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十三番目の賢者  作者: 綾里悠
第四章 夢に浮かぶ鎖 <中編>雨宿りの秘密
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夢に浮かぶ鎖 #11


「この内戦が終わった後の事は……」


 サラは、青い夕闇が刻々と濃くなりゆく訓練場の木の影で、ティオに向かって言った。

 いつの間にか、降り続いていた雨はだいぶ小降りになっていた。


「まだ、考えてないよ。」


「今は、戦いに勝って、この内戦を早く終わらせる事しか、考えてない。」


 そんなサラの返答に、ティオは「サラらしいな。」と笑った。

「まあ、確かに、今すぐどうするか決めなきゃならないってもんでもないしな。ゆっくり考えたらいいんじゃないか。」


「今みたいに、サラの力を必要とする『非常事態』の起こっている場所を、また探すのもいいと思う。」

「うん! 私は、困っている人の役に立ちたい! この力で、誰かを助けたいの!」

「鉄火場から鉄火場を渡り歩く、か。修羅の道だなぁ。俺は、平和主義者だし、余計な面倒ごとには関わりたくなから、サラみたいな生き方は真似出来ないなぁ。」


「でも、もしも……」

 と、ティオは静かな口調で言った。

「いつか、サラにも、戦場や戦いを離れて生きていきたいと思う日が、来るかもしれない。」


「たとえば、他にやりたい事が出来るかもしれない。……畑を耕して作物を作りたいとか、店を開いて商売をしてみたいとか……あるいは、結婚したり子供を育てたり、そういう人生もあるだろう?」

「け、けけけ、結婚!? わ、私が結婚?……か、考えた事もなかったー。……私、男の人を『いいな!』なんて思った事一度もないから、そういうの全然想像出来ないなぁ。」

「そうかぁ、こういう話は、まだサラには早かったかぁ。」

 ティオはあごに手を当ててしみじみうなずいた後、話を続けた。

「まあ、いつになるかは分からないけどな、もしかしたら、そういう時がサラにも来るかもしれないって話だよ。」


「剣を手放し、戦いを忘れて、穏やかに生きていきたいって思う時がさ。」


「その時は、サラの持っている力は、隠した方がいいだろうな。」


「か、隠す?」

 サラが不快そうに眉をしかめたのを見て、ティオは慌ててヒラヒラと手を振った。

「別に嘘をつけとか、騙せとか言ってる訳じゃないぜ。……ただ、必要以上に自分の能力を他人に見せるのはやめた方がいいって話だよ。」


「そうだな……サラは今まで剣士としてあちこち旅してきたみたいだけど、周りに剣なんか持ってる人間が一人も居ないようなのどかなの農村では、腰に提げた剣をなるべく見えないようにコートに隠したりするだろう? 田舎の村には、剣を見ただけで怖がる人も居るからな。」

「……た、確かに、そうかも。」


 ティオの話は、サラにも身に覚えのある事だった。

 今居るナザール王都のような大きな街や、傭兵団のような剣を持っているのが当たり前の場所では、サラが剣を携えていても気に止める者は居なかった。

 また治安の良くない場所を通る時は、わざとコートを肩に掛けて腰に提げた剣を見せる事で、襲ってこようとするならず者達を牽制出来る事もあった。

 しかし、一方で、田舎の小村のような普段全く武器を手に取る機会のない場所に暮らす人々は、サラが持っている剣を見て、ビクッと怯える反応を示した。

 それなりに大きな町でさえも、一般人はサラが剣見せると、少なからず恐怖の表情を浮かべた。

 特にサラは、実際は強靭な一流の剣士なのだが、見た目は小柄で華奢な少女であるので、そんな彼女が剣を持ち歩いている事実に、人々は驚きを隠せないようだった。

 そうした経験から、人々をムダに怯えさせないよう、サラは普段、自分の二振りの剣をコートで隠すように身につけていた。


「必要のない時は、剣を抜いたりしないだろう? しっかり鞘に収めて、コートの下に見えないように隠しておく。……サラの異能力だって、それとおんなじ事なんだよ。」

「……う、うん。……」

「自分から言いふらしたり、必要もないのに人に見せたりするのは、ムダな混乱を生むかもしれないから、やめた方がいいって話だ。」


「さっきも言ったけどな、サラは、その力をちゃんとコントロールして、必要のない時には完全に使わないようにする癖をつけた方がいい。」


「剣の腕を磨くのはいいが、その磨き抜かれた剣の刃を、いつも出しっ放しにして、気づかない内に周りの人間を傷つけたりするのは、サラだって嫌な事だろう?」


「だから、力はちゃんとしまっておくんだ。剣を普段は鞘に収めておくように、しっかりと。」


「特に、サラがもし、この内戦が終わった時、傭兵団をやめるようなら……それよりももっと先の未来で、もう剣を使わない生活をしようと思ったのなら……」


「普通の人達に混じって暮らしても違和感がないぐらいに、自分の力を抑え込めるようになった方がいいと思うぜ。」


「……わ、分かった。これからは、ちゃんと気をつけるよ。」

 サラは、ティオの忠告に納得して、コクリと深くうなずいた。

 それを見て、ティオはホッとした様子で、ニコッと明るく笑った。



「あ、ところで、サラ。異能力の事は、あんまり人に言うなよ?」


「異能力を持ってる人間って、かなり少ないからな。普通の人間には、まず理解されないと思った方がいい。『変人』『頭のおかしいヤツ』って目で見られるぜ。後は、逆に能力を利用しようとして近づいてくる悪いヤツも居るかもしれないしな。」

「でも、ティオは私に、自分のヘンテコな異能力の事、話してたじゃん。岩に残った記憶が読める、だっけー?」

「ヘ、ヘンテコとか言うなよ! 俺だって、傷つくんだぞ!……ってか、普段はこんな簡単に人に言ったりしないっての。頭のおかしいヤバイヤツだって思われるからな。」


「だから、サラも、俺の異能力の事は、他の人間には言うなよ? 絶対言うなよ?……俺も、サラの異能力の事は、言わないからさ。」

「分かった。言わないよ。約束する。」


「でも、ティオ、それなら……どうして、私には話したの?」

「それは、まあ……サラも異能力持ちだし。同じ異能力持ちなら、俺の異能力への理解も……いや……」


 ティオはだんだんと尻窄みに声が小さくなったかと思うと、頭を抱えるようにボリボリと、伸ばしっぱなしの黒髪を掻きむしった。

 自分でも訳が分からないと言ったような、渋い表情をしていた。


「ダメだー! なんか、サラ、お前と居ると、調子が狂うんだよなー! 最初に会った時から、どうも、こう、うーん……」

「調子が狂うって、それ、私のセリフだからねー! 私だって、ティオと一緒に居ると、いっつも調子狂いまくりなんだからー! もー!」

「ハー……俺は、本当は、もっと慎重な性格なんだけどなぁー。……」


 サラは、ティオの物言いにプンスカほっぺたを膨らませていたが、ティオはティオで、手で顔を覆って、何度もため息をついていた。



(……ティオは、みんなとなんか違うなぁ。……)


 サラは、食堂で酒を酌み交わしているボロツをはじめとした傭兵団の仲間達を見つめながら、一人思っていた。


 「戦が終わったら、その後どうする?」というサラの問いかけから始まって、ワイワイ話している内に「このまま傭兵団を続けていこうぜ!」という流れになり、みんなすっかり盛り上がっていた。

 どうやら、名のある傭兵団として、あちこちで起こっている戦や紛争を回っていこうという流れになっているようだった。

 「傭兵団の名前をどんなものにしたらカッコいいか?」とか「俺達傭兵団のマークを作ろう!」とか「報奨金の配分はどうするか?」といった内容で、ダラダラと、討論とは呼べない話し合いを続けている。


 そんな仲間達の様子を見るにつけ、ティオの年齢以上に大人びた思考が際立って感じられた。


(……まるで、ティオだけ一人、みんなと全然違うものを見てるみたいな感じ。……)


(……みんなは、すぐ目の前の事や自分の足元の事にばっかり目が行ってるけど、ティオは……)


(……もっと、ずっと、遠くの未来を、見てる気がする。……)


 伸ばしっぱなしの長い前髪と、細かい傷で白くくすんだ分厚い眼鏡のレンズの奥にある、ティオの独特な深い緑色の瞳を……

 サラは、ぼんやりと思い浮かべていた。



「心配要らなかったみたいだな。」


 ティオは、サラを改めてジッと見つめた後、軽やかな笑顔を浮かべた。


 すっかり話し込んでしまったせいで、人気のない訓練場は、今や深い青色の宵闇に包まれていた。

 その代わり、いつしか雨は上がり、雲の切れ間から星が小さく瞬き出していた。


「心配ー?」

「そう。俺は、実は、密かにサラの事を心配してたんだぜ。」


「言ったろう? 普通の社会からはじき出された者は、同じようにはみ出し者の集まる場所に流れつくって。……そういう所は、元々ルールが少ないし、一般的な社会のルールを守ろうという意識が希薄な人間が多い。」


「でも、居心地はいい。ちょっとぐらいルールを破っても、うるさく言うような人間は居ないからな。普通の社会なら浮いてしまうようなヤツでも『仲間』として受け入れられるってのもある。たとえ無法者だろうと、鼻つまみ者だろうと、気の合う仲間でワイワイ楽しく暮らせるんだよ。」


「ただ、弊害も、もちろんある。」


「無法者の町に居着いた者は、最初は犯罪者でなかったとしても、やがて、その町の仲間の思考に染まっていって、平気で犯罪を犯すようになる事が多いんだ。……まあ、周りがみんな平然と、盗み、強盗、詐欺、恐喝、いろいろやってるからな、それが普通の感覚になっちまうんだよ。みんなと一緒の事をして、仲間としての繋がりを強めたいって気持ちも働くんだろうな。」


「もちろん、普通の町では非常識な犯罪行為だ。でも、無法者の町では、それが生きていくための正当な手段で、常識で、当たり前の行為になる。」


 ティオは、雨がやんだのを見てとって、自分の色あせたマントについていた雫を、パッパッと手で払った。


「ここ傭兵団は、この城の中の、いや、この王都における『無法者の町』みたいなもんだって言ったろ?」


「傭兵団のみんなは、確かに『気のいいヤツら』だ。気さくだし、変な慣習に縛られてない分自由だし、何より仲間への情が深い。……でも、普通の、外の社会から見たら、ゴロツキや犯罪者の寄せ集めだ。」


「ここの居心地の良さに染まって、サラも、犯罪に対する意識が甘くなっちまうんじゃないかって、ちょっと心配してたんだよ、俺は。」

「そ、そんな事、ある訳ないでしょー! 傭兵団のみんなの事は、仲間として好きだけどー……」


「でも! 犯罪はダメー! 私は、絶対許さないんだからねー!」

「ハハ、俺の取り越し苦労だったみたいだな。まあ、良かったよ。」


 ティオは、ふっと少し真面目な顔になって、噛みしめるように言った。


「サラは、芯がしっかりしてるんだろうな。強い信念を持ってるって言うか。だから、ちょっとやそっとじゃ、ブレない。」


「それも、サラの強さだな。」


「剣でも戦いでも学問でも、なんにおいても、強いヤツっていうのは、そういうヤツだ。」


「精神的な強さもちゃんと併せ持ってる。自分ってものをはっきり持ってる。」


「自分の意思、自分の感情、自分が本当は何を望んでいて、そして今何をしようとしているのか? それをはっきりと理解してる。たとえ言葉になっていなくても、ちゃんと『自分』を知ってる。」


「いくら資質があっても、周りのヤツらや他人の言葉にいちいち影響されて、あっちに行ったりこっちに行ったり、フラフラしるヤツはダメだ。ここぞっていう大事な時に心が揺れてちゃ、実力を発揮できない。」


「紙一重の勝負で勝利をもぎ取るのは、必ず、心の『強さ』を持ってるヤツだ。」


「サラの強さは、ただ単に身体能力に優れているとか、異能力を持っているとか、それだけじゃない。」


「純粋で強い意思こそが、サラの強さの本質なんだろうな。」


 サラにとってティオの話は難しくて、所々理解出来ない部分もあったが、それでも、褒められているのはなんとなく分かるので、得意げな顔で嬉しそうに聞いていた。

 が、そんなサラを見て、ティオは、いたずらっぽく、ニッと歯を見せて笑った。


「まあ、人の言う事を聞かない、頑固者とも言えるけどな。」

「え?……わ、私、頑固じゃないもん!」

「いいや、頑固だね。一度言い出したら聞かないタイプだから、周りは振り回されっぱなしだぜ。……傭兵団に入るのだって、俺は散々やめろって言ったのに、全然聞かなかったしな。結局、俺まで傭兵団に入る羽目になっちまってさー。ホント、サラと居ると調子狂うぜー。何やってんだろうなー、俺ー。」

「ティ、ティオが勝手に私についてきたんでしょー!……と、とにかく、私は、頑固じゃないからねー! ちゃんと人の話だって聞いてるしー! 頑固じゃないって言ったら、頑固じゃないのー!」

「ほうら、そうやってすぐ意固地になる。そういう所を、頑固だっつってんだよ。」

「ぐっ!……ううううううー!」


 両手の拳を握りしめて真っ赤な顔で唸っているサラを見て、ティオはさもおかしそうに、腹を抱えてゲラゲラ笑った。


「でも、俺は……」

 しばらくしてなんとか笑いが収まったらしいティオは、少しずれていた眼鏡を、思いの外節のしっかりとした長い指で、そっと直した。

 そして、破顔一笑。

 まるで爽やかな一陣の風が吹き抜けていくかのような、一点の曇りもない笑顔を浮かべて言った。


「サラのそういう所、結構好きだぜ。」


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