夢に浮かぶ鎖 #25
「ジャジャーン! 続きましてー、こちらも大粒、10ctアップのペリドットー! この大きさで、インクルージョンはごく僅か! なんと言っても、瑞々しい黄緑色の色合いが魅力的な逸品! オリーブグリーンのもっと色の薄いものは結構見るが、ここまで緑がはっきり出ているのは、超レアだぜー! いやぁー、見事!」
「更に更に! 本日の掘り出し物は、こちら! アメトリン!……これは、アメジストの紫とシトリンの黄色が一つの石の中に同居しているというものなんだけど、両方の色がここまで深く綺麗に出ているのは、まさに自然の芸術と言っていいだろう! しかも、目立ったインクルージョンはなく、なんとなんと20ct以上の大きさ! これまたお勧めだよー!」
「後はー……これは3ctと小粒だけど、クリソベリルキャッツアイ! アップルグリーンの色合いと、何より真ん中にくっきり入った猫の目のような光が見事なんだよなー! それに、ほぼ同じ品質の石が二つ揃ってるってのもいい感じだろー?……えーと、他にはーっと……」
ティオは、サラのベッドに腰掛けながら、膝の上の皮袋から次々と布に包んだ宝飾品を取り出していった。
……黄緑色の大粒の宝石が輝くブローチ……紫と黄色の長方形の宝石がしつらえられた指輪……猫の目のような不思議な光を発する宝石を二つ揃えたイヤリング……
更に、説明と同時進行で、慣れた手つきでひょいひょいと宝石だけをアクセサリー本体から外していく。
外した宝石は、包んでいた布を敷いて、ベッドの上に丁寧に並べ、宝石を完全に取り去った金や銀の装飾部分は、全く興味なさそうに、ポイと適当にその辺に放っていた。
一応上官用の部屋とはいえ、粗末な兵舎のベッドが、みるみる不釣り合いな金銀財宝で埋もれていく様を、サラはしばらく呆然と突っ立って見つめていたが……
ハッと我に返ると、慌てて、先程ティオから手渡された真っ赤な宝石を彼に戻そうとした。
「ティ、ティオ! 私、これ、要らない!」
「えー? ちょうどサラの持ってる赤い石に似てていい感じだろー? それにこっちの方が見た目がキラキラ綺麗だしさー。……んー、まあ、サラが要らないって言うなら、それでもいいけどなー。じゃあ、他にどれがいい? なんでもサラの好きな宝石と交換でいいぜ!」
「だ、だから、綺麗だとか、貴重な宝石だとか、そういう問題じゃなくってねー!」
ティオは、サラが返してきた宝石を受け取ってはくれたが、それならばと他の宝石をまた勧めてきた。
そんなティオに、サラは、自分にとって、ずっと首からさげているこのペンダントが、世間一般的な価値とは関係なくとても大事なものだと必死に伝えようとしたが……
ふと、思った。
(……あれ?……今、私に渡した赤い宝石って、ティオの話だと、とっても価値のある貴重な宝石、なんだよねー?……)
(……宝石に関しては、ティオが嘘をついているようには見えないしー。ひょっとして、「鉱石に残った記憶を読める」っていうティオの異能力と、宝石について凄く詳しいのは、何か関係があるのかもー?……)
(……と、とにかく! そんなメチャクチャ価値のある綺麗な宝石とポンと交換しようとするなんて……やっぱり、私のこのペンダントの赤い石は、絶対何かあるんだ!……)
(……普通の古いガラスに見えるけど、本当は、もっと別な何かなんだよ!……)
(……これだけいろいろな宝石をたくさん持ってるティオが、どうしても欲しいってずっと探してたぐらいだもん! きっと特別な石に違いないよねー!……)
サラは、ティオの態度から、自分のペンダントの石に対するヒントを得て、少し興奮したのだったが……
全ての謎を解明するためには、目の前に大きな障害が立ち塞がっていた。
(……問題は、ティオが素直にこの石の秘密を話してくれるかって事だよねー。……)
(……さっきののらりくらりとはぐらかした様子からして、私にはこの石の正体を教えずに、さっさと他の綺麗な宝石と交換させたいって感じがするんだよねー。……)
(……でも! その手には絶対乗らないんだからー!……私にとってこの石は、どんなに綺麗な宝石なんかより、ずっとずっと大事なものなんだからねー!……)
サラは、決して渡さないという決意を胸に、ペンダントの石をギュッと握りしめた。
□
(……あれ?……)
サラが、ティオから渡された赤い宝石を彼に返そうと歩み寄った時……
たまたま、彼の膝の上に置かれた皮の袋の中身がチラと視界に入った。
袋には、まだまだ、布に包まれた宝飾品がいろいろと入っていそうだったが、その中に奇妙な造形の指輪があるのが、なんとなく目に止まった。
……ドクロをかたどった悪趣味なデザインをたっぷりと金を使って形作り、ドクロの口には暗赤色の宝石があしらわれている。
その指輪を見た時、サラの脳裏に、チリッと針で刺したような違和感が走った。
(……んー? なんか変な感じがするー。……この指輪、最近どっかで見たようなー?……)
「サラ? どうした? なんか気に入った宝石あったか?」
サラの視線に気づいたのか、サクサクと宝石を外していた手を一旦止めて、ティオが顔を上げる。
「あ! ううん、えっとー……」
「悪いな。今、俺の手元には、これだけしかないんだよー。この中から、サラが気に入る宝石が見つかるといいんだけどなぁー。」
「え!? こ、これだけって……凄いいっぱいあると思うんだけどー……」
「ハハ、いやぁ、これは宝石がついてる装飾品がデカイだけで、宝石だけ取ったら、大した量じゃないだろー?」
「……ティオは、首飾りとか、ブローチとか、そういう細工には全然興味ないんだねー。じゃあ、なんでこんな豪華な飾りばっかり持ってるのよー?」
「それはしょがないだろー? いい宝石は、こうやって宝飾品に加工されてる事が多いんだからさー。まあ、宝石外したら、後は適当にバラして売り払うからどうでもいいけどなー。」
「壊しちゃうのー? こんな綺麗な細工なのにー?」
「ティオって……宝石を集めてたりするのー?」
「それって、ティオの『鉱石に残った記憶を読める』異能力に関係してたりするのー?」
サラの問いかけに、ティオは明るい笑顔を浮かべてすんなりと答えた。
美しい貴重な宝石を一つ一つ、素早くも慎重な手つきで外していく作業が楽しいのか、宝石に関する話をするのが楽しいのか。
ともかくも、ティオの宝石にかける思いの深さが感じられた。
「そうだなぁ。小さい頃から、川の中の綺麗な石を探して集めてたなぁ。メノウや石英が時々混じってるんだよ。川の流れで角が削られて自然に丸くなったヤツがあるんだ。……それから、山奥の自然の洞穴の中に水晶が群生してる場所があって、何日もかけて採りに行ったりとかさ。ヒスイや、貝の化石がオパール化した物が入ってる岩なんかも、良く探し回ったなぁ。」
「四歳ぐらいまで自覚はなかったけど、鉱石の収集を始めたのには、石の記憶が読める異能力の影響が確かにあったと思う。集めてきた石を順番に手にとって、その石がそれまでどんな場所でどんな環境にあったのか、読むのが楽しかったなぁ。放っとくと一日中でも、石を手に握ってボーッとしてたから、周りの人間には変な子供だと思われてたなぁ。」
「俺に石の記憶を読める異能力があったから、石を好きになったのか? それとも石が好きだったから、こんな異能力を持ってるのか? 卵が先か、鶏が先か? それは俺にも分かんねぇなぁ。……とにかく、物心ついた時から、俺は石が大好きだったよ。」
「それで、まあ、歳をとるにしたがって、だんだん貴重で綺麗な石を集めるようになっていってー、今はほとんど宝石ばっかりだな。いやぁ、今までいろんな宝石を見てきたけどさ、どれも綺麗で、魅力的で、一つとして同じものがないんだよなぁ。集めれば集める程、宝石に惹かれていくって感じでさー。」
「なんて言うか、もう、宝石の収集は、俺にとってごく当たり前の事になってるんだよなー。ライフワークって言ってもいいかもなー。」
サラは「ふーん。」と相槌を打ちながら、しばらく大人しくティオの話を聞いていた。
ティオの語り口からすると、現在は相当な数の宝石を収集保有しているようだった。
その見た目からついつい忘れそうになるが、ティオは、本人曰く「大金持ちのボンボン」らしいので、そんな高価な宝石を次から次へと集める事も可能なのだろう、とサラは考えた。
「……でも、ここ一、二年は、ちょっと事情があって、楽しいってだけじゃなくなっちまったけどな。……」
そう語った時、ティオは一瞬、少し眉をひそめて、どこか寂しげな表情を浮かべた。
すぐに、ケロッと、何事もなかったように、いつもの掴み所のない笑顔に戻っていたが。
「ま! これからも俺は、宝石をジャンジャン集めるつもりだぜー! 相変わらず宝石は大好きだしさー! 俺、ホンット宝石が好きなんだよー! 宝石は、この世界で、俺が一番好きなものだなー!」
「ティオが宝石大好きなのは良ーく分かったけどー、でも、こんなにたくさん持ち歩いてて大丈夫なのー?」
「傷がついたりしないように、十分気をつけてるぜ?」
「そうじゃなくってー、こんなに高そうなものを持ってたら、誰かに取られたりしそうだなーって。」
「ハハハ! 俺から宝石を盗めるヤツなんて、この世の中に居やしねぇよ!」
ティオは、あっけらかんと、カラカラ笑った。
余程「自分の持っている宝石が盗まれる筈がない」という自信がある様子だった。
「それに、俺は、大事なものは、いつも身につけて持ち歩く主義なんだよ。」
と、ティオは、ニカッと白い歯を見せて、いたずら好きの子供のように笑った。
□
「……あの、ところで、ティオ、そのドクロの形をした金色の指輪、ちょっと見てもいい?」
「ああ、これ? もちろんいいぜ!」
サラは、ティオの膝の上の皮袋の中にある、先程気になった、ドクロをかたどった指輪を指差した。
ティオは何のためらいもなく、サラの手の上に、ポンと指輪を渡してくれた。
「いやぁ、サラちゃん、お目が高い! それ、なかなかいいガーネットだよなー! 落ち着いた深い赤色が綺麗でさぁー。ガーネットは、戦場に赴く戦士が良くお守りにしてる宝石なんだぜー。サラちゃんにはピッタリかもなぁー。」
「うん。宝石は綺麗なんだけどー……この指輪のデザインがねー……」
「ああ、それね! 悪い! 俺も、さっさと外そうと思ったんだけどさー、かなりガッツリはめ込まれてて、簡単に取れそうになかったんだよなー。下手の強引にやろうとすると、宝石に傷がつきかねないからさー。街の宝飾品店に持っていって、宝石だけ外してもらおうと思ってたんだけどー、最近忙しくって、なかなか時間がなくってさー。」
「……」
やはりティオは、指輪のデザインなどまるで眼中になく、使われている宝石だけに興味が集中している様子だったが……
サラは、渡された指輪を、親指と人差し指で摘んで、目の高さに持ち上げ、ジーッと見つめた。
趣味が悪い、と言ってしまえばそれまでだが、良く観察すると、大振りでゴツゴツとした造形で、ドクロという怪しいモチーフが立体的に表現されている。
指輪の大きさも、大人の男がするように合わせてあるらしく、サラの華奢な指には、親指でさえ隙間が出来てグルグル回ってしまいそうだった。
(……やっぱり、この指輪、どこかで見た事がある。……どこだっけー? いつだっけー?……)
(……これって、何かとっても大事な事のような気がするんだよねー。……)
サラは、しばらく、眉根を寄せ額にシワを刻んで、真剣な表情で、その金のドクロを見つめていた。
自分の頭のどこかに引っかかっている記憶の棘をつまみ出すかのように。
そして、ついに……
(……ああっ!! そうだ、これー! この指輪はー!!……)
サラは、思い出した。
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☆The 13th Sage ひとくちメモ☆
「ティオの異能力」
鉱石に残った記憶を読み取る事が出来る。
鉱石が周囲の事象を記憶する性質を利用している。
ただ、知りたい記憶をピンポイントで読むのはコツと慣れが必要、との事。




