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十三番目の賢者  作者: 綾里悠
第四章 夢に浮かぶ鎖 <後編>鎖の行く先
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夢に浮かぶ鎖 #26


『おらぁ! さっさと金出せって言ってんだろうが!』


 怒号と共に、色あせた紺色のマントの胸倉を掴み、あるいは、肩をドンと突き飛ばしている男の姿が、パッパッと閃光のようにサラの脳裏に浮かぶ。



 サラは、自分はあまり記憶力のいい方ではないと思っていた。

 しかし、それは、整理され体系化された情報を暗記するような場合においての話である。

 サラは目がいい。

 そして、見たものをそのままに記憶する事が得意だった。

 全てを覚えている訳ではなく、特に興味がなければすぐ忘れてしまいもする。

 だが、見たものを、敢えて整理せず、意図的な分類をせず、「そのまま」の状態で記憶する力は、実はかなり優秀だった。

 それは、サラが、戦いにおいて、対峙した相手の動きを、まるで息を吸って吐くように自然に記憶し、把握し、先を読むという形で、非常に役に立っていた。

 ただ、論理的な思考をほとんどしないために、サラ本人が、そんな自分の独特な記憶力に、全くもって気づいていなかったのだった。



 サラは、一枚の絵のように鮮明に、ある映像を思い出していた。

 見るからにガラの悪い男達が数人で、背の高い奇妙な外見の青年を取り囲み、有り金を巻き上げようと、彼を小突いたり、服を掴んで引っ張ったりしていた。

 その男達のリーダー格らしい、一際がたいのいい凶悪そうな面構えの男の野太い指に……

 黄金で出来たドクロの指輪が光っていた。

 ドクロの口には、血を思わせるような暗赤色の宝石がはめ込まれていた。


(……これ、このドクロの指輪ー! あの時の男が指にはめてた指輪だー!……)


(……街でティオに初めて会った時、ティオを脅してお金を取ろうとしていた男の指輪ー! 絶対間違いない!……)


(……ど、どうして、あの男の指輪を、ティオが持ってるのー!?……)


 ガラの悪いならず者に絡まれ、ティオが背中を丸めてビクビクしていた姿が、くっきりとサラの脳裏に浮かんでいた。



 更に、パッパッパッと絵本のページがめくれるように、サラの記憶が蘇る。

 なんの意味もなかった、点と点である過去の映像が、一繋がりの数珠のように、次々とサラの頭の中に湧き上がってきた。


『金? 金なら持ってるぜ。……ああ、さっき持ってないって言ったのは、あれは嘘。』


 ティオはあっけらかんと笑って、色あせた紺色のマントの懐から、スイスイと貨幣の詰まった袋を取り出しテーブルに並べた。

 サラに助けられた後、下町の食堂で昼食を奢ってくれた時の事だ。


 財布は全部で四つ。

 全く同じ作りではなく、あるものは使い古された皮だったり、麻布だったり、逆に、あるものは刺繍を施したキラキラした織り布で、袋の口を閉める紐の先端にも銀の装飾がついていた。

 中身についても、金貨が多いものや、銀貨、銅貨が多いものとバラバラで、特に貨幣の種類で分けて入れている様子もなかった。

 統一感のない四つの財布のデザインと中身。

 あの時もチラと引っかかったが……


(……もし、あの財布が、「別々の人物の持ち物だった」なら……つまり「四人分の財布」だったなら……)


 すんなりと説明がついてしまう、という事に、サラはハッと気づいた。


(……街でティオに絡んでいたならず者は、四人。その後の食堂で、ティオが懐から取り出したお財布は、四つ。……)


 そう、あの時、サラは確かに見ていた。


 サラがティオに絡んでいた男達を倒した後、ティオがいつの間にか起きていて、倒れた男達の様子を調べていた。


『おお! 全員見事に気絶してる!……こっちの人は、何本かあばらにヒビが入ってるなぁ。この人は、肩が外れてるかぁ。それからそれから、歯が折れてる人と、頭に大きなコブが出来てる人と。……うん! まあ、命に別状はないな!』


 そんなセリフを口にしながら、気絶している男の腕をとって動かしてみたり、胸に耳を当ててみたり。


(……まさか、あの時に……男達から財布を取ったの?……)


(……そして、この指輪も、その時一緒に……)


(……盗んだ……)


 サラは指先に摘んだギラギラと輝く悪趣味なデザインの指輪をジッと見つめ……

 それから、ゆっくりと、視線を動かした。

 すぐそばでベッドに腰掛けて、楽しげに鼻歌歌いながら、宝飾品から外したばかりの宝石を眺めているティオへと。


 ティオを見つめるサラの目に、強い疑惑の色が浮かんでいた。



(……そう言えば、ティオって、どうしてここに居るんだっけ?……)


 スウッと、頭から氷水でも被ったかのように冷えていくサラの心と頭に、次なる疑念が浮かんできていた。

 

(……確か……ボロツと見回りに行こうと思って着替えてたら、いきなりベッドの下から這い出してきたんだよね?……)


(……それは、たぶん、私が服を脱いだせいで、いつも服の下に隠れてるペンダントが見えるようになったから、それを見つけて出てきたんだと思う。……)


(……ティオは、私のペンダント……というか、ペンダントについているくすんだ赤い石を凄く欲しがってるみたいだもんね。ずっと前から探してて、ようやく見つけたって言ってた。……)


 サラは、ティオが、宝物を見つけた子供のように興奮してはしゃいでいたのを思い出した。

 おかげで、と言うべきか、ほとんど全裸だったサラの体は、視界に入ってはいてもティオの目には見えていない状態だったようだが。

 サラは、ティオがペンダントの赤い石に夢中でこれっぽっちも自分の裸に関心がいっていなかった事を思い出して、密かにギリッと奥歯を噛み締めたりしていた。


(……ティオは、私のこのペンダントの赤い石が何か、絶対知ってる! これだけいろいろな石に詳しいんだもんね。実際、この石を物凄く欲しがってるし。……)


(……この石は、本当はなんなの?……)


 一見ただの古びたガラスにしか見えないくすんだ赤い石を、ティオが一目で「ずっと探していた石」と見抜いたのは、サラにとって大きな衝撃だった。

 森の奥でたった一人目を覚ましてから三ヶ月余にして初めて掴んだ、失った記憶への手がかりだった。


(……知りたい! この石の事!……ティオにもっとちゃんと話を聞いて……)


 サラは、気持ちがはやったが、慌ててブンブンと首を横に振った。

 胸元のペンダントの赤い石をしっかりと手に握りしめ、スウ、ハア、と深呼吸し、心を落ち着かせる。


(……やっぱり、ダメ! 今は、そんな事してる場合じゃない!……)


(……もちろん、ペンダントの赤い石の情報は大事だよ。でも、今は、後回しにしなくっちゃ!……)


(……私が、今すぐ、この場で絶対しなきゃいけない事は……)


 サラは、赤い石の謎に向かいそうになる自分の気持ちをグッと抑えると、もう一度、今日の晩の出来事を整理してみた。


(……私があの不思議な夢を見ている時に、突然ボロツがやって来て、起こされた。……)



 サラは大事な夢の途中で起こされた事に不満を感じながらも、深夜に訪れたボロツの様子から緊急事態が起こっている状況を察して、対応に出た。

 この時、確かに、窓の鍵も、ドアの鍵もしっかりと内側から掛けられており、それはサラが眠った時と同じ状態だった。

 ボロツの話では、つい先程、この王城の奥深く、王宮の宝物庫から貴重な宝が盗み出されたらしい。

 犯人は、宝物庫の近くで一度目撃されたものの、その後見つかっておらず、近衛兵をはじめとして、城に泊まっていた兵士は全て叩き起こされて、今も捜索が続いているとの事だった。


 サラはその話を聞いて、「……まさか、うちの傭兵団の誰かの仕業じゃないよね?」と心配した。

 傭兵団の皆は、気のいいヤツらではあるが、過去に窃盗や強盗などの犯罪を犯していた者も多く居たためだった。

 しかし、そんなサラの不安をボロツは軽く笑い飛ばした。

「うちの団員に、こんな芸当が出来るヤツは居ねぇよ。」と、ボロツは断言した。

 世の中の裏街道を生きてきたボロツの経験によれば、一口に泥棒と言ってもピンキリであり、一流の盗みを働く事の出来る人間は、その手の「才能」がなければダメなのだそうだ。

 卓越した盗みの才能の持ち主が、今回の事件の犯人だろうとボロツは推察した。


『そうだなぁ。俺の知ってる、って言うか、聞いた事のある泥棒の中で、王宮の一番奥の宝物庫からお宝を盗み出せそうなのは、一人だけだな。』


『「宝石怪盗ジェム」……アイツなら、出来る気がするぜ。』



 「宝石怪盗ジェム」

 その名前を聞いたのは、ほんの何日か前の事だった。


 夕食後に皆でくつろいでいた食堂で、自己紹介を兼ねて、ピピン兄弟が、自分達が体験したとあるエピソードをサラやボロツらに話してくれた。


 それは、「宝石怪盗ジェム」という、サラは知らなかったが、巷では有名なとある泥棒に出会った話だった。

 皆の話によると「宝石怪盗ジェム」は、その名の通り、宝石しか盗まないらしい。

 盗みの腕は他に類を見ない程で、厳重に警備され堅固な鍵の掛かった貴族や金持ちの屋敷の宝物庫から、人知れず獲物を盗み出していくという。

 屋敷の住人さえも、盗みに入られた事に何日も気づかない場合も多いとか。

 その姿を見た者はほとんどおらず、人物像は、おそらく男だろうという以外ほぼ分かっていなかった。

 ジェムの盗みは、一つ大きな特徴があり、宝物庫にどんなに立派な財宝が唸っていようとも、なぜか宝石しか取っていかないらしい。

 時には、家宝の首飾りやブローチ、指輪などから、わざわざ宝石だけを外して持ち去る事もあった。


 そんな巷を騒がす世紀の大怪盗「宝石怪盗ジェム」に、なんと、ピピン兄弟は会った事があると言う。

 しかし、ジェムは足元まで隠れる黒いローブに身を包み、目深にフードを被って、更に、顔には仮面をつけていた。

 背格好や立ち居振る舞い、声などから、噂通り「男」である事はうかがい知れたが、人相も年齢も結局不明のままだった。

 ピピン兄弟は、彼が「宝石怪盗ジェム」だと最初は気づかなかった。

 二人が金持ちの屋敷に盗みに入ろうとして、高い壁を登れず困り果てていた所に声を掛けられ、「通りがかりの親切な男」に助けられる事になった。



 サラは、その話を聞いた時、妙な感覚を覚えたのを思い出していた。

 そう、それは、ピピン兄弟が、壁を登るために用意した、大きな鉤のついたロープをジェムに手渡した場面だった。


 ジェムは、「うっ!」っと言って、思わず顔を逸らした。

 「こんな危ないものを振り回して、ケガをしたらどうするんですか!」と二人を叱ってきた。

 実際ピピン兄弟のへっぽこぶりでは、万が一鉤が体に刺さる事もあるかもしれなかったが、高い壁を登るためにロープを掛けるには、先端に鉤をつけるという発想はごく普通だと思われる。

 しかし、ジェムはこれを良しとせず、二人に「外して下さい!」と迫った。

 結局、二人は、言われるがままに、ロープから鉤を外す事になった。


 ところが、ジェムは、それだけでは飽き足らず、二人がこの大きな盗みのために用心として買い込んだ新品のナイフも捨てさせようとしてきた。

 二人は、もし屋敷の警備兵に見つかった時、ナイフがあれば脅して逃げられると思っていたのだが……

 「むしろ、ナイフを持っている方が危険なのです!」と、ジェムは独自の理論を展開する。

 「武器を持っていると、いざという時、うっかり相手を傷つけてしまう可能性がある!」「そのせいで、要らない犯罪を犯してしまうかもしれない!」「窃盗の罪が、いつの間にか、殺人の罪に!」と、立て板に水で喋り倒し……

 「つまり、ナイフを持っていると危険なので、離れた所に置いてきて下さい。」と畳み掛けた。

 結局、またもやピピン兄弟はジェムに上手い具合に丸め込まれ、買ったばかりのナイフを路地に捨て置く事になった。


 その後、屋敷の壁はジェムがレンガをくくりつけたロープを掛けて登る事が出来たし、ナイフの出番はまるでなかったので、特に問題はないように思えるが……。


(……うーん。なんか、気になるんだよねぇ。……)


 その話を聞いた時、ボロツをはじめ、傭兵団の団員達は、「知らないヤツにそそのかされて、大事な武器を手放すなんて、大バカだ!」とゲラゲラ笑い転げていた。

 しかし、サラだけが一人、眉をしかめて考え込んでいた。



 その時感じた「引っ掛かり」がなんだったのか、サラは、今なら分かる気がした。


 ピピン兄弟は、二人の迂闊さを笑う仲間達に、必死に訴えていた。

 ジェムは「とても話が上手く」「奇妙な説得力があり」「彼の話を聞いていると、なんとなくそんな気がしてきて、ついつい納得してしまう」のだと言っていた。


 口先三寸で他人を丸め込む特技を持つ人物を、サラは知っていた。

 また、その人物は、極度の刃物恐怖症で、ナイフやフォークに至るまで、刃物らしきものは一切持つ事が出来ない。

 本人は、自分の事を「平和主義者」だと主張し、武器や戦いそのものも嫌っているようだった。


 ピピン達の出会った怪盗が、サラの良く知る人物と同じく「刃物恐怖症」で、かつ仮にも「平和主義者」であるならば……

 ロープについた鉤を嫌い、ピピン兄弟が懐に隠し持っていたナイフを、なんのかんのと理屈をゴネて捨てさせたのも、納得がいく。


 更に、そのサラの良く知る、良くも悪くも「口の上手い」人物は……

 「宝石」が、ことのほか好きだった。

 サラも、その事実を、つい先程知ったのだったが。


 その人物は、「宝石」が大好きだが、装飾品や、芸術品、美術品に対しての興味はゼロらしい。

 今も、サラのベッドに腰掛けて、見事な細工が施された宝飾品から、せっせと宝石だけを外していた。

 宝石を取り出した後の金銀細工は、適当にバラして売り払うつもり、との先程言っていた。


 ジェムは「宝石怪盗」の名の通り、宝石ばかり盗む泥棒だ。

 時には、宝物庫に安置されている家宝レベルの宝飾品から、ご丁寧に宝石だけを抜き取って持っていきもする。

 その理由が、「金銭的な価値とは全く関係なく、徹底して宝石以外に興味がないから」だとしたら……。


(……「宝石怪盗ジェム」は、アンタだったの?……)


(……そりゃあ、天下の大怪盗様だったら、気絶したならず者達から財布や指輪を盗む事なんて、朝飯前だよね。……)


 ベッドに腰掛けて楽しげに宝石を眺めている彼を、サラはジイッと見つめた。

 その視線には、彼の一挙一動を監視し、妙な動きをすればすぐさま捕まえるという気迫がこもっていた。


 そもそもボロツがこんな深夜に、眠っているサラを叩き起こしてまで報告に来たのは……

 つい先程、この城の王宮の宝物庫に泥棒が入り、財宝を盗んでいった、という情報を聞きつけたせいだった。

 そして、その問題の泥棒は、兵士達が総動員で探し待っているにも関わらず、未だ見つかっていない。


 今サラの目の前に居る人物は、いつもとは違い、夜陰に紛れやすい黒いローブを羽織り、初めは目深にフードを被っていた。

 仮面こそつけていないものの、その出で立ちは、ピピン兄弟の話に出てくる「宝石怪盗」そっくりだった。



 サラは、スウッと大きく息を吸って深呼吸したのち、ゆっくりと彼の名を呼んだ。


「ティオ。」


読んで下さってありがとうございます。

ブクマ、評価、感想等貰えたら嬉しいです。

とても励みになります。



☆The 13th Sage ひとくちメモ☆

「ボロツ」

傭兵団の副団長。

元々は一匹狼の荒くれ者だった。

リーダー的な立場で傭兵団をまとめていたが、サラが来てから副団長となった。

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