が心配だったからなんだよ!……」
「また、そういう思いつきの口からでまかせで適当な事言ってー! どうせ、私の機嫌を取ろうとしてるんでしょ! だから、その手は、もう通じないって言ってるじゃないー!」
「ち、違う、俺は本当に……」
「ティオのバカ!!」
「ティオのバカ! バカバカ、バカー!!」
「大嘘つきのティオなんか、大っ嫌いよー!!」
サラは、怒りと興奮のあまり、先程ティオから回収した財宝をまとめて詰めた荷物を、バッとベッドの上に放り投げた。
そして、クルリと一旦ティオに背を向けると、壁のフックに掛かっていた自分の剣を手に掴む。
サラが手に取ったのは、二振りの剣の内、刃の短い片刃の曲刀の方だった。
シュラッと素早く鞘から抜き払い、再びクルッと振り返ると同時に、ダンッと踏み込んで距離を詰め……
曲刀の鋭く光る切っ先を、ティオの喉元に突きつける。
「バカーーッ!!」
「ふんぎゃああぁぁぁーーー!! は、刃物! 刃物怖いよおぉーー!!」
いきなり至近距離で剣の刃を見たティオは……
一瞬で真っ青になり、この世の終わりのような悲鳴を上げたかと思うと……
「……う、ううーん……」
フラアッと大きく体を揺らした後、まるで貧血を起こしたか弱い乙女よろしく、バッタリと倒れこんで気を失ってしまった。
「あ……」
ティオがあっけなく気絶したのを見て、サラは、ようやくスウッと冷静さを取り戻していた。
手にしていた鞘に、少し気まずい気持ちで、抜き払っていた剣をススッと収める。
「……『極度の刃物恐怖症』っていうのは、嘘じゃなかったんだー。……」
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☆The 13th Sage ひとくちメモ☆
「ティオの弱点」
ティオは極度の刃物恐怖症である。
剣やナイフを扱えないどころか、触るのも見るのも怖くて、最悪失神する。
食事は両手にスプーンを持って食べている。




